消えた異邦人
祭が終わり、迷宮探索の日常が始まる。十四階のオークは半ばソロで相手をさせられた事もあり、もはや楽勝の域である。
十五階はそんなオークがチームを組んで襲ってくる。さすがに連携されると体力も多くて厄介だ。キサラまでが前線で短刀を振るって相手をしている。
それでも各員に実力が付いてきていて、苦戦と言うほどの戦いはない。森の中の探索は、ドリスの直感がフルに発揮されるので、かなり楽もできている。
そんな時、ドリスのレーダーに何かが引っかかったようである。
「こっちに何かあるよ!」
ふらふらと引き寄せられるように歩き出すドリス。ふと茂みにしゃがみ込んだかと思うと、それを見つけだした。
金の装飾が施された箱。いわゆる宝箱だ。
「こんなのもあるのか……」
「開けるよー」
「え、ちょっ」
こういうのって罠とか警戒しなくて大丈夫かと思ったが、心配は杞憂に終わり、中からは一つの水差しが出てきた。
「何だろう、これ」
ドリスが持ち上げてみると、中が入っているのか重そうだ。
「うーん、中身が入ってたら持ち歩くの不便だねぇ」
「中身がこう、特別なアイテムの可能性もあるんじゃ?」
「でもこれ、普通の水っぽいよ?」
「そうですね、特に変わった匂いはありません。粘性もないですし……」
手にこぼした液体をぺろりと舐めるフィオナさん。いや、ヒーラーがそれしちゃまずいだろう。
「水みたいです」
「じゃ、捨てちゃうね~」
ドリスはその場で水を捨てていく。しかし、それがいっこうに終わらなかった。
「これ……中身がなくならない?」
「むむ、捨てても軽くならないじゃないか」
無限に水の出る水差しか。お酒で似たような神話はあるし、その手の魔法グッズなのだろう。
「あると便利ですが、迷宮では役立ちそうにありませんね」
「ちょっとかさばるしね。まあ、ハウスに持って帰れば色々と使い道はあるでしょ」
中身を捨てるのを諦めたドリスは、そのままリュックに入れてしまう。
「じゃあ今日はこんなところか」
俺達はクランハウスへ戻ることにした。
クランハウスに戻ると知り合いが待っていた。赤毛の少女は、ルージュさんだ。
「あのっ、タダシを知りませんか!?」
俺を見るなり詰め寄ってきた。思い出すのは例の締め切り。そろそろ3ヶ月が経過するはずだった。ただ目の前のルージュの件で、彼が戻る方を選ぶとは思えなかった。
「俺は特に聞いてないんだが……ちょっと待ってくれ」
俺は少し離れて端末を操作する。何か期間に関する記載はあったのか、最低3ヶ月は期限でもあったのか?
ふと今まで気がつかなかった『帰還者リスト』という項目があった。その最新履歴に『三川忠志』という名前があった。
「帰還した……のか? ルージュさんを置いて?」
「ルージュさん、タダシの奴。俺達の郷へ帰ったみたいだ……詳しいことは分からないが……」
「そんな、なんでいきなり……」
「俺もちょっと信じられない。ルージュさんの事を大事に想ってたのは確かなんだ。そんな、何も言わずに帰るなんて……」
「そんな……」
ルージュさんは泣き崩れる。
「その郷とは、どこなんです?」
「すまない、ちょっと教えられない……俺も魔法のゲートで飛ばされて来たようなもで……」
くそ、どうしたって説得力には繋がらない。泣いている女の子に対して、規約など関係あるか。
「詳しく話します、俺の部屋に来てもらえますか」
ルージュさんを部屋に呼び、俺がこの世界にどうやってきたか、何をしているのか。
情報端末を見せて説明した。この世界の彼女にどこまで理解できたかは分からない。
「この帰った者の名前に、タダシの名前が記載されている。何が合ったかは分からないが、俺達の世界に彼は帰ったんだと思う」
「そう……ですか」
彼女は示された名前をそっと指でなぞる。
「彼は、また、こちらに、きますか?」
「分からない、けど、彼自身は帰る気は無かったはず。となると……」
「難しい……ですか」
「すまない、俺も仕組みは分かってないんだ」
「はい、ありがとうございました」
彼女は俺に深く頭を下げると、去っていった。
タダシに何があったのか。3ヶ月という期間は、リミットなのか。答えはない。
情報端末の最深攻略は、20階でしばらく止まっている。そのトップランカーも既に帰ったとみるべきか。
帰還者リストに名前があるのは十四人。最後がタダシだ。
俺に残されてのは、1ヶ月半ほど。そのとき、俺はどうなるんだ?
「タダシさん、どうしたんでしょうか?」
「わからない」
フィオナの質問に、俺は明確な答えは出せない。
「タモツはいなくならないよね?」
ドリスは持ち前の直感力で、俺の歯切れの悪さに気づいたようだ。
「そんなわけ……いや、わからない」
俺は反射的に否定しようとして、やめた。
「俺は元々3ヶ月との約束で、この世界にやってきた異邦人なんだ……」
ルージュさんに話して、より身近なクランメンバーに話さないのはフェアじゃない。3ヶ月は期限じゃないと思ったが、タダシが消えた以上、それも怪しい。
クランメンバー達にルージュさんと同じ悲しみは与えたくない。前もって知らせておく方がよいと、俺は判断した。
「それでは、3ヶ月経つと、タモツさんはいなくなってしまうんですか?」
「わからない……ただ、タダシも帰るつもりはなかったのに、いなくなってしまった。俺だけが残れる保証はない」
「タモツってば、そういうとこ律儀というか、素直すぎるというか」
ドリスはやれやれといった感じで首を振る。
「俺だって皆と一緒にいたいし、帰るつもりもないんだ。だが、それは保証できない……すまない」
「旦那のせいじゃねぇんだろ? 謝る必要なんざねえやな」
「そうだねぇ、その辺は悩んでも仕方ないから、これからだよね」
ドリスやカサンドラは、割り切りが早くて助かると言えば助かる。残りのメンバーはそれぞれに複雑な面もちになっていた。
「俺はあと1ヶ月半でいなくなるかも知れない。それを踏まえて、俺とはつき合いたくないというのは、仕方ないと思う」
「そんなっ」
「俺は、できるだけ、今まで通り、やれることはやる」
俺はそれだけ言いおいて、自分の部屋へと戻った。
もう楽観視はせずに、やれるだけをやって、彼女らが幸せに暮らせる環境を整えよう。
「のう、タモツよ」
部屋に戻った俺に、アラクネ様はついてきていた。
「わらわは、その、突然の事に、どうしたらよいか、わかってないかもしれぬ」
アラクネ様は、俺の背にしがみつくようにしながら続ける。
「わらわは、タモツがいなかったらもうここにはおれなんだだろう。天界に戻されておった。タモツのいない世界は、正直想像できぬ」
小刻みな震えが伝わってくる。
「じゃから、その、何を言えばいいのかわからんが、その、感謝しておる。ソナタがいなくなるのが、避けられないとしても、悔いの無いように、過ごしたい。ソナタに悔いが残らぬよう、できるかぎりのことを、したい。だから、その……」
言葉にはできない想い。自分でも整理のつかない思考。互いに想うのは、相手に何を残せるか……。
俺はアラクネ様へと向き直り、その体を抱きしめた。
ということで、物語的には折り返し地点になりました。
ちゃんと完結できるように進めたいと思います。




