詰んだ――。
ホールに用意されたステージの中央に来たゴーマンは、一礼をすると、おもむろに口を開く。
「父兄の皆様、本日はお忙しい中、卒業式に続き、王立ケイナー学園の卒業舞踏会にお集まりいただき、ありがとうございます。卒業生総代として、この場で挨拶をするつもりでいたのですが……」
「ゴーマン殿下!」
覚悟を決めた私は、腹の底から彼の名を呼ぶことができた。
私の声はホールに響き渡り、皆が一斉に私を見る。
父親はぎょっとした顔をしていた。
テールコート姿のゴーマンは、不審そうな表情で私を見て、でも婚約者であるため、無視するわけにはいかない。よってこの場にふさわしい笑顔を浮かべ「キャメロン。どうしましたか?」と尋ねる。
「皆様、私は、スチュワート伯爵家の長女、キャメロン・スチュワートです。こちらのゴーマン殿下の婚約者。今日は殿下に招待され、こちらの卒業舞踏会に足を運びました。素敵な殿下の卒業を祝うため、特注のドレスを着てきたのです。今日はなんとしても、ゴーマン殿下とダンスをしたいと思いまして」
私の言葉に会場は、ざわざわし始める。
ダンスをしたければ、挨拶が終わるのを待てばいいのに――という空気を読まない私の行動に対する非難。特注のドレスを着てきたというのに、床まで届くロングローブを着ている――言葉と行動が合致しないことへの不信を指摘する声が聞こえた。
非難と不審の声を受け、気持ちが折れそうになる。
落ち着こう。大丈夫。
一度深呼吸をして、決意を固める。
「キャメロン。今は、総代として僕は挨拶をしているのだが」
ゴーマンの冷たい声に、再度心が萎えそうになる。
唇をぎゅっと噛み、その後、肩の力を抜き、気持ちを切り替えた。
明るい声で、しかも笑顔で、告げることができた。
「ですがどうしても、この新しいドレスを見ていただきたくて!」
私が着ていたロングローブを脱ぐと、ホール内がシンと静まり返る。ゴーマンも目を丸くして、言葉が出ない。
私のモーブ色のドレスは、スカート部分が七段ティアードになっている。ティアードには大小濃淡ありの花びらが散りばめられ、実に豪華絢爛。身頃には立体的な花が飾られ、まさにこのイベントのために用意されたドレスだった。
だが。
私はこの七段ティアードのうち、三段分の生地とチュールをはずしていた。つまり前世で言う膝上丈のミニスカート状態になっている。
この乙女ゲームの世界では、脚とはスカートで隠しておくべきものだった。脚を見せる=下着を見せるに等しい。つまり今の私は公衆の面前で、下着を見せている状態。
「キ、キャメロン、なんてことをしている……」
父親が後ろから近づくのを制し、私はゴーマンに告げる。
「殿下。殿下の婚約者である私の脚は、美しいと思いませんか? カモシカのようにほっそりとした脚だという自負があります。隠しておくには勿体ないと。こんな美しい脚を持つ婚約者をお持ちになった殿下は、果報者ですよね? 私のような婚約者がいて、殿下はお幸せでしょう?」
これだけ“婚約者”を連呼したのだから、ゴーマンもさすがに気が付くはずだ。案の定、ハッとした表情となり、私を睨む。
「キャメロン……今すぐ、そのローブを着るんだ!」
「まあ、どうしてですの?」
「分からないのか? 君がしていることは、僕とここにいる多くの人達にとって、侮辱だ! 脚をそんな風に露出するなんて、非常識。恥を知れ!」
これには父親が私の肩に、ロングローブをかける。
仕方ないのでロングローブに袖を通すと、ゴーマンが告げた。
「こんな公衆の面前で脚をさらすなんて、伯爵家の令嬢としても、僕の婚約者としても、許されることではない……。キャメロン、君との付き合いは長く、こんなことを告げるのは不本意ではあるが……」
そこでゴーマンの口元が、ニヤリと笑っているのが見えた。彼から少し離れた場所で、彼の姿を見守るヒロイン、マーガレットはもう笑顔になっている。
「キャメロン・スチュワート。君の今の行為は、僕との婚約を破棄するに、値するものだと思う。残念だよ。キャメロン、君との婚約は破棄だ!」
これを聞いた私は心底安堵し、即答する。
「殿下、大変申し訳ございませんでした! 確かに冷静に考えると、とんでもないことをしたと思います。王家からの婚約破棄の申し出。異論はありません。婚約破棄に同意します」
背後にいる父親が、息を呑んでいるのが分かる。
この場で父親だけが、理解してくれていた。
父親が断罪されないようにするため、苦肉の策で、私がこんなことをしたと。背に腹は代えられないとはいえ、こんなことをするの、私だって本当は嫌だった。でもゴーマンが私に婚約破棄を突きつける理由を咄嗟に作るには、こうするしかないと、考えた結果だ。
ただ、これはここで終わるのか……という問題もあった。
「キャメロン、君の行為は婚約破棄だけで終わると思うか? 君のその脚の露出は、実に破廉恥だ。これは王族である僕を侮辱する行動でもある。王族である僕は、君のことを不け」
ああ、ダメだった!
恐れていた“不敬罪”をゴーマンが持ち出そうとしている。断罪回避は失敗だ。この国で王族から問われる不敬罪は、問答無用で死刑になる。父親を助けることはできた――と思う。でも私はダメだった。
詰んだ――。