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最終話

「質問が無いかって聞いて来たのはおめーだろーがよおおおおおお!!」

「うわあああああ! 暴力反対!」

「もういいからその見た目やめろ!」


 自分で自分にヘッドロックを掛けるのも不思議な感覚である。ふざけた態度の時の精霊は、子どものようにわめいた。


「わかったぁ! わかったからお願い、離して!」

「チッ、早くしろよ?」

「ふ〜〜、貴方は怒りっぽいひとなんだね」

「怒らせてんのは誰だよ」

「あああああ」


 腕を弛めたとたんに飛び出してくる軽口に、思わずもう一度技をかけ直すグレイル。時の精霊だろうが何だろうが、玩具にされる謂れはない。グレイルは遠慮しなかった。


「ってかお前、名前なんつーんだよ」

「あれ〜? 言わなかったっけ、私の名前はキョウだよ。貴方の姿をしているのには、ちょっと理由があってだね。直接会って話すなら、人間の姿をしている方が貴方の気持ちが楽になるでしょう? この姿が嫌なら、あなたの記憶にある他の誰かになろう」

「他の誰かって誰だよ」

「じゃあ……こんな姿ではどう?」


 グレイルの腕の中、時の精霊キョウの姿が変わっていく。ユラリと、水面に映された鏡像が壊れるように実体もまた揺らいだ。根源的な恐怖がグレイルの背を駆け上る。だが、その頃にはもう、そこにいたのは華奢な若い女だった。白に近い金の髪、それより深い黄金の瞳、白い貌に映える深い紅。花がほころぶような微笑を浮かべたその女は、ついさっき放り捨ててきた女王そのものだった。


「どう、グレイル」

「何っで、よりにもよってあのクソ女なんだよ!!」

「ぎゃああああん! なんで〜〜〜!」


 グレイルのコブラツイストを食らい、キョウは情けない悲鳴を上げた。


「うぅ、なんて乱暴者なんだ。もう、さっさと帰してあげるから、荷物のところへ行こう。ほら、案内してよ!」

「その姿のままってのが気に食わねえが。こっちだ」


 女王の姿をした時の精霊をヴァニーユの待つ場所へと連れて行く。グレイルの記憶から作られた女王はマトモに動けなさそうなハイヒールを履いていたので、仕方なくグレイルが抱えて行った。


「おう、戻ったぞ」

「グレイルさん。えっ、女王!?」


 遠くから歩いてくるグレイルを見たヴァニーユは、一瞬、驚きに声を上げたがすぐに頭を働かせたのか言い直した。


「もしかして、時の精霊さまですか?」

「そうだよ〜」


 呑気な顔でニコッと笑うキョウ。グレイルは馬鹿馬鹿しくなってドサッとその辺にキョウを置いた。「ふぎゃっ」という悲鳴が上がるが無視だ。


「ひどいな〜。まぁ、いいや。さっそく送り返す儀式に入るけど、魔力はグレイルのと、この彼のも使っていいのかな?」

「はい。私の魔力と、このマナの実があれば充分かと」

「そうだね。あ、そうだ、それに加えてグレイルの寿命とかをもらおうかな」

「なんでだよ」

「代償をもらおうと思ってさ。他ならぬ星読みの王の頼みだからこうして会ってあげてるけど、これって私には一切メリットのないことなんだよ? 何かしら見返りがあってもいいと思わない?」


 ニヤリと笑うキョウ。その表情はこのか弱そうな女の姿をしたヒトガタが、本当に人間とは次元の違う存在なのだということをグレイルに思い出させた。


「他ので代用できないか?」

「そうだなぁ、何をもらおうかな。別になんでもいいんだけど」

「ん〜〜。何でもいいなら、この車でもいいのでは」

「おいこら」

「これ、クルマっていうんだね。じゃあ、車でもいいよ」

「無理。これ借りもんだから。その代わりこっちをやる」

「なにこれ」


 グレイルがポケットを探って取り出したのはガムだった。昔ながらのウェハー状のものを一枚、紙をはぐって二人の鼻先に突き出す。


「いい匂いがしますね」

「ガムっつって、噛めば噛むほど味が出る優れた食べ物。味がなくなったら捨てる」

「えっ、食べるものなのに捨てちゃうの?」

「おそらく、嗜好品なのでは? 味だけを楽しむものなのでしょう」

「珍しいね! 今まで私に捧げものをしてきた人間は、寿命とか腕とかを置いていったけど、これでも代償になるよ」

「じゃー交渉成立な」

「良かったですね、グレイルさん」

「お、おう」


 望んで来たわけでもないのに帰るための代償が寿命やら腕やら身体の一部だなんて冗談ではない。こんな駄菓子程度で帰してもらえるなら、喜んで持っているすべてを差し出そうというものだ。


「それじゃとっとと帰してくれよ」

「もちろん! もう痛い目には会いたくないもの」

「しっかし、この車ごと本当に大丈夫なのか……?」

「大丈夫、貴方がこれに乗ったらこれごと飛ばすよ。その代わり、ちゃんとこれが置ける場所を思い浮かべてね。あ、あとは帰りたい日時もね。強く願わないと流されるから気をつけて」

「……わかった」


 えらく抽象的な指示に思わず反駁しそうになるのを抑えながら、グレイルはSSユートに乗り込みキーを回した。帰るべき場所を頭の中に思い浮かべる。旅先のホテル、車を停めていた駐車場。そして部屋を出た時刻を。


「よし、やってくれ」

「わかった。さようなら、異世界からの旅人。貴方に良き明日を!」

「さよなら、グレイルさん。お元気で」

「ああ」

「きっと貴方は、私と私の息子を助けるために来てくださったんですね……」

「なっ」


 ヴァニーユの言葉の真意を確かめようと口を開いた瞬間、グレイルは眩しい光に包まれていた。沈み込むような感覚と、引っ張られ振り回されるような感覚が同時に襲いかかる。グレイルは流されないよう身を固くし、目をつぶった。


 ふっと抵抗が消え、グレイルが目を開くとそこは変わらずSSユートの運転席だった。周囲を見回すと、今いる場所は泊まっていたホテルの駐車場であることがわかった。デジタル時計に映る時刻はちょうどグレイルが部屋を出ようとした時間の直後。どうやら無事に戻ってこれたようである。


「あーーー、もうこりごりだな。とりあえず温泉入ってさっぱりすっか」


 大きく体を反らせて伸びをしながら、グレイルはその手に戻って来た平穏を噛みしめるのだった。




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