二十話 なんなんだコイツは!
女王を拉致し、夜闇の中を走り出す黒のSSユート。とはいえ、それは単なるポーズであり、脅しに過ぎない。
蓋をしてあったとしても、ここは舗装どころか道もない野原だ。本気でスピードを出せばうっかり殺してしまうかもしれない。ほぼ何も見えない中、ゆっくり進むだけの夜のドライブだが、夜空を見上げて道案内をするヴァニーユは嬉しそうだった。
「おお~、すごい揺れますね~! 楽しいです!」
「そりゃよかったな。んで、魔力の当ては? これからどっちへ行きゃあいい?」
「そうですね。もう少し走ったら、あの女を捨てて目的地へ向かいましょう」
「ん? どういうこった」
「これです」
ヴァニーユの膝には、うずらの卵かプラムかといった大きさの物があった。月明かりに照らされたそれは、うっすら虹色に光っているように見える。
「なんだそりゃ」
「これは、マナの実と呼ばれるもので、魔力の塊のようなものですよ。花よりも実の方が扱いやすいので、さっき盗んできました!」
「抜け目ねーのな。で、それをどーすんだよ」
「グレイルさんを送り返せるとしたら、時の精霊さましか思い浮かびません。彼に話をつけに行きます。貴方が帰るとき、この実がかならず必要になるんですよ」
どうやら最初に花畑に出たのはこれを採集するためだったようだ。やがて合図があり、グレイルは車を停めた。目的地はすぐこの先らしい。方向も決まったところでふたりは女王を車の荷台から下ろすことにした。
「よいしょっと」
女王はややグッタリとしていたが、怪我もなく衰弱した様子もなかった。安心して置いていけるとグレイルは頷く。ふたりはゆるく縛ったままの女王を転がし、またしてもユートに乗り込んだ。
「よし、行くぞ」
「はい」
「む~~!」
叫ぶ女王に泥をかけて走り去るユート。真夜中の草原にエンジン音とゆかいな笑い声が響いた。
「じゃーなクソババア!! あばよ!」
「あははははっ! さよ〜なら〜!」
しばらく夜の草原を走らせる。久々の自由を満喫する囚われの男の顔は晴れやかだった。
「今頃泣きべそかいてますかね、あの女」
「かもな」
「ここで止まってください、グレイルさん。ここから先は、どうぞ、貴方一人で」
「車は」
「まずは時の精霊さまに会っていただかないと。帰れるかどうかは、時の精霊さま次第です」
「また無茶振りされるんじゃねえだろうなぁ」
「さぁ……それは私にはわからないです」
ヴァニーユは飄々とした笑みを浮かべた。グレイルは心の中で「コイツ、やっぱいい性格してるぜ」と思いながら共犯者に手を差し出した。
「まぁ、なんだ、助かったよ。ありがとう」
「こちらこそ! 自由をいただきありがとうございました。それに、貴方は息子の命の恩人です。息子の代わりに御礼申し上げます」
「お前、これからどーすんだ。逃げるのか?」
「いえ……戻ります。息子も待ってますから」
「そうかよ。ってかあのガキ、ぜってぇ教育間違ってっから、なんとか修正しろや」
「あはは、耳が痛いです。……それじゃあ、グレイルさん、いってらっしゃい。上手くいくことを祈っています」
「ああ。車を頼んだぜ」
男たちは固く握手を交わし、グレイルは一人草原の奥へと歩いて行くのだった。
辺りをを照らすのは月と星の明かり、そして足元から立ち上っては消えていく蛍のような光だけだ。グレイルは慎重に歩を進めながら、ここへ来る途中の車内で交わしていた会話を思い出す。
『一人で行けっつったって何処に向かえば良いんだよ』
『車を止める場所は私が指示します。貴方はそこからまっすぐ進んでください。大丈夫、時の精霊さまは貴方を待っていますよ』
言われたまま、まっすぐ歩いて行くグレイル。すると確かに人影が見えてきた。どこか見覚えのある男だ。それは……なんとも奇妙なことにグレイル自身に見えた。
「え……俺?」
水色と黄緑色の二色に分けた髪色、鍛え上げられた長身。そこに立っていたのは間違いなく、毎日鏡で見ている自分自身だ。グレイルは混乱しながら、いつでも戦えるよう身構える。
(これはあれか、自分と戦って勝てば元の世界に帰してくれるって事なのか?)
だが、向こうから歩いてくる自分自分は、呑気に手を振りながら口を開いた。
「やあ、異世界人。こんな姿で出迎えて驚かせてしまったかな? ここまでやってきたからには、この私に聞きたいことがあるんだよね」
「え、うん、ああ……」
グレイルは拍子抜けしてしまい、構えをときながら目の前の相手をじっくり観察した。やはりどこからどう見ても自分自身である。変装にしても良く出来すぎている気がする。
「うん。そうだな。俺はグレイルってもんだ。別の世界から来た。この世界から俺の世界に帰る方法を教えてくれ。俺は帰りたいんだ」
「なるほどなるほど。私はこの世界の時を記録する者。貴方が強く願うなら、元の世界に帰すこともできる。魔力さえあればね」
「魔力があれば良いんだな。じゃあこれを使ってくれ」
グレイルはヴァニーユから受け取っていたマナの実をあるだけ差し出した。掌いっぱいのそれらはおよそ三十はあるだろうか。
「足りなきゃ戻って取ってくる」
「あっ、ちょっと待ってよ。もっと貴方のことを聞かせてほしいんだけど? ねぇってば」
「何だようっせーな。俺の顔でそんなしゃべり方すんな」
「貴方は精霊である私に興味がないのかな? 質問したいこととかはないの? もう帰っちゃうなんてもったいないじゃないか」
「別に……キョーミねぇから」
自分の姿でこんなことを言われても、気持ちが悪いだけだ。グレイルがげんなりしているところへ、グレイルの姿をした時の精霊はさらに畳み掛けてくる。
「まあまあ、そう言わずに。ほら、私が満足するまでおしゃべりしようじゃないか。ほら!」
「何だよしつっけーな」
「そういう態度を取るなら、帰さないぞ」
「あーーーーーーもーーーーーーーーーーーー! じゃあ年齢は? 性別は? 趣味は? どうしてここに居るんだ? 性欲とか無いのか? 生きてんのか死んでんのか? 何で俺の姿になれてんだ? ここはどんな世界なんだ? 何で俺はここにトリップしたんだ? どうしてあのカス達は俺を狙ったんだ? 全部答えろや」
「え。そんな面倒なこと、答えなきゃダメなの?」
ヤケ気味にまくしたてたグレイルに対し、もう一人のグレイルがキョトンとした顔で聞き返す。グレイルの額に青筋が浮かんだ。




