十四話 深夜の襲撃!
翌日は女王に呼ばれるどころか、ヴァニーユすらグレイルの部屋を訪れることはなかった。
衣服も食事も差し出されるし外出の自由もあるが、ここで使える金など持っていない上に城下町へは出られないときた。いや、正確には出られはするが入れなくなる。城を締め出されてしまったらヴァニーユとは連絡が取れなくなる。
グレイルは、城の一角に置かれたSSユートのチェックと筋トレ以外に、ここですることがないという緩やかな苦痛を味わっていた。
帰る手段をヴァニーユ一人きりに頼っている今の不安定な状態はあまりよろしくないと、他の情報を求めて部屋の外に出て王宮の中もさまよった。
だが……、城の中の人間はすべてグレイルに対してよそよそしい態度で会話すらマトモにできなかった。歓迎されていないのはわかっていたが、それにしたってこの状態は酷い。これでは口は悪くともあのカス王子の方がまだマシだ。
「ったく、やってらんねーぜ!」
一人きりの夕食を終え、風呂に入ってサッパリしたグレイルは、やることもないため早めに就寝していた。何事もなく夜は過ぎていったが、真夜中になって、部屋のドアがノックもなく開かれた。
ベッドに横になっていたグレイルはすぐにそれに気づいたが、何も気づかぬフリで静観することにした。
(誰だ……? 探りを入れに来たのか、まさか殺しに来たのか、それが問題だ)
足音は軽い。
毛足の長い絨毯に埋もれ、ほとんど無音だ。
(女か? それとも……)
入り口に背を向けているグレイルのすぐ近くまで、謎の人物は近づいてくる。グレイルは筋肉が緊張していくのを感じた。
不自然にならないよう気を配りながら、謎の人物の襲撃に備える。こちらに手を出してきたら、すぐさま払いのけられるように。
相手の息遣いは普通で、特に力の入っている様子も興奮している様子もない。グレイルに危害を加えようとしているかどうかはわからないが、暴力の気配は薄かった。
しかし、この世界には魔法もあるし、油断はできない。
(来る!)
謎の人物の動きに合わせ、グレイルは肘を大きく振り上げると同時にベッドの上を転げて床に降り立つ。僅かな照明の中で相手の姿を確認すると、それはあのカス王子だった。
「っ!」
「テメェ、カス!」
「誰がカスだジジイ! 貴様、本当にいい加減にしろよ!」
気色ばむクリエムハルトは首輪を手にしていた。おそらく、寝ている隙にグレイルに嵌めようとしたのだろう。グレイルはジト目になりながらクリエムハルトに問い質す。
「何だそりゃ? 犬の首輪か?」
「……プレゼントさ」
クリエムハルトはニヤリと笑った。
「貴様に似合いの代物だろう?」
「……俺は犬じゃねーんだよ」
「駄犬だろうが……!」
クリエムハルトは苦々しげな表情になり、顔を上げてグレイルをキッと睨んだ。
「情けをかけて王都に連れてきてやったというのに、こんな所まで上がり込んで……。貴様は恩知らずの駄犬だ! さっさとここを出て、後は自分でなんとかしろ。父上にまとわりつくな!」
「そうは言ってもオマエの父親が帰るための手段を握ってんだからしょうがねーだろ」
「なにっ!?」
「だから、この問題はもうオマエには関係ないんだよ。俺が用事あるのはお前の父親だけだ。これ以上、犬みてえにギャンギャン吠えていちいち俺に突っかかってくんじゃねえよ、ちび犬」
しっしっ、と手を振るグレイルに、クリエムハルトは激高した。
「貴っ様〜〜! よくもこの俺様を犬扱いしてくれたな! もういい、ここで死ね! “氷の槍”」
グレイルに向けて手をかざし、例の呪文を口にするクリエムハルト。しかし、グレイルはすでに動き出していた。
「その技はもう見切ったんだよ! このワンパターン脳め!!」
斜めに大きく飛び込み前転。アイスランスを避けたグレイルは次が発射される前にクリエムハルトを蹴り飛ばした。
「うがっ! クソッ……」
「ほら、もうとっとと帰れよ、自分の部屋に。お子ちゃまは寝る時間だ」
だが、クリエムハルトの目からは戦意の炎は消えていなかった。無様に尻餅をついた体勢から、しゃがみこんだまま飛びかかれる体勢に。そして、腰の裏から取り出したナイフを手にグレイルの方へ飛び出した。
「死ね、ジジイ!」
「うおっ!」
グレイルを切りつけようと腕を振るうクリエムハルト。グレイルはそれをのけぞって回避した。
「のやろぉ……!」
毒でも塗られていたら厄介だ。グレイルはクリエムハルトのナイフを持つ手首を掴んだ。
「く……離せ!」
「うるせぇ! 調子に乗りやがってこのクソガキが! 躾が必要みてぇだなぁ!」
「うっ……!」
力だけならグレイルのほうが強い。しかしクリエムハルトも強く握り込みただでは離さない。
クリエムハルトを空中に持ち上げながら、もう片方の手でナイフを強引に奪おうとするグレイル。ようやくその指がナイフの柄を掴んだとき、あの現象が起こった。
閃光、そして破裂音。
電撃のような痺れを伴った痛みが二人の間を走り抜けた。
「ぐっ……!」
「ぎゃあっ!」
グレイルは咄嗟に、そしてクリエムハルトも痛みからナイフを取り落とす。
「クソッ、クソ……! グレイル、よくも!」
耐性があるグレイルはふらつくだけで済んだが、クリエムハルトは目を抑えてのたうち回っている。今がチャンスだと確信し、グレイルはベッドのシーツをはぎ取って素早くカス王子を簀巻きにした。
(この現象はヘルヴァナールで起きたものだな。……やっぱり、この世界でも武器防具が使えねぇのか)
グレイルは唸った。
以前にも異世界に飛ばされたことのあるグレイルは、そのときにもこのおかしな現象に見舞われた。武器や防具を使用するため手に取ったり身につけたりすると起こるこの現象……。
確かなことは明らかではないが、この現象は事実としてグレイルの身を襲う。避けるに越したことはなかった。もう一つ『魔法が効かない』という特殊な現象もあるが、それを確かめようにもこの場にはグレイルに協力してくれそうな魔法の使い手はいないのだった。
「おら、出てけクソガキ」
「〜〜〜〜っ! 覚えてろよ!」
グレイルはカス王子を簀巻きのまま廊下に捨てると、今度こそ厳重に鍵をかけて、つっかえ棒もして眠りにつくのだった。




