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十八話 脅しじゃねぇよ

 そこからは帰り支度に大変だった。大急ぎで礼服を脱ぎ、いつもの服に着替える。居座ろうとする使用人を追い出し、そこからまとめてあった荷物を引っ張り出して最終チェック。勝手にいじられていないか、抜かれている物、入れ損ねている物はないか調べた。


 そうしているうち、迎えが来て女王の部屋へトンボ帰りだ。そこにはヴァニーユがすでにおり、すべての使用人が下がってドアが閉まると、女王が顎をグッと持ち上げふんぞり返った姿勢で言う。


「輪は外さないぞ。さぁ、どうやって帰るつもりだ、やってみせろ」


 女王は一応、外を出歩くつもりらしく、今日はしっかりした靴を履いて出かける支度はできているように見える。コートも着て夜の寒さ対策もしてあるようだし、「まあ及第点だろう」とグレイルは頷いた。グレイルも実際にどこをどう通って帰るのか詳しい話は聞いていなかったため、身支度については言及しなかったのだが、どうやら少しは頭を使えたらしい。


 そこにヴァニーユがグレイルの小脇を肘で突いて囁いた。


「隙とか、どうやって作るんですか」


 緊張しているヴァニーユの表情は真剣そのものだ。コイツもまたコイツで無策のままこの場に臨んだらしい。「そういえば詳しい打合せをする時間も取れなかったなぁ」とまるで他人事のように考えながらグレイルも小声で言葉を返す。


「オメーがベッドの上で大暴れすりゃーいいんじゃねえの」

「えっ!?」

「なんだ。どうした?」


 突如として大声を上げたヴァニーユに女王が不審そうな目を向ける。ヴァニーユは幸薄そうな顔をさらに蒼褪めさせて無理やり言葉を紡いだ。


「えーっと、えーーっと……。女王、ちょっと、あの、ええっと……ベッドへ行きませんか……?」

「は?」


 女王の口から彼女得意の氷魔法のような声が漏れた。


「グレイルさん、無理です!」

「あーっ、人影だー!!」


 グレイルは急に明後日の方向を指差し女王の気を引こうとしたが、氷のように冷たい視線が返ってくるのみだった。


(クソッ、やりづれぇ!)


 グレイルは舌打ちすると、今度はヴァニーユを女王の方へ勢いよく突き飛ばした。


「えっ!?」

「っ!」


 グレイルの目論見通り、華奢な女王はヴァニーユを受け止めきれず、バランスを崩して床に倒れ込んだ。絡み合うふたりの背後に回り込んだグレイルは、上手く女王を気絶させることに成功する。


「グレイルさん、ひどいですよ~!」

「騒ぐな。さっさとその足輪、外しちまえよ」

「あっ、はい」


 グレイルたちの目的は第一に、ヴァニーユの足枷を外すことだ。

 そのためには女王のキスが必要とのことだったが、この女はどうしても「うん」とは言わない。とっさに身体が動いた強硬策だったが、溜飲が下がったのもまた事実。ヴァニーユの足枷が外れてしまえば、後はさっさとオサラバするだけである。しかし、囚われの男の口から上ったのは歓喜の声ではなかった。


「あれ〜?」

「あん?」

「やっぱり意識がないとダメですかねぇ。こういう場合、どうするのが一番いいと思いますか、グレイルさん。ナイフですかね。それとも、縛って脅す?」

「いきなり物騒だなおめーは。両極端かよ」

「説得してみたいんですけど……彼女はどうしたら納得してくれるんでしょうね。まぁ、まず縛りますか」


 そうは言ってもロープなど用意していない。カーテンのタッセルを使って即席ロープを作り、それで女王を縛ることにした。部屋の外にいるであろう衛兵に気づかれないよう慎重に、だが手早く事を進めていく。だが、女王の小さな口に上手く猿轡をはめることができずに微調整を繰り返していたとき、女王の金色の瞳が二人を射すくめた。


「――」


 女王が口を開くと同時、無詠唱で氷の槍が空中に現れた。それは二人の間をすり抜けるようにして開いた窓の外へと吹っ飛んで行った。一瞬の出来事だった。グレイルが慌てて女王の口を掌で抑え込み塞ぐ。


「んっ!」


 女王は体をひねりグレイルを蹴る。その蹴りを受け止めて馬乗りになり、グレイルはパンパンパンッとその頬に往復ビンタをかました。


「いい加減にしろテメェこの野郎!!」

「貴女を殺してこの輪を外すこともできるんですよ」


 しかし女王は脅しにも屈せずグレイルたちを睨みつけた。このままでは膠着状態だ。


 ひ弱な女の反抗など力尽くで抑え込んでしまえるものの、少しでも口が自由になれば致死の魔法がすぐ側で炸裂するわ、衛兵は飛んでくるわで、実際には言うほど楽ではない。ヴァニーユがため息とともに言葉を吐き出した。


「まったく、貴女というひとは……」


 まさか本当に女王を殺してしまうわけにもいかない。力による脅しが効かないのなら、折れるのは彼女ではなく、ヴァニーユたちが譲るしかないのだ。だが、グレイルはそう考えていなかった。


「やっぱりあいつの親だな。この親にしてこの子ありってやつだ。ちょっと意味が違ぇけどよ」

「グレイルさん?」

「テメーのクソガキも同じだったよ。アイツも俺をアイスランスで殺そうとしやがった。だったら、自分だって殺されても文句言えねえよなあ?」

「…………!」


 女王の細い首に手をかけ、力をこめるグレイル。

 その喉から引き攣れるような音が漏れた。


「グレイルさん、本気ですか」

「ああ、本気だね」


 グレイルの肩に手を置くヴァニーユの揺れる瞳を、グレイルは静かに見返した。

 空気が軋んで音を立てそうに張りつめていた。

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