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十九話 深夜のドライブ

 ヴァニーユは静かに、だがしっかりと首を横に振った。それが彼の意思表示だった。


「……やめてください。衛兵が、来ちゃいますから」

「そうかよ」


 グレイルはその言葉を聞き、女王の首を絞める手を弛めた。室内に苦しげにむせ込む音が響き渡る。油断なく女王の様子を見張りながら、グレイルは言った。


「じゃあ、こいつをどうにかして従わせようぜ。話になんねーよ」

「そうですね。……アルジャン、おとなしく私の枷を外すんだ。そしてグレイルさんのために協力しろ。そうすれば、これまでの行いも許してやってもいい」

「…………!」


 今までの柔和な言い方を捨て、一転して厳しい表情と声音で女王を諭すヴァニーユ。

 彼の真紅の瞳と女王の金色の瞳が交差する。そして、金色の光が伏せられた睫毛の影に消え、女王から抵抗する力が失せた。


 グレイルはヴァニーユの方を窺い、彼が頷くのを見て女王の首から手を離した。


 自由になった女王は、床の上に体を起こし、手櫛でその月のようなプラチナブロンドを整えた。不満そうな顔ではあるものの、今すぐに叫びだしたりすることはなさそうだ。


 やれやれとため息をつくグレイルとヴァニーユ。女王はそんな夫を心持ち不安そうに見上げてポツリとこぼした。


「……すべてが終わったら、また、妾の下に帰ってくるか?」

「え……」


 ヴァニーユが嫌そうな顔に、女王は深く息を吸い込んだ。


「わかった! わかりましたよ……。その代わり、もう足につけるのはやめてください。これとても重いので。っていうか、条件出してくるとかおかしくないですか? 下剋上された自覚あるんですか?」

「戻らないつもりなら、おまえたちになど協力しない。妾の協力なしには、何もできないくせに……。皆、朽ち果てて死ぬがいい」

「……はぁ。わかりました。ほら、先に輪を外してください」


 女王は頷いて、ヴァニーユの差し出した手を取った。そして今度こそ、彼の足に嵌められた鉄の輪は外れた。女王の口づけによって。


「じゃあ、グレイルさん、車まで行きましょう。風の精霊、ソダール、私たちを運んでおくれ!」


 ヴァニーユは女王を横抱きにかかえてバルコニーに出た。すると、突風が三人に吹きつけ、気がつくとグレイルたちは馬車を納めておくための施設の前にいた。


「ありがとうございます、ソダール。さぁ、グレイルさん、車を動かしてください。この国を抜けたら、このクソ女、どっかに捨てていきましょう」

「!?」


 ヴァニーユは手早く女王の口に布を詰め、猿轡をかましたかと思うとほどいたはずのロープまで早業でもう一度結んで簀巻きにしてしまった。


「んん〜〜〜!」

「ふっ、良い格好ですね、女王陛下」

「お。やったじゃん。こっちも準備OKだぞ」

「よしっ! 全速力でいきましょう!」


 グレイルが乗ってきたSSユートはクラシカルなピックアップトラックだ。そのため座席は二人分しかないが、代わりに蓋付きの大きく深い荷台がある。そこに女王を放り込みつつグレイルは言った。


「おい、他に何が必要だ?」

「えっ? ええっと、魔力です。魔力がないと、あなた帰れませんよ」

「そんなもんどうすんだよ。どっから調達すんだ」

「女王が協力してくれるなら大丈夫、半分は成功しますって」


 グレイルは開いた口が塞がらない。半分は成功するってことは、当然半分は失敗して帰れないということになる。だいたい、たった今その女王を簀巻きにしてユートの荷台に放り込んだところだ。


「50パーセントの成功なんて意味ねーんだよ! 100が無理ならせめて90パーセント以上にしろや!!」

「たぶん大丈夫です!」

「信用ならねぇ!!」

「じゃあ、こうしましょう。魔力を盗んで、それから精霊さまのところへ行きましょう」


 ヴァニーユは実に楽しそうに、笑いながら指を立てて提案した。もうここまできたらグレイルとしてはこの男を信じるより他ない。言いたい言葉を飲み込んで、グレイルは頷いた。


「……なるほど。当てはあるんだな。じゃあ全開ドリフトで行っちゃっていいか?」

「それは城の外に出てからにしましょう。大地の精霊、クォンペントゥス、貴方の庭まで私たちを運んでおくれ」


 ヴァニーユが宙に向かってそう言うと、いきなり地面がボコボコッと湧き上がり、波となってグレイルたちに襲いかかってきた。


「おわおわおわっ!?」


 土の波に飲み込まれるグレイル。四方八方から押し流されるように土塊が迫り、逃げる時間も場所もなく、ただただ両腕で頭を庇うことしかできない。そして気がつくと、月明かりに照らされた花園にいた。


「ありがとうございます、クォンペントゥス。グレイルさん、この女をポイ捨てしに行きましょう。できるだけ遠くに捨てたいんですよね」

「じゃあユートの荷台に乗っけてたっぷり煙吸わせてやって、何処かでゴロゴロ振り落とせばいいんじゃね? ほら、二人乗りだし」

「いいですね。でも、縛ったままだと死ぬのでは? さすがに殺すのは後味が悪いのですが」

「適当な所で解ける様にユルユルにすんだよ」

「なるほど〜」


 頷いたヴァニーユは荷台に転がされている女に声をかけた。


「今謝れば許してあげますよ〜?」

「なぜ妾が謝らなければならない! 謝るのはお前たちだ! 妾に、暴力をふるったくせに! 嘘つき!」


 猿轡の外れた女王は何度か咳き込んだあと、元気に罵り始めた。そして適度に縄を緩めようとするグレイルを蹴り、わめく。


「触るな! 汚らわしい! この老いぼれめ、絶対許さぬからな!」

「うるせーなー」

「むぐ〜!」

「それじゃ、夜の全開ドリフトしゅっぱーつ!!」

「いえ〜い!」


 騙された怒りのあまり魔法を繰り出すことすら忘れた女王の口をもう一度布で塞ぎ、男二人はピックアップトラックに乗り込んだのだった。

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