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奴隷の少女

 昼からもう一度、冒険者ギルドへと向かった。クエストボード周りも人は減っていて、何とか読める程度には近づけるようになっていた。

 クエストの依頼には、アイテム名やモンスターの名前が出てるが、まだ知らないものばかりだ。端末で調べれば分かるだろうが、取りにいけるレベルじゃない。

 求人情報としては、最低で一日銅貨50枚。日当5000円ってところか。命をかけた迷宮探索だとすると、安いとは思うが……一人でこれだと、パーティーを組むなど不可能。

 しばらくはソロで、手近な箇所を回るしかないか。

 一日銅貨30枚という貼り紙を見つけたが、それはアシスタントのモノだった。

 迷宮で戦闘には参加せず、荷物持ちのバイトのようなもの。戦闘職に比べれば安いが、荷物持ちにお金を払う余裕はない。こういう人を雇えるくらい稼げればいいのだが。


 そういえばと思いだし、攻略サイトで奴隷とあったのを思い出す。日雇いをするぐらいなら、奴隷を買った方が安いのだとか。

 奴隷というのは、主に犯罪を犯した者で、罪として多いのは窃盗。

 奴隷として契約を行うと、逃げても買い主には場所がわかるし、契約不履行となれば、契約書の魔力で命を奪う事もできるようだ。

 魔法の力は恐ろしい。

 そのため奴隷は余程の事がないと買い主を裏切らない。また、買い主としても、無闇に殺害や虐待をすれば罰せられるという。

 単純労働力として使われるのがほとんどで、その際に衣食住を与える義務もある。

 ある種の雇用制度で、俺が勤めていた企業に比べると、こちらの方がマシなのかもしれない。


 昼を過ぎてから迷宮に挑むのは、危険もありそうなので、奴隷商を見に行くことにした。

 クランに仲間がいない以上、戦力は欲しいのだ。決して興味本位では……あるか。

 奴隷商は、檻の並んだペットショップみたいなものかと思いきや、奴隷達は広場に放され、運動に精を出していた。

「奴隷達が売れるには、特技があるものが喜ばれますからね。戦闘スキルがあったり、筋力が強かったりするのが望まれます」

 案内する奴隷商が、教えてくれた。

「奴隷にとっては、売れない方が良かったりはしないのか?」

「いえ、売れ残って一定の時間が過ぎれば、強制労働へと回されます。そうなると、ここよりも自由は無くなりますし、生存率も……」

 語尾を濁したが、そういうことなんだろう。

 犯罪者の多くは、子供の頃から貧民街で育ったような者が多く、生きるのも難しい。

 奴隷になれば、衣食住が保障され、迷宮で活躍すれば、自分を買い取り自由になる事もできるそうだ。

「なので、奴隷を買うのは、彼等を救済する事にもなるのです」

 人を買う。

 その罪悪感を薄めようと説明しているのだろう。実際、最低限は雇用保障されていて、窃盗しないと生き残れないよりはいいのか……。

 この世界の裏側ではあるのだろうが。


 しばらく進むと、やはり檻のような一角もあった。外で運動して、戻る為の部屋なのかほとんどは空だ。

 檻の上部は値札があり、それが商品であることを証明していた。

 値段は銀貨20枚から50枚が多いか。もっと高いものもいるようだ。

 そして中には女性もいる。裁縫をしていたり、身嗜みを整えていたり、男とは違う需要があるようだ……。

 それでも娼館に売られるよりはいいのか。そう思うと暗い気持ちになった。

 そろそろ帰ろうかと思った時、桁が違う檻があった。銀貨1枚とか、書き間違いだろうか?

「ああ、そいつは……なんといいますか」

 檻の中を見ると、小柄な人影があった。ローティーンだろうか、頭はぼさぼさの巻き毛。部屋の隅で膝を抱えて座っている。

「運動をするでも、技術を磨くでもなく……娼館に落とすには年齢がアレですし、正直扱いに困ってまして」

 人の気配を感じたのか、その子がふと顔を上げた。もじゃっとした前髪の中からこちらを覗いているのは分かる。

「ワタシを買う気?」

 思ったよりは愛らしい声。

 それを聞いた奴隷商の親父は、何か考えている。

「こいつが反応したということは、売られる気になったのか。これを逃したら……食費がかさむだけ……」

 ブツブツと何かを呟いてから、こちらを向いた。

「ど、どうでしょう、今なら銅貨50枚で構いませんが……」

 半値に下げられた。

 骨董なら偽物を疑うレベルだが、一応目の前の女の子。どうしても買い手が見つからないと、娼館に払い下げなのだろうか。

 同情したら負け、ここは毅然と断るべき。


「毎度ありがとうございます、ここにサインを頂ければ、正式に契約となります」

 緊張で震える手でサインした。

「変わった字ですな」

 平静を装っても、女の子を買ったという事実は変わらない。どうしても罪悪感はある。

 動揺して深く考えずに、日本語でサインしたけど、まずかっただろうか。

「日本語という奴ですね」

「知ってるのか?」

「ええ、冒険者で買われる方に、いらっしゃいましたので」

 やはり先行するテスターも、奴隷は利用している訳か。それで罪が軽くなる訳じゃないが、気は楽になった。

「契約自体は魂の絆なので、文字の種類は関係ありません。今からこのドリスは、貴方様のモノです」

「あ、ああ」


 さて、成り行きで買ったが、どうしたものか。隠したってばれるし、アラクネ様には素直に話すしかないか。

 匿うような部屋もないしな……。

「ドリスといったっけ、迷宮探索の手伝いはできる?」

「ワタシは貴方に買われた身、言われたことはやるよ」

「そ、そう」

 あっけらかんとした様子。この世界だと、当たり前の事なんだろうな。

 アシスタントとして、雇ったと言い張ろう。


「た、ただいま……」

「おかえり、タモツ。して、なぜにドリスを連れておる?」

「え? ええ!? 知り合いですか?」

 思わぬ不意打ちに、言い訳が吹き飛んだ。

「アラクネ様の知り合いって、神様ですか?」

「神と言うよりは精霊ではあるがな」

 ドリスの方は平然としたものだった。いや、何かで事前にわかってた様子か。

「ふふー、今日からヨロシクね」

 さっきまでとはかなり雰囲気が変わっていた。


 昨日は儀式の後で直ぐ寝たが、今日は夕食が出てきた。

「昼はタモツが買ってきてくれたからな、晩も食べれるぞ」

 普段は無いのか……というか、またイモなんですが。

「こ、固形物……だと!?」

 ドリスがここで驚いている。

「イモだけどね」

「形あるもの食べれるなんて……何日ぶりかな。このところスープだけだったし」

 感動で涙を流さんばかりの様子に少し引く。

 虐待じゃないのか、奴隷商。

「心して食べるが良い」

 アラクネ様は、無駄に偉そうにしている。


「それにしても神様は無理っていってましたが、精霊は迷宮に入れるんですか?」

「ん? 精霊も神に準じるはずだから無理ではないか」

「え、それじゃあ」

 無駄金を使ってしまったか?

「それは大丈夫だよ。精霊でも奴隷扱いだから、神格がないの」

「奴隷? ドリスは何をしでかしたのじゃ?」

 そういえば俺も聞いてなかった。

 視線を受けたドリスは顔を赤らめて、横を向きながらぽつりと。

「……食い逃げ」


 おイモ一個で満足したのか、やはり檻の生活は辛かったのか、ドリスはうつらうつら居眠りをはじめた。

「では寝るとするかの」

「俺、敷布買って来てるんで、一人で寝ますね」

「む、そうか。では、ドリスはこちらで寝かせよう」

 工房の方を借りようかとも思ったが、あそこは土間になってたので寝るには辛そうだった。

 三人で寝るのも狭いのだが、しばらくは我慢か。稼げるようになれば、引っ越しもできるだろう。

 明日からは、いよいよ迷宮か。気を引き締めて行かないとな。攻略サイトの情報もあるし、大丈夫だとは思っているけど。

 そんなことを考えているうちに、睡魔やってきて眠りに落ちていた。



 翌日、懐が暖かさで目が覚めた。ふわふわな毛玉が目の前にある。もじゃっとした髪の持ち主はドリスのはずだ。

 昨夜はアラクネ様に背を向けるようにして寝たのだが、そのさらに向こうにドリスは寝てた。

 頭の中で情報を整理することで、冷静になるんだ。

「んふぅ……」

 無理無理無理無理。

 どうしたらいいんだ、この状況!


「何をしておる、タモツよ」

 冷ややかな声が、降り注いだ。視線を向けると、腕を組んで仁王立ちするアラクネ様。

「いや、あの、これはですね」

「どう見てもドリスのいたずらじゃろう。男ならどんと構えんか」

 いた……ずら……。

「ふふふー、純情だね。心臓が凄いことになってたよ」

 ドリスが顔を上げて、にぱっと笑った。

 ローティーンにからかわれる俺って……。

「ほれ、いつまでも寝てないで、朝食にするぞ」


 朝食もやはりジャガイモふかし。葉物野菜も買ってきてたが、基本的に味が薄いので、付け合わせにはならなかった。

 早く稼いで、味のある食事をしたいところだ。

 食後はいよいよ迷宮に向けた準備だ。革製の胸当てを付けて、丸い盾は、腰の後ろに掛けるようになっていた。ベルトに剣を吊して、準備完了だ。

「よーし、こっちもオッケー」

 工房の方で着替えていたドリスも出てきた。腿まである外套を纏い、背中には大きめのリュック。外套から伸びる脚には、ショートブーツを履いていた。

 もじゃもじゃの前髪は、ヘアピンで止めて、空色の瞳が見えるようになっていた。

 その顔立ちは丸顔で、活発そうな大きめの瞳が、くるくる動き感情を表している。

「ふふーん、見とれてた?」

「いや、まあ、かわいいとは……」

 素直な感想が口からこぼれて、一瞬目を見開いたドリスはニヤリと笑った。

「素直でよろしい」

 何だろう、先々まで手玉に取られそうな気配しかない。

ドリスの口調を書き直し。

アラクネに会ってからは、砕けた感じにしました。

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