第1話(2) 清楚な毒と淫らな清純
《《明美、彩花、高校時代》》
真理子は、明美の対面の席から隣に席を移した。おい!何を企んでる!
「真理子、あんな遠くのステージから演奏中に私が視えたというの?」
「ええ、だってぇ、聴衆はパンチラに男子も女子も夢中になっていたけど、あなたのところからは、フェロモンが立ち上っていたのが視えたのよ。悠馬へのね」
「……」
「さぁ、真理子ちゃんにあなたのことを話してみて。力になれるかもしれないわよぉ~」
明美が俯いた。真理子が明美の背を擦って、テーブルの下で明美の身体を触っている。おい!百合展開をするな!
明美が真理子に魅入られたように話しだした。
「彩花と私は、高円寺のカトリック系の中高一貫の女子校の同学年でした……五年間の付き合い。なぜ五年間かというと、彼女は中学三年の時に、父親の米国赴任で一年間、米国のミネソタの中学に留学していたんです。中1、中2の時は、真面目な優等生で、明るい子でした。いつも、クラス委員。私とは大違い」
「なぜ、私とは大違いと思ったの?」
「だって、真理子!私を見て!こんな女よ!」と明美が自分の体を抱きしめて言った。「私は、中学校の頃から、まるで夜の女のような、男性の性欲を露骨にそそる艶っぽい容貌を持っていました。自分は自分をそのようには思っていなかったけど、周囲から『色っぽい』、『大人っぽい』と言われ続けた。だんだんと、内面と外見の間に深い矛盾を抱えるようになったと思う。自分自身の元々の意識と、周囲が期待する淫らなイメージのギャップに、私は苦しんだの。テレビで見る芸能人の橋本まなみも、中学高校の時、同じ悩みをもったのかしら?と思ったわ」
「そぉよねえ、この身体だもの」とテーブルの下でゴソゴソ何かしてる。「でも、意識はこの身体を止められなかったんでしょうぉ?」
真理子はテーブルの下から手を抜いて、人差し指と中指を口に含んで、吸った……私を見て、ニコッと微笑んだ。「アンヌ、どうしたのぉ~?」明美が頬を赤らめて、俯いた……おい!……想像しちゃったじゃないか!……したんだな?
「……ええ、人一倍、性欲も強いと思う……夜も、いつの間にか、手が下に伸びて……毎晩……」
「それって、誰でもやるわよ。毎晩とは言わないけど。この氷みたいな無表情のアンヌ先生だってしてるわよ」と私を見て、ニヤッとする。おい!私かよ?
「それで?」
《《清楚な毒と淫らな清純》》
「でも、米国から帰ってきた彩花は変わった。外見は同じ、優等生。でも、なにかが彼女の中で変わった気がした」
「どう変わったの?」
「うまく言えないけど、優等生の演技に磨きがかかったというか……その下に邪悪なものが加わったというか……」
「優等生の演技?」
「彩花は、その容貌が極めて真面目に見えた。生徒会長などの役も、本人の強い意志というよりは、周囲の推薦によって自然と押し付けられる形で引き受けてきた。彼女は内緒話で、『私、演じているわけじゃない。自分をそれほど模範的な人間だとは思っていないわよ』と私に打ち明けた。その通りだった。しかし、周囲が外見で判断して押し付けてくる『聖女』としての役割を、いつしか完璧に演じるようになっていた。その点は、私と同じと思う……結果はどうあれ……」
「外面に翻弄された少女、二人ってわけなのね?」
「米国から帰国して、彼女の方から、『明美、仲良くしよう。友だちになって』と彩花から接近してきた。私は、清楚(そう見えたのだ)で、優等生で人気者の彩花の友だちになれたのに有頂天になった。彼女が私を利用するとも知らずに……」
「彼女が私を利用する?」
「高校二年の時、私に彼氏ができた。近くの男子校の三年生だ。春、夏、……幸せだった。彼が『制服のスカートを折り込んで、もっとミニにすれば似合うのに……』などと言うので、唯々諾々と従った。夏には、彼の部屋で、私の初めてをあげた」
「良かったじゃないの?」
「でも、彩花は、私の恋バナを興味なさそうに聞いていた……けど、その秋、私は、彼と彩花が仲良さそうに高円寺を歩いているのをみかけたの。彩花は彼の腕に手を回し、肩に頭を預けていた……私は、彼と別れたわ。NTRだったと思う……そして、すぐに彩花はその彼をポイ捨てしたのよ……私から奪ったら気が済んだのね。あの女は悪魔よ!」
「清楚な毒と淫らな清純……」とポツリと真理子が言った。
「え?」
「彩花の『清楚な毒』、明美の『淫らな清純』……」
「そうかも……その通りだったわ……」
「でも、それだけじゃなかった。終わらなかった?」
「……終わらなかった……」
「まだ、続いている?」
「ええ。彩花とは腐れ縁。この大学も同じ学部……私が悠真に初めて会ったのは、理学部の新入生ガイダンスだった」と明美が唐突に悠馬の話をした。
「物理科と化学科は、同じ棟で最初のオリエンテーションがあって、悠真は私の後ろの席に座っていた。背が高くて、無駄なものを持っていない感じがした。喋らない。スマホも見ない。ただ前を向いていた。私は、一目で気になった」
「そこで、悠馬が出てくるんだ」
「彩花に話したら、『へえ、私も少し話したことある』と言ったの。不注意よね?私の獲物を横からかっさらうのが好物の女狐に私の獲物を指し示したんだから……」
「『獲物を指し示した』って、自分でワルぶってるけど、素直に好きになったと言いなさいよ」
「……うん、一目惚れしたの、悠馬に。それで、私から化学と物理の共通科目を教えてって、誘って、無理やり、彼の部屋に行ったの」
「四谷の悠馬のマンションね……あの部屋、何人の女を飲み込んでいるのかしら?」
「え?」
「その内、教えてあげるわ。それで?」
「六月のある夜、私は思い切って告白したの。好きだって。付き合ってって。そうしたら、悠馬は『……他に、気になる人がいるから』と言った。断られた……」
「でも、諦めなかった?」
「……ええ、七月、八月、九月と彼の部屋に通ったわ。悠馬は、他の男性を違って、私の外面で私を判断しなかった。それどころか、私の服装、化粧を『男性が勘違いするから、気をつけたほうがいい』と忠告されたこともあったわ」
「で?」
「私から迫ったの……悠馬と関係ができたの……でも、十月の終わり、彩花が悠真の部屋に来るようになった、と気づいた」
「またなのね?」
「図書館で、二人が並んで歩いているのを見た。悠真が何か言って、彩花が笑った。彩花の笑い方は、私の知っている彩花のそれではなかった。柔らかかった。私は柱の陰で、それを見ていた……」
「また、NTRられた……」
「悪魔よ、あの女。きっと、私が悠馬と関係ができたのを感じたんだわ。獲物をかっさらう機会だって!……十一月、悠真から『話がある』と呼び出された。言われた。『彩花と付き合うことにした』。私は「そっか」と言った」明美が泣き出した。
「悠馬が言ったのよ!『夏からのことは……』と言うから、私は、『言わなくていい。私が勝手にしたんだから……』と答えたわ。胸が張り裂けそうだった……」
「事情がよくわかったわ。明美、ゴメンね。私は彩花のことをもっと知りたかったの。彼女を知れば、この研究の動機もよくわかると思ったの。辛いことを話させたわね。でも、悠馬は止めといた方が良い。彼は、高橋姉妹に取り込まれちゃってんのよ。私がもっといい相手を紹介したげるわ」
おい!ウソこけ!この悪魔!彩花も悪魔だが、真理子はさらのその上をずっといくのよ!明美、信じちゃダメよ!
明美がべそをかきながらさらに言った。
「悠馬がこの前、彩花の論文を調べてくれって言ってきて……彩花の論文を見つけた時、私はすぐに内容がだいたいわかった。化学科だから、あの薬の意味も、リスクも、なぜ彩花がそれを書いたかも。全部ではないけれど、輪郭はわかった」
「……」
「あの十月の図書館で、悠真の隣で柔らかく笑っていた彩花が、こんなとんでもない、東大では絶対に倫理委員会が許さない研究を、わざわざNYに行ってまでするんだろうか?それの何が彼女にとって重要なのだろうか?……悠馬を置き去りにしてまで……そう思ったのよ!」
「そこにつながるのか……」
「腹の中を見せない彩花のことは、今も、昔も……ずっと、私には、わからないまま……彼女に何が起こったのかしら?……アメリカで何が有ったの!」
【注意・免責事項】
※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・学生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写は、すべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※本作に登場する事件・設定・団体等はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係ありません。
※第4章以降では、過去の出来事や医療・倫理に関する重いテーマが語られますが、描写は簡潔に留めています。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、過度に詳細な描写は行っていません。
※本作は特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※苦手な方は該当章の閲覧をお控えください。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。




