その時、ヒロインは
「ゴーマン!」
だがゴーマンの声を遮るような力強い女性の声に、別の意味で心臓が飛び上がる。その場にいた全員が、ホールの入口へ目を向けた。
ホールの入口に立つのは、鮮やかなロイヤルブルーのシルクのドレスを着た王太后。元はブロンドだった髪は、今は銀髪のような白髪だが、それを綺麗にアップにしている。そのアップの髪には、王太后冠も飾られていた。眉毛もきりっとして、濃紺に近い瞳には力強さがある。スカーレット色の口紅も、良く似合っていた。髪が白髪であること以外は、実に若々しい!
先代国王が逝去してからは、王宮の離れで王太后は、過ごしていた。年齢も考慮され、公務の場に立つことは、ほとんどなかった。ゴーマンの婚約者である私でも、お会いしたのは数度、会話はほとんどしたことがない。
その王太后がこの場にいることは……驚きだった。
「ゴーマン。あなた、今日が卒業式だったのね。私にはなんの挨拶もないなんて。寂しいわ」
「お、王太后様! お体が優れないとお聞きしていたので、卒業式の件、お話ししていませんでした。わざわざお越しくださり、ありがとうございます」
「孫の晴れ姿を見られるのは、喜ばしいことですよ。……ところで驚いたわ。卒業舞踏会なのに、ゴーマン、あなた婚約破棄をして、次に何をするつもりなの?」
問われたゴーマンは、かなりたじたじ。
先程の勢いは、すっかり削がれている。
「そ、その、そこの僕の元婚約者のキャメロンが」
「キャメロン・スチュワート伯爵令嬢。彼女は努力家よね。五歳から王宮に来て。それから十三年。毎日妃教育を頑張っていたわ。学園にも通わず、家庭教師をつけ、朝から寝るまでみっちり。……妃教育は勿論、学園で習う勉強もすっかりマスターしているの。ゴーマンの新しい婚約者は、耐えられるかしらね? この妃教育に」
王太后はチラリとヒロインであるマーガレットを見た。
ゴーマンは慌てて王太后の言葉を否定する。
「王太后様、そんな僕は、今、キャメロンと婚約破棄したのです。新しい婚約者なんて、そんな……」
王太后はゴーマンがいるホールのひな壇まで移動しながら、こんなことを言い出した。
「あら? ではそちらのマーガレット・ターナー公爵令嬢は、何なのかしら? 学園では毎日のように顔を合わせ、休憩時間、昼休み、倶楽部活動、放課後と一緒に過ごしているのよね? 休みの時に遠出だってしているというじゃない。しかもスチュワート伯爵令嬢の誕生日の日も、ゴーマン、あなたはターナー公爵令嬢と過ごしたのよね?」
これを言われたゴーマンは「お、王太后様、マーガレットはただのクラスメイトです!」と顔色を変えて答えている。ホールにいる貴族達がざわざわし始めていた。婚約者の誕生日に別の女性と過ごしている……というのはさすがにまずい。
「あら。でも学園祭の後の舞踏会で、キスをされていたのでしょう、そちらのターナー公爵令嬢と。スチュワート伯爵令嬢が、妃教育の勉強で追われている時に」
これには先ほど以上のインパクトを、この場にいる貴族達に与えていた。私の父親でさえ「えっ」と驚きの声をあげている。というか、なぜ王太后はそんなことを知っているのかしら……?
だが王太后が語った話は、それだけではない。
こっそりマーガレットのことを、ゴーマンが王宮の自室に連れ込んだことや、学園から王宮に戻る馬車の中で、二人がイチャイチャしていたこと。体育祭の後の打ち上げパーティーの時、テラスでキスをしていたことなど、次から次へと明かされる。
ゴーマンは勿論、マーガレットも目を白黒させ、驚いていた。聞かされている貴族も動揺しまくりだ。だってゴーマンとマーガレットの、その恋人同士としか思えない行動は、私という婚約者がいる状態で行われていたのだから。つまり浮気をしていたことが、王太后の口から明かされてしまったのだ。
皆、私の脚見せドレスで相当なインパクトを受けていた。でも、今は王太后の語るゴーマンの浮気行動に、この場にいる貴族達の関心は移っている。
「そこまで好いている相手がいて、婚約破棄をしたのなら、当然、その相手と婚約するでしょう? むしろしない方がおかしいわ。いいじゃないかしら? 公爵家のご令嬢なのだし。ただ不思議ね。どうして公爵家の令嬢ともあろう方が、婚約者のいる第二王子に近づいたの?」
王太后はまっすぐ射抜くように、マーガレットを見た。
マーガレットは驚きつつも、そこはヒロイン。
怯むことなく、話し出す。
「僭越ながら、王太后様、お答えさせていただきます」「マーガレット!」
ゴーマンがマーガレットに駆け寄ろうとすると「止まりなさい、ゴーマン」と王太后が告げた。その声はまさにぴしゃりという感じで、容赦がない。ゴーマンは動きを止め、声を出すこともできない。