カサンドラパワーと十二階
カサンドラはパワフルの一言に尽きる。
十一階で連携を確認したが、俺のタゲ取りが必要なのかと思うくらい、一撃で勝負を決していく。
その武器はトマホークと呼ばれる片手斧。状況に応じて投げることもできるので、予備を一本持っているらしい。
キサラもその攻撃力にあてられたのか、積極的に敵を射ていく。
油断していると、布を巻いている矢に、不意を討たれて悶絶することになる。新調した防具は部分鎧なので、一部生身が晒されている箇所もあるのだ。この辺は、動きやすさとの兼ね合いなので、どうしようもない。
十一階での戦闘を難なくこなせることを確認したので、十二階へ。
十二階は坑道からまた少し変わって、崩れた城塞のような地形だ。視界を遮る壁があちこちにあり、ゴブリンくらいの背丈なら、あちこちに潜んでそうだ。
「まあ、何とかなんよ」
カサンドラはざっくりとした評価で、大丈夫だと言う。タダシは苦戦してたらしいし、どうなんだろう。
「むむむ、その辺にいるね!」
ノーグに意識を凝らして索敵してたおかげか、ドリスは敵の探知能力が上がっているようだ。加護はなくても成長はしているのか。
「どれ」
カサンドラは、無造作にそこへ向かう。一応、タンクは俺の役目なんだが、体力に自信かありそうだし、ゴブリンの攻撃程度なら問題ないのか。
「うおっ、ホントにいやがった!」
慌てて戻ってくる。ドリスの探知を信用してなかっただけらしい。
俺はカサンドラと変わるように前に出て、盾を構える。こちらも少しバージョンアップして、大きくなっている。
トストスと矢が飛んできて、盾を叩く。そして、前衛を務めるゴブリンが突っ込んできた。錆の浮いた剣で攻撃してくる。
「キサラは後ろの弓兵を。俺と化サンドラで前衛を倒すぞ」
「あいよっ」
トマホークを構えて、カサンドラが同意する。まあ、ゴブリンの防御なんてその一撃でほふりそうだが。俺はゴブリンの攻撃を先んじて封じるように、片手剣でちょっかいを出していく。
「グギィ!」
武器を振ろうとしたその肩を、動こうとしたその足を、痛めるほどではなく、邪魔するように叩く。それにゴブリン達はいらだち、注意が俺に向く。
そこをカサンドラの無慈悲な一撃が、叩き込まれる。前衛二匹をあっけなく倒すカサンドラ。
その間に、キサラと弓ゴブリンとの射撃戦も趨勢は決している。キサラの弓は確実に相手の急所を捉え、その戦意を刈り取っている。
「魔法が来ます!」
フィオナの声に視線を上げると、山なりに火の玉が飛んできていた。止めれるのかわからないが、盾で打ち落としてみる。ちょっと爆発して熱かったが、何とかなった。
こちらからは死角になる位置に、まだ敵がいるようだ。
「アタイに任せな!」
「かの者に疾く足を!」
フィオナの補助魔法で移動速度の上がったカサンドラが、火の玉の飛んできた辺りへと走り込む。
「ひぎゃーっ」
ゴブリンの断末魔が聞こえて、戦闘の終了を伝えた。
「役にたつじゃん、ドリス様」
ぽんぽんとドリスの頭を叩きながら誉める。
「とーぜんでしょっ」
ドリスも胸をはって、得意げにしている。
「いやはや、食っちゃ寝精霊だと思ったら、ちゃんと特技もあったんだねぇ」
「ふふん、ワタシのありがたみをやっと理解したか」
微妙にけなされてるのだが、それを指摘するのは野暮というもの。気をよくしてるなら、放っておくのが親切だろう。
「思ったよりは、大丈夫だったな」
「いや、あんたらの実力がなかなかだよ。役割をわきまえてるしな。俺が俺がの連中だと、無駄にダメージ受けて、面倒になるんだよ」
そういえばタダシも連携できればと言ってたな。ルージュの説得はうまく言っただろうか。ドタバタ続きでしばらく会えてない。
ゴブリンにも通用するようになったドリスレーダーで、敵の位置を確認。カサンドラとキサラの攻撃力で、殲滅していく。
フィオナもカサンドラと連携して、補助魔法を配り、俺はちまちまと妨害作業。
俺が一番楽してる気がするけど、大丈夫なのか。特に不満は出てないけど、あいつさぼってるとか思われてないだろうか。
そんな不安は抱えつつ、十二階の探索は進んだ。やはりキサラとカサンドラの火力は凄くて、かつての探索時より、殲滅速度が違っていた。
「いやぁ、戦いやすいな、このパーティー」
カサンドラが一日終えての感想だった。
「フィオナはそれなりに組んでたから分かるんだけど、キサラ嬢ちゃんも遠いのを牽制してくれるし、何よりタモツの旦那が近くをケアしてくれるから、攻撃に専念できるわ」
一応、俺も役にたててたらしい。やってるとタンクって地味なんだよね。撃破するのはアタッカーなので、戦果が分かりにくい。アタッカーがその辺を理解してくれるなら、やりがいもあるのだ。
「これなら、十二階は問題ないね。十五あたりまでは、いけんじゃないの?」
との太鼓判。
でも無理はしない、焦らないと決めている。ドリスを一度失った記憶は、ちゃんと残っているのだ。
「まあ、一つずつ確実にこなすよ」
「それがタンクなんだろうね、アタイには無理だよ」
がははと豪快に笑いつつ、俺の肩を叩いてきた。何とかこの歴戦の勇士に認められたようだ。
クランハウスに戻ると、にぎやかになっていた。孤児院の子供達が、アラクネ様の工房を見学しているらしい。
アラクネ様が織り機で布を織っていく姿は、一枚の絵画のように様になっている。
「おお、タモツ。帰ったかや」
アラクネ様がこちらに気づいてその手を止める。子供達は、目の前で糸が布になっていくのを、不思議そうに見ていた。
機織りの作業も、見た目以上に技術がいるのだろう。歪みなく一枚の布を仕上げるには、常にバランスを見ながら、丁寧に糸を繰る必要がある。
ターニャもその辺の経験はあるらしいので、子供達で興味を持ったものを育てる方針だろう。
フィオナは裏の畑へ薬草を見に行く。一日、二日で変わるものではないが、水やりの様子などの確認だろう。朝一と昼前、二回の給水で、夕暮れの今はその湿り気を確認する程度だ。
「ちゃんと昼前の水やりをやってくれてますね」
畑当番の子供達を褒めている。この調子で、手入れを子供達でできるようになれば、フィオナの手間も減るだろう。
「皆さん、食事の準備ができました」
ターニャの呼びかけで、孤児院の食堂に一同に会する。
白いテーブルクロスの掛けられた長テーブル。あまり堅苦しくならない程度に、マナーも教えている。一番行儀が悪いのはドリスだが、カサンドラ加入でどうだろうか。
「それでは、皆さん。いただきます」
エレナの号令のもと、皆が口々にいただきますを唱和する。
学校の給食を思い出す光景だ。
「おいおい、こんな上等な酒飲んでんのか!?」
「え、あの、分からなくて……」
ターニャがしどろもどろに答えている。カサンドラの迫力は、ちょっと怖いらしい。
「もっと安物でいいぜ。ってか、旦那は飲まねえのか?」
「最近はあんまりかな、色々忙しくて」
「ちゃんと飲まねえと、エネルギー足らなくなるぞ、さあさあ」
そういいながら、白ワインを勧められる。ワインはあまり飲んだ事はなかったが、フルーティな口当たりで飲みやすかった。
総勢十八人での食事は何かとにぎやかだ。
弱小クランは卒業して、小規模クラスにはなれただろうか。まあ、大半は非戦闘員の子供所帯ではあるが。
後はこの子等を養って、羽ばたかせてやるのも仕事か。一気に父親になった心境だ。
ふとアラクネ様と目が合う。
穏やかな微笑みに一日の疲れが癒される。
まだまだ課題はあるが、間違ってはいないと思っている。
そえいえばと思い立って、タダシに会いに行ってみた。マルスクランは人通りも多く、賑わいある街中に存在する。アラクネクランの側は寂れてるが静かで、俺としてはそちらの方が落ち着ける。
でも出掛けるなら賑やかな方がいいな。
マルスクランの受付でタダシを呼び出してもらう。そうすると、ルージュも一緒にやってきた。仲が良さそうでなによりだ。
「いやータモツさん、ちーす」
「こんばんは」
タダシはいつもの気楽な様子、ルージュは礼儀正しい。近くの酒場まで歩いていく。その間も楽しそうだ。
「その調子だと、難関突破といったところか」
「そうっすよ、リーダーもルージュが連携の説明したらイチコロで。まあ、俺っちは新参ですしね」
「リーダーも試してみたら分かるんですよ。それまでが大変なんですが。なかなか今までのやり方って変えれないもので」
「そういうものだろうね」
「おかげで十二階は突破、今日は十四階に突入っすね」
なるほど、新階層突入で浮かれてる感じか。
「あまり調子に乗って、失敗するなよ。失うのは一瞬だからな」
「ん? タモツさん、慎重っすね。誰かやられました?」
「ん、まあ、迷宮に潜ってたらな。うまくいってたり、焦ったりした時、急にくるからな。用心に越したことはない」
「はい、気をつけます」
ルージュが手綱を握ってれば大丈夫か。
「タモツさんの方はどうなったっすか?」
「そうさなぁ……」
わずか一週間ほどだったが、色々あった。戦力も整って、十二階突入。十人を越える子供ができて……。
「なんつーかあれっすね、主人公路線っすね」
「おっさんに何を期待するんだよ、波乱なんて起きなくていいよ」
「でも、孤児院丸ごとですか、楽しそうではありますよね」
話すことは尽きなかった。
ハウスに戻るとアラクネ様が俺のベッドで寝ていた。待ってくれてたのだろうか。嬉しい反面、申し訳なさもある。ゆっくり話せるようになるのは、子供達に加護を与えきってからか。あと一週間はかかるんだよなぁ。
ちょっと寂しくも思えた。