迷宮探索の準備を進めて
本日二回目の投稿……休日なので、妄想が止まりません。
申し訳ないです。
「なんじゃ、寝てしまったのかや?」
背後から小さな手が俺の体へと回される。こちらをくすぐるように、試すように。指先の動きが直接、肌の上を滑っていく。
耳元にふっと息がかかり、ほのかな花のような香りが鼻腔をくすぐる。
「駄目だぁっ」
がばっと起きあがると見知らぬ天井だった……てか、穴があいてるんだが。
「ん、起きたのかや?」
その声に振り返ると、芋の皮を剥いている少女の姿があった。差し込む朝日がその黒髪を滑っている。艶のある光沢が浮かんでいた。
その姿はシュミーズというのか、薄手の服のみで慌てて目を逸らす。
その状況に軽く混乱する。
ここはどこだ、俺は何してたんだ。寝起きのぼんやりした頭が、徐々にはっきりしてきた。
俺はアトラクションにテスターとして参加、冒険者となるためにクランへ入団する事にした。
いくつかのクランで入団を断られ、なんとか雇ってもらえるところを見つけたのがアラクネクラン。
裁縫をメインにしたクランだが、迷宮探索もやっていいとのことだったので、アラクネ様の加護を受けて、そのまま寝てしまった。
「お、おはようございます、アラクネ様」
「うむ、おはよう。どれ、スキルを見てやろう」
そう言って近づく気配、見た目は二十歳前後の女性で、薄いシュミーズ姿を見ないように背中を向ける。
そこに指先が触れる。何かをなぞるように動いた。
「ふむふむ、まあ最初はこんなものかの」
「ど、どうなんです?」
「ちょっと待つが良い……」
さらさらと何かを書く音がして、手渡される。そこには文字が書かれている。それは日本語で、能力値と数字、あとはスキル名などが記されていた。
「え、日本語?」
「日本語というのか、初めて見た文字じゃな」
初めてって、しっかり書いているじゃないか。
「ふふん、わらわは神じゃからな、あらゆる地方語もなんのそのじゃ」
神様の不思議パワーってことか。まあ、一々端末で変換するのも面倒だし、この方が楽でいいな。
改めて渡された物を見る。白っぽい布切れなのは、裁縫クランならではか。
能力値として、筋力、体力、知力、精神力、敏捷性、器用さなどが並んでいる。その横には数値が書かれていて、筋力、体力が少し高めだが、あまり差はない。
「この数値って、どうなんです?」
「まあ、頑張れってことじゃな」
ポンポンと肩を叩かれた。まあ、多くはないよな。倉庫整理で多少の体力は培われてたというあたりか。
スキルとしては、『スパイダーウェブ』と『女神の守護騎士』とある。
「スパイダーウェブが魔法ですか?」
入団時に魔法がもらえるとの話を思い出す。
「そうじゃ、敵を絡め取る魔法の網を出せる。相手の動きを制限できるはずじゃ」
もっとズバッと敵を倒せる魔法じゃないのか。でも、使い方次第なのか?
もう一つの『女神の守護騎士』というのが、俺の固有スキルということか。ちょっと恥ずかしい名前だ。アラクネ様の事を考えすぎてたって事なのか。
「是非ともわらわを守ってくりゃれ?」
「ええっと、アラクネ様は迷宮には……?」
「もちろん、神は迷宮に入れぬ」
じゃあこのスキルはいつ発動するんだよ……。
「ほれ、これを着ておくがよい」
肩にふわっと何かが乗せられた。ツルツルとした手触りの布地。広げてみると黒いTシャツのようだ。
「ありがとうございます」
早速着てみると、伸縮性もあり、肌触りも良く、着心地はかなりいい。
正直、麻の服はごわごわとした肌触りだったので嬉しいプレゼントだった。
「あとは朝食じゃ」
振り返るとどこから出したのか、卓袱台のような丸テーブルに湯気を上げる芋が一つ。
「え……」
「今日は贅沢に丸々一個じゃぞ、さらにはバターまで付けてある」
自慢げに胸を張る。あまり胸はないのか。
いや、そうじゃなく、朝食はこれだけって。
「ほれ、熱いウチに食べるがよいぞ」
嬉しそうに二つに割ったうちの一つを差し出してきた。上に乗せられたバターが融けていい感じではある。
「い、いただきます」
ほこほこした芋はそれなりに美味しい。味はジャガイモそのもの、多少の甘味もあり悪くはない。悪くはないが、これで終わりって。
向かいでアラクネ様も嬉しそうに食べていて、もうないのかとか言える雰囲気ではない。
女神の守護騎士、その最初の仕事は食生活の改善か……。
改めて部屋を見渡すと部屋は三畳ほどの広さしかなく、天井にはいくつかの穴。壁も飾り気がない木の板で、やはり穴が開いて朝日が射し込んでいる。
ジャガイモが入った木箱に、丸テーブル。多少の厚みはある織布は、布団の替わりか。
昭和の貧乏一家より貧しい雰囲気なんだが……。
「なんで……この服とか売ったら、それなりに稼げるんじゃ?」
俺が着ているシャツを見ながら聞いてみた。
「う、うむ。その糸もあまり使えぬのでな、売るほどは作れぬのじゃ」
「いや、せめてコレを売れば、朝食のメニュー増やすくらいできますよ!?」
「そ、それは、団員のために頑張って作った物ゆえ、初めての団員に渡したかったのじゃ……」
うぐ、涙目で塞ぎ込まれると何も言えないじゃないか。っていうか、初めての団員?
「えっと、このクランって、俺一人……なんですか?」
「うむ、選ばれし栄えあるクラン一人目がおヌシじゃ……そういえば、名はなんと申したかな?」
「大木場保……タモツです」
「ふむ、よろしく頼むぞ、タモツよ」
俺のトップランカーへの夢が潰えた瞬間だった。
さてクランについて考える。
情報端末で見られる攻略サイトによると、迷宮探索のパーティーはクランの中で結成するのが普通らしい。でも、一人だ。
他のクランメンバーをお金で雇って探索する事もできるらしい。でも、貧乏だ。
逆に雇ってもらって探索する方法もあるらしい。でも、未経験者だ。
あれ? 詰んだんじゃね?
「一応渡された銀貨はあるけど……これで雇えるのか?」
銀貨10枚、銀貨1枚で銅貨100枚。銅貨5枚で、定食一食分くらい。ワンコインランチと考えたら、銅貨1枚で100円ってところだ。
所持金10万、2ヶ月は保つのか?
それまでに稼ぐ方法を考えて……って駄目だ駄目だ、全然駄目だぜぇ。
あくまでアトラクション内で稼ぐのが目的じゃない、現実に戻った時のボーナスを稼ぐのが目的なんだ。
そのためには迷宮の攻略が必要なんだ。
人を雇うのにいくらかかるのか、迷宮探索の為の手続きなど、やることをやってから悩むとしよう。
迷宮探索には、冒険者ギルドへの登録が必要で、迷宮内で得た物はギルドで買い取ってもらえる。
その他、特定の物を集めるクエストや護衛を勤めるクエストなどの発行も行われているらしい。
そんなわけで冒険者ギルドへとやってきたが、とても混雑していた。
昨日の合同入団会で、新たな冒険者がたくさん登録に来ているらしい。
受付カウンターは長蛇の列、クエスト張り出しボードも人だかりで、近づくのは難しい。
「まずは並ぶしかないか……」
昨日のマルスクランの受付以上の時間がかかりそうだ。ジャガイモ半個のご飯で保つのか。どこかで飯……一人で?
半個のジャガイモを嬉しそうに食べるアラクネ様を思い出すと無理だった。
時間を潰すのは、情報端末を読み込むことで紛らわせる。最初にばれないようにとの注意だったので、周囲には気を使いながらだが。
迷宮探索のためには、やはり装備も必要だ。片手剣はあるが、防具はない。簡単でもいいから鎧や盾は欲しいところだ。鍛冶クランなどで販売されているらしいので、そちらを回るのも必要か。
後は冒険者の仲間を捜すのはクエストボードで相場を調べるとして……アシスタント?
なるほど、戦闘には参加ぜずに、迷宮で拾った物を預ける荷物持ちを雇う事もあるのか。クラン内の見習いやステータスの低いもの、経験の乏しい者を利用する事が多い。他には奴隷を使う方法もあるようだ?
奴隷?
見慣れない単語に気をとられた時、受付から呼ばれた。
「じゃあ登録していくね、名前はタモツ、戦士で、所属クランは……アラクネ? アラクネ、アラクネ……」
受付の爽やかなお兄さんが、手元の資料を調べている。
「いやぁ、神様も多くてね。ええっと……あったあった、アラクネ様ね。初の登録か、おめでとう」
「はぁ」
それはめでたい事なのか?
仲間が一人もいないんですけど。
「今日は……まだ潜らないよね。実際に潜る時は声掛けてね。もし帰らなかった場合は、神様に伝えないとだから」
さらっと怖いことを言われた。
「最初は戸惑うことも多いだろうけど頑張ってね。ああ、僕はアランだ。気楽に相談してくれ。はい、次の人ー」
全然相談に乗ってくれる様子は無いじゃないか……。
さて、次は防具か。
鍛冶クランの出店が冒険者ギルドの側に並んでいた。初心者目当ての出店だろう。
呼び込みの雰囲気は、大学のサークル勧誘のようなノリだ。胴上げされてるのはなんなのか?
軽く商品を見てみると、やっぱりそれなりの値段はする。金属製の鎧はパーツ毎にも売り出されて、一つあたり銀貨1枚。胴体なんかは2枚で、一式だと6枚。まあ、無理だ。
革で作られた胸当てでも、銀貨1枚はする。盾も同じくらいで、合計銀貨2枚。これはもう必要経費と割り切った。
そういえばとクエストボードを見にいってみたが、まだ人だかりができているので保留。
時間は午前11時、早めの昼食を買って帰るか。アラクネ様のことだから昼もジャガイモで済ませそうだ。
鶏肉弁当二つとちょっとした食材、あとは敷布を一つ購入。昨日は儀式のおかげで直ぐに眠れたが、アラクネ様と一緒に寝るのは色々まずい。
買い物を済ませて、クランハウスへと戻った。
「ただいま~」
「おお、タモツ。おかえり」
ぐふっ、何気ない挨拶が嬉しい。十数年忘れていた感覚だ。いや、迎えてくれるのが(外見は)妙齢の女性なのでかつてない体験か。
アラクネ様は隣の工房にいるようだ。扉一つなので、会話はできてしまう。
「昼食を買ってきたんで、食べませんか?」
「買ってきた……だと?」
驚愕の声が聞こえてきた。何かまずいのか、そういえば神様って食事に制限があったりするのか。豚が駄目とか、牛が駄目とか。
「あ、あの、鶏肉って大丈夫てすか?」
ズダダン、くぅ、パタタと慌ただしい音の後、扉が開いた。
「に、肉、じゃと!?」
余程慌てたのか、スカートが捲れて、膝のあたりまで見えてしまっている。少し赤くなってるのは、ぶつけたのか。
「鶏肉弁当なんですけど……」
「肉は寧ろ主食じゃ」
朝はジャガイモで至福そうだったのに……思わず涙が出そうになった。
鶏肉弁当と言ったけど、中身は蒸し鶏のサンドイッチと、付け合わせのサラダだった。
それでも美味しそうに……いや、汁まで舐めようとするのは止めて下さい、アラクネ様。
早く稼げるようにならねばと、心に誓うのであった。