迷宮探索初日
ドガッ!
土の塊に剣が突き刺さる。それで形が崩れて、動かなくなった。
迷宮の一階に生息するクレイスライム。茶色い水たまりに土の塊が乗ったような姿で、その塊から土の棒を打ち出して攻撃してくる。
土の塊の中に核があり、それを壊せば倒すことができる。
一階の雑魚ということで、動きは遅く、攻撃も単調。いきなり飛び出してくる土にさえ気をつければ、問題はなかった。
「おっ、ドロップもらいー」
ドリスが土の中から銅鉱石を拾い上げる。前屈みになると、外套の裾が上がり、スパッツに包まれたお尻が丸見えになる。ぷりんとした形がはっきり分かるので、目のやり場に困るというか、見つめてしまう。
迷宮の中はほのかに照らされ、思った以上に明るく、たいまつやランタンといった照明器具は必要なかった。
道の幅は両手を広げたよりも少し広いくらい。二人並んで歩いても大丈夫だ。
ドリスはアシスタントとして、敵を倒したときのドロップ品を拾ったり、地図をメモしたりとちゃんと働いている。
「一階は楽勝だね。タモツ、意外とやるじゃん」
戦ってないドリスは気楽なものだ。まあ、俺も思ったよりは戦えてるだろうか。
一階は出てくる敵も一匹ずつなので、対処しやすくソロでも問題はなさそうだ。
この調子だと二階へも行けるかもしれない。ただ調子に乗るといいこと無いのは、今までの人生で学んでいる。
「まだ初日だし、油断はできないよ」
「そっか、慎重なんだねぇ」
少し詰まらなそうにドリスはしている。失敗は怖いんだよ。
そんなこんなで初日は、軽快に撃破を続け、ドロップ品もそれなりに集まった。時間もいい頃合いなので、迷宮を脱出。
入り口で冒険者ギルドのアランに、拾ったものを買い取ってもらった。
「ふうん、初日にしたら頑張ったね。銅鉱石が29個、ちょっとオマケして銅貨30枚だよ」
日当3000円……。いや、二人だし半分か。一階の探索は早めに見切りを付けないと駄目だな。
ベーコンや卵などの食材を買って、クランハウスに戻ろうとしていた。ドリスは今日の探索が楽しかったのか、ご飯が嬉しいのかスキップまでしている。
そのために注意力散漫になっていたようだ。暗がりから現れた冒険者の一団に軽くぶつかった。
「いってーなぁ」
「ご、ごめんよ」
鍛えている冒険者はそれほどゆるがず、ドリスの方は地面に転がった状態だ。それなのに、冒険者の方が声を荒げている。
「ごめんで済むと、思ってんのかよ」
尻餅をついたまま動けないドリスに、凄みを利かしている。流石に大人げないだろう。
「不注意だったのは、謝るから許してやってよ」
「ああん?」
割って入ろうとすると、冒険者の仲間がそれを阻止する。
「てめえ、こっちは被害者なんだよ、そっちがなんか言えると思うなよ?」
なんだこのチンピラ。
とはいえ金属鎧を揃えた冒険者、多少酒は入ってるかも知れないが、足腰はしっかりしている。それが三人か。
こっちはずぶの素人と、力のない奴隷。
「へぇ、このちっこいの、それなりだな」
日暮れで顔はわかりにくかったが、一人がしゃがんでドリスの容貌に気づいてしまった。精霊であるドリスは、人間ではちょっとないほど可愛いのだ。
「ちょっと一軒、つきあって貰おうか」
好色そうな顔で、その腕を掴んだ。
「逃げろっ」
目の前の一人を避けて、ドリスの腕を掴んだ手を剣の鞘で叩く。イメージ通りの一撃で、ドリスを解放させる事に成功した。
「てめえ!」
色めき立つ冒険者達。
「早く、クランハウスまで」
「でもっ」
「ここまでされて逃がすかよっ」
再びドリスを捕まえようとするのを、体を入れて妨害する。しかし、相手は三人。限界はある。
それを見て取ったのか、ドリスは逃げ出してくれた。
追いかけようとした一人に足をかけ、殴りかかってくる一人にカウンター。もう一人も視線で牽制できた。
薄暮の時間帯、ドリスの小柄な体はある程度離れれば、見つけることはできないだろう。
「てめ、覚悟できてんだろうな」
既に諦めたのだろう男達の目標は俺に切り替わっていた。
カウンターが綺麗に鼻に入って、血を流す男が凄んでくる。背後では足を掛けた男も立ち上がってる。
「まあ、冷静に……ね?」
無理だろうなぁと思いながら、なだめてみるが、次の瞬間には殴り飛ばされていた。その体はもう一人に抱き止められ、羽交い締めにされると、正面から腹を蹴られる。
幸い昼食は消化されきっていたので、胃液しかでない。続けて頭に衝撃を受けて、そっからの事は記憶に残っていなかった。
アラクネ様が来てくれた時には、冒険者達もいなくなっていたようだ。
「ヌシは馬鹿じゃのぅ。奴隷の為に体を張るとか」
「いやぁ、体が動いてました。守護騎士なんで」
言いながらそんなスキルもあったなと思う。ドリスがいなくなった途端に、動きが鈍くなってたから、ドリスも女神なのだろう。
何とか体は動くようだから、骨折とかはしてないみたいだ。ここまで殴られたのは、初めての経験なので自分がどうなってるかつかめない。
ふと視界にドリスが入る。いつもの明るい様子はなく、心配そうだ。
「食材は無事か、アシスタント」
「うん、アラクネに届けたよ」
「ベーコンはいいな、明日の朝食が楽しみじゃ」
翌朝、口の中が腫れ上がってた俺は、朝食を食べることはできなかった。
財布もきっちり抜かれて、最初に貰った銀貨も二枚ほど。いよいよ経済状況は予断を許さぬ状況になっていた。