9 悪役令嬢とアップルパイ〜幼き日の悪役令嬢2
「お嬢様、本当にリンゴを煮るんですか?」
ユーノは残念そうな声で呟いている。シャキシャキとしたリンゴが大好きだから煮るのがもったいないのだろう。
「そうよ。果物を砂糖で煮るとジャムにもなるし美味しいのよ」
「じゃむって何ですか?」
「パンにバターみたいに塗って食べるものよ。でも今日はアップルパイを作ろうと思ってるのよ」
「アップルパイ?」
ユーノは目を丸くしている。
私はユーノのためにアップルパイを作る。下働きだったユーノがルクルートと結婚すると聞いてアップルパイをプレゼントする事にした。
チョコレートボンボンの時はうるさかったルクルートも今は黙って私が作るのを見ている。パイはこの世界にもあるのでルクルートに前もって作ってもらっている。アーモンドもパウダー状にしてパイ生地の上に敷き詰めて、その上に煮詰めたけれど形がまだ残っているリンゴをのせ、その上にパイ生地の残りを格子状に編み込んで卵黄を塗る。後は石窯のオーブンで焼くだけ。
「美味しそーなにおい。本当に私が食べてもよろしいのですか?」
「ユーノのために作ったのよ。リンゴ好きでしょう?」
「はい。でもどうしてアップルパイって言うのですか?」
「それは......それはリンゴを煮詰めたものをアップルって言うからよ」
英語って言ってもわからないだろうから適当に誤魔化す事にした。
「へー、それは知らなかったな」
「アップルパイ、美味しそうな名前」
二人とも疑うこともなく信じてくれた。まあ前世の記憶なんて誰も知らないから疑われるわけないか。
チョコレートボンボンが売れたので次はアップルパイを売りだそうと考えている。もちろん今回もルクルートに協力してもらうつもりだ。
パイの焼ける匂いは食欲を刺激する。
やっぱり石窯のオーブンは良いわぁ! 火加減が難しそうだけど、それはルクルートに任せれば大丈夫そうだし、他にもオーブンで作れるものをリストアップしなくっちゃ。
このアップルパイなら殿下に食べてもらってもこの間のようなことにはならないだろうから、後で味見をしてもらおう。殿下は王宮で暮らしているから珍しいお菓子を知っていて、同じようなものがないか確かめるためにも丁度良いのだ。別に私の手作りのものを殿下に食べさせたいとかそんなんじゃないのよ。
「わー、美味しい。リリアーナ様、とっても甘くて酸っぱくて美味しいです」
ユーノは一口のアップルパイを口にいれると何度も味わいながら噛んで食べた。
「これは!」
ルクルートは言葉にならなかったようで一言呟いた後は無言でガツガツとアップルパイを食べたていたので、彼の舌にもあっていたようだ。これにアイスを乗せるとまた格段に美味しくなるけどそれはまた次の機会にする。引き出しはいっぱい持っていた方がいいからね。
「えー! このアップルパイっていうお菓子はリリアーナが作ったの?」
殿下が婚約者である私に会いに来たので早速アップルパイを味見してもらっている。
「そうよ。ユーノのために作ったの」
「ユーノって君の侍女の?」
「そう、この間やっと侍女になってもらえたの。ずっと下働きをしてたんだけどとっても良い子なのよ」
「へー。君がそんなに褒めるなんてなんだか妬けるな」
「何が焼けるの? また何か焼いたのですか?」
この間、お城で落ち葉を焼いた話を聞いてから次に焼くときは誘ってほしいとお願いしていたのだ。まさか知らせてくれなかったのかしら。
「焼くって、そっちのことじゃないのに、まだまだリリアーナ様はお子様ですね。早く大きくなってくださいね」
どうやらまだ落ち葉を焼いたという話ではなかった。ホッとしたけど、せっかく芋を用意して待っているのだから早く誘ってほしいなと思った。
「このアップルパイは今までに食べたことがない味だ。中に入っているのは.....これはリンゴかい?」
「そうよ、やっぱり殿下の舌は一流ね。お父様もお母様も分からなかったのに」
さすがは私が味見役に選んだだけのことはあるわ。この調子でどんどん新しいお菓子を開発して殿下に味わっていただかなくっちゃ!