8.vs古代のゴーレム
第一階層の最奥。そこは、広大な円形劇場のような広間だった。
ボロボロになったローファーの踵を引きずりながら、その中心へと歩みを進める。
「……ようやく着いた。検証の仕上げだ」
正面を見据えると、そこには高さ5メートルを超える、巨岩を繋ぎ合わせたような巨躯が鎮座していた。
裏迷宮・第一階層主――『重力の守護像』
四本の腕に巨大な石槌を携え、その全身からは周囲の空間を物理的に歪めるほどの魔力が溢れ出している。
「…………」
守護像は言葉を発しない。ただ、その巨大な石槌を、音を置き去りにする速度で振り下ろした。
――ドォォォォォン!!
「うわっ、あっぶねぇ!!」
俺は間一髪、自らの重さを「90%カット」して横に跳んだ。
先ほどまで彼がいた場所は、クレーターのように陥没している。風圧だけで制服の裾がボロボロに裂けた。
「おいおい、初手から殺る気満々かよ! 重力の守護者って名前のわりに、やってることはただの物理じゃねーか!」
俺は空中で体勢を立て直し、着地と同時に守護像の懐へ飛び込む。
「検証1『一点集中重圧』お前、自分の重さで消滅したことはあるか?」
守護像の脚部に触れる。
「一万倍」
――メキメキメキィッ!!
凄まじい轟音。守護像の右脚が、自身の重みに耐えきれず石床に数メートルめり込む。だが、守護像は止まらない。残る三本の腕で、俺を叩き潰そうと石槌を交差させた。
「っ……しつこいな! なら、これならどうだ! 『重力反転』……はまだできないから、全質量相殺!」
守護像の胴体に掌を叩きつける。
一瞬にして、数千トンの質量を誇る守護像が「紙風船」のように軽くなった。
振り下ろされた石槌は、重さを失ったことで威力を喪失し、カケルの頭上で虚しく空を切る。
「体が軽いと、踏ん張りも利かないだろ?」
俺は軽くなった守護像の懐に潜り込み、顎の下に右拳を添えた。
「仕上げだ。……極限重圧!」
俺が設定したのは、守護像の内部、その核となる一点への無限に近い引力だ。
――グシャアッ!!
爆発ではなかった。収縮だった。
五メートルの巨躯が、中心の一点に向かって「折り畳まれる」ように圧縮され、数秒後には一辺30センチほどの、完璧な立方体の石塊へと変貌した。
そして、それは自重に耐えきれず、床に深い穴を開けながら奈落へと落ちていった。
「……ふぅ……はは、勝てちゃったよ。レベル9で、裏迷宮のボスに」
もし、これが配信できるんだったらバズるかな?
俺は膝をつき、肩で息をしながら、自分自身の左手を見つめた。
その場に、紫色の不気味な輝きを放つ石が転がっている。
「……これがドロップ品か」
触れた瞬間、脳内に無機質な声が響く。
【階層主の核石:裏迷宮第一階層を獲得】
【固有権能:扉の蔵を開放しました】
「インベントリ来たぁぁぁ!お約束だけど、今はこれが一番ありがたいな。この制服のポケット、もう穴開いてるし……」
制服高かったのに……穴、空いた……佐竹、許さん……!
俺は核石をインベントリに放り込む。意識するだけで空間に吸い込まれる感覚は、今の彼にとって唯一の「異世界を満喫している」実感だった。
だが、勝利の余韻は長くは続かなかった。
ボスのいた場所の背後。そこにあったのは、上へと続く階段ではなく、さらに深く、暗く沈む階段だった。
「……は? 嘘だろ。逆、逆だよ。俺は上に戻りたいんだよ!」
俺は焦燥に駆られ、第一階層の引き返し始めた。
上へ続く道、あるいは転移魔法陣。何かないのかと、血眼になって探索を再開する。
その道中、迷宮は容赦なく彼を拒絶した。
「ギィィィィッ!!」
天井から降り注いできたのは、猛毒の針を持つ『亡き蜂』の群れ。
「邪魔だ! 今、俺は急いでるんだよ!」
俺は蜂の一匹に触れることすら拒み、周囲の空気に重圧をかけた。
「広域重圧!」
見えない壁に押し潰されるように、数百匹の蜂が一斉に地面へ叩きつけられ、粉々に砕け散る。俺はそれらを一瞥もせず駆け抜けた。
次に現れたのは、かつてこの迷宮で果てた冒険者の成れの果て、『深淵の亡霊騎士』
「どけって言ってるだろ……!」
騎士の剣が俺の首筋を掠める。だが、俺はその剣を素手で掴んだ。
「重量付加、三千倍!」
剣を掴んだまま重さを激増させる。騎士は剣を手放すことができず、自らの武器の重さで腕を脱臼し、そのまま床にめり込んだ。俺は騎士の頭を踏みつけ、無感情に重圧を加えて消滅させた。
「……どこだ、どこにあるんだよ、上に行く道は!」
俺は第一階層を隈なく走り回った。
壁という壁を叩き、隠し通路を探し、重力波を使って地面の空洞を調べた。
だが、見つかるのは冷たい岩壁と、自分が奈落から落ちてきた時に通った(今は閉じられた天井の裂け目)だけだった。
「あそこまで……跳べるか? いや、無理だ。高さがありすぎるし、そもそもあそこだけ重力の設定が狂ってるみたいに弾き返される」
拳を壁に叩きつけた。皮が剥け、血が滲む。
佐竹に斬られた背中の傷が、じくじくと嫌な熱を持って疼き始めた。
「佐竹……あいつ、俺を殺すつもりで斬ったんだな。詩葉も、銀河も……。俺がいない今頃、あいつらは暖かい飯を食って、勇者様として崇められてるのか?」
想像するだけで、胃の腑が焼けるような憎悪がせり上がってくる。
この迷宮の異常な空気のせいか、それともカケルの本性か。
「……腹が、減ったな」
三日間。
カケルは不眠不休で「上への道」を探し続けた。
魔物を倒し、その肉を喰えるか検証し(死ぬほど謙遜して三葉虫のクソの味だった)諦め、インベントリに残っていた僅かな水分で食い繋いだ。
だが、どこをどう探しても、この迷宮には「下」へ行く道しか存在しない。
まるで、一度足を踏み入れた者は、最下層という真の奈落まで行かなければ解放されないと言わんばかりに。
「……ふふ、あははは。いいよ、分かったよ。そういうルールなんだろ、このクソみたいな世界は」
力なく笑い、下層へと続く階段の前に立った。
暗闇が、招いている。
ここを下りれば、もう二度と「人間」には戻れないかもしれない。
「待ってろよ、みんな。……俺がこの迷宮を全部喰らって、そっちに戻る時まで。その首、洗って待ってろよ」
最後に一度だけ、閉ざされた天井を見上げた。
そこにはもう、光の欠片も見えなかった。
「……結局、3日間ぐらい探し続けたけど、上の階に続くものはなかったか……」
そうつぶやき、ゆっくりと2階層へと続く階段を下るのだった。
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