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泰然のパーソナリティー

カラタチはトイワホー国のペトロフスク県に住んでいる平凡な市民の一人である。カラタチは常々家内安全ひいては皆の健康と平和を願っている。

ただし、カラタチは平凡とは呼べない部分もない訳ではない。カラタチは二メートルを超える巨漢なのである。だが、厳つくはなくむしろカラタチは温容な性格と顔つきをしている。

 つまり、カラタチの人当たりはかなりいい方である。カラタチが怒る時は他者が理不尽な評価を受けた時のみでありほとんど怒ったことはない。

また、カラタチはビンタン市の市役所で働いている。カラタチはそういう意味では役人でもある。ペトロフスク県は首都のアクア県と隣接しているので、実はそこそこの近代都市だったりする。

冒頭の紹介はこれで最後になるが、カラタチは極度の方向音痴でありオッド・アイのダックスフントを飼っている。カラタチの方向音痴は筋金入りである。


現在のカラタチは運転をしている。その口には友人とつながったハンズ・フリーがついている。目的地はとあるカフェなのだが、カラタチは上記のとおり方向音痴なので、今は友人のラディッシュにナビゲーションをしてもらっているのである。やがてはそんな事情もあり、カラタチは件のカフェに到着した。

ラディッシュはすでに到着していると聞いていたので、カラタチは店員の女性に自分には連れがいる旨を伝えた。ラディッシュは金髪で長身の男性である。

もっとも、ラディッシュの身長は180センチなので、さいものラディッシュも200センチを超えるカラタチと一緒にいると迫力はあってもカラタチよりは随分と小さく見える。

カラタチは案内してくれた店員にレモン・ティーと軽食の菓子を注文しラデッシュと相対した。カラタチは気さくに「やあ」と声をかけた。ラディッシュはマップを仕舞い顔を上げた。

「お待たせしました。先程も言いましたが、ラディッシュのナビゲーションは助かりました。ありがとうございます。ラデッシュは元気にしていましたかな?」カラタチは敬語を使っている。

 確かに今のラディッシュは29才であり一方のカラタチは28歳だが、ラディッシュは4月生まれなので一時的に年が上下しているだけである。なお、今日は4月15日だが、ラディッシュは4月11日の生まれなのである。さらに言えば、カラタチとラディッシュは小学校が同じであり市役所もなんと同期入社という数奇な出会いと別れを繰り返し親睦を深めている。

「おれは元気だよ。お気遣いありがとう。カラタチも元気そうでなによりだ。本来なら一緒に健康ランドにでも行きたかったが、今日は勘弁してくれよ。この店も中々どうして悪くはないし」ラディッシュはカラタチにため口を使っている。カラタチが敬語なのはカラタチの性分なのである。

 カラタチという人物はそもそも今は家族にも敬語を使う癖がついている。それはカラタチが幼い頃に自閉症だったことも少なからず影響している。ラディッシュの口から「健康ランド」というワードが出て来たのは単純にカラタチがお風呂好きだからである。カラタチは「そうですな」と首肯した。

「私は初めて利用するお店ですが、このお店は洒落ていて私も気に入りました。話は前後しますが、ナビゲーションと言えば、私が以前に高速道路のインターチェンジに入ったはいいものの、どこのインターチェンジで降りればいいのか、わからなくなってしまい、サービス・エリアにいた際にラディッシュはタイムリーにナビゲーションしてくれて事なきを得たこともありましたな」

「あの時はまだカラタチもカー・ナビをつけていなかったし、カラタチは今でもカー・ナビを使いこなしている訳じゃないからな」ラディッシュは前髪を掻き上げた。

 注文していたものが来たので、カラタチは早速にレモン・ティーで喉を潤した。ラディッシュの前にはすでにブラック・コーヒーとジャムのついたトーストがある。

 カラタチとラディッシュは共に堅物だが、カラタチは慇懃なのに対し、ラディッシュは武骨という違いがある。カラタチは遠くを見て「いやはや」と言った。

「お恥ずかしい限りです。私はなにかと抜けている人間ですからな」

「それはおれについても言えるさ。おれなんかは社会人になりたての頃に仕事で使っているパソコンのパスワードを忘れて大騒ぎしていたが、結局はカラタチが手帳にメモしていないかと言ってくれて事なきを得たこともある。だが一番の恩はやはり妻との関係修繕に一役を買ってもらったことだ」

 カラタチとラディッシュは今でこそ別の市役所に人事異動になっているが、その前は同じ職場で働いていたのである。なお、ラディッシュの妻の名はシルヴィアと言うのである。

「私としてはそんなつもりはなかったのですが」カラタチはその時のことを振り返った。

 ラディッシュはこう見えて実は怖がりである。故に、ラディッシュはシルヴィアとの結婚前にサファリ・パークへ行った際に散々悲鳴を上げとんだ醜態を晒していた。

 カラタチはシルヴィアから唖然とされ落ち込むラディッシュに「違う一面を見せるというのはどうですかな?」と助言し、ラディッシュはそれを受け入れ隠れた才能であるフラワー・アレジメントの腕前をシルヴィアに見せ喜ばせた挙句の果てに逆プロポーズされた経験を持っている。

 ラディッシュは既婚者だが、カラタチは未婚者である。ラディッシュは甘酸っぱい話をしてしまったバツの悪さから「そういや」と言い話題を変えた。

「今日ここに来てもらった一番大きな目的を果たさないとな」ラディッシュはカバンの中をごそごそし出した。ラディッシュがやがて取り出したのは小説の草稿である。

 カラタチは事前にラディッシュの書いた小説を読んでみてほしいと言われ快く了承していたのである。カラタチが快諾してくれた時はラディッシュも持つべきものは友だと感極まったものである。

 カラタチは草稿を受け取りながら言った。

「ジャンルは純文学でしたな。私としてはあまり馴染みのないジャンルですが一所懸命に読ませてもらいます」カラタチはそう言うと自分の鞄にラディッシュの小説を入れた。

 ちなみに、ラディッシュの小説はA4の紙にプリント・アウトされたものだった。

 その後のカラタチとラディッシュは雑談をかわし、この日は別れた。カラタチは帰り道もラディッシュに道を教わった。ラディッシュは怖がりだし、カラタチは方向音痴だし、両者はわかりやすい弱点を持っている。なお、ラディッシュも行き返りは車だったが、昨年の『愉快なクリスマス』で貰った地図マップでカラタチを先導した。『愉快なクリスマス』とは国が主催するクリスマス・パーティーのことである。そのパーティは出入りが自由であり人と一緒にいたい人のためのトイワホー国の独特な社交の場である。ラディッシュは妻のシルヴィアとクリスマス・イブに参加したのである。

 ラディッシュは自らも運転していたが、記憶力とマルチ・タスクの力でハンズ・フリーを伴いカラタチを無事に家まで送り届けた。カラタチの家はマンションである。

カラタチは上記のとおり独身だが、家では忠犬のミニチュア・ダックスフントが待っていた。コロという名のカラタチの愛犬は右目が黄色で左目は青色のオッド・アイである。

 カラタチは緑色の双眸を細めてコロの下顎をくしゅくしゅと撫でた。ころは「おすわり」や「ふせ」などしっかりとカラタチにしつけられている。カラタチはコロに話しかけた。

「明日はドッグ・ランに行きますよ。イチゴちゃんとも会えるといいですな」

 カラタチはコロにドッグ・フードを上げた。この日のカラタチは早速にラディッシュの小説を読みコロと30分の散歩をした。コロはとてもうれしそうにしていた。


 明くる日である。カラタチはコロをクレートに入れ車でドッグ・ランのある場所を目指した。クレートという檻みたいなところに閉じ込めるのは少しかわいそうにも思えるが、犬は狭いところが大好きなので、問題はないのである。ようは前方を除いた全方向から敵の侵入を防げると本能でわかっているからこそ、犬は広々としたところよりも体の周りを程よく囲まれた空間を好むのである。

 カラタチとコロはドッグ・ランにやって来た。ドッグ・ランとは犬の飼い主が管理の上で隔離されたスペースの中で犬の引き綱を放し自由に運動させることができる場所や施設のことである。

 ドッグ・ランには有料と無料があるが、カラタチとコロのやって来た場所は無料の施設である。設備としては逃走防止のための二重ゲートや給水設備などがある。他には飼い主が憩うためのベンチや暑い季節に犬と飼い主の双方に日陰を提供する立木などがある。

 地面は草地・厚く敷いたウッドチップ・タイル舗装・剝き出しの地面のままの場合など様々だが、ここは草地になっていた。カラタチがコロを放していると「こんにちは」と幼女は話しかけてきた。

「やあ」カラタチは友好的である。「これはこれはうれしい限りですな。今日はリーナちゃんも来ていましたか。リーナちゃんとイチゴちゃんはいつも私とコロにやさしくしてくれるので、助かっています」

「ふふふ」メロリーナという幼女は微笑んだ。「カラタチさんとコロちゃんはやさしいから」

 メロリーナは幼稚園生である。ここには当然のことながら親同伴で来ている。

「リーナちゃんは年長さんになってなにか変わりはありましたか?」カラタチは聞いた。

「ううん」メローリーナは否定した。「リーナはいつも遊んでるだけ」

「リーナちゃんは元気一杯という訳ですから、それはいいことですな。コロはすでにイチゴちゃんと遊んでいますが、リーナちゃんがいるということはダリアさんもいるということですな?」

「ママはいつもの場所にいるよ。リーナもコロちゃんと遊んでいい?」

「もちろんです」カラタチはそう言いメロリーナを見送ると飼い主のための憩いの広場へ向かった。そこにはメロリーナの母親であるダリアがいた。ダリアは身長175センチを超える長身の女性である。だが、ラディッシュの時と同様にカラタチと比べてしまうとダリアも形なしである。

「今日はいいお天気ですね。カラタチさんとコロちゃんは壮健そうでなによりです」ダリアは気さくにカラタチへ話しかけて来た。カラタチはこのドッグ・ランでダリアとメロリーナの母娘と出逢いもうすぐ一年の付き合いになる。三者の関係はとても良好である。

「コロはともかく私は風邪も引いたことがありませんからな」カラタチはさらっとすごいことを言っている。「イチゴちゃんも含めダリアさんたちはお元気でしたかな?」

「ええ」ダリアは応じた。「私たちもご覧のとおりです。早速ですが、今日もエピソードを一つ教えて下さいますか?」ダリアは水筒を横に退けカラタチの方を見た。

「お安いご用です。コロもリーナちゃんとイチゴちゃんと遊んでもらっている訳ですし」カラタチは微笑んだ。ダリアはなんの話を聞きたがっているのかというとカラタチとコロの逸話である。

 ダリアの旦那は地方テレビのプロヂューサーをしているのだが、カラタチはコロとの豊富な逸話を持っているので、ダリアはそこに目をつけたという訳である。

 というのはカラタチとコロの話を聞き、ダリアは夫にそれを話し、ダリアの夫はカラタチとコロのドキュメンタリーを作りたいと言い出した次第である。

 一つ目はカラタチが経理の事務仕事に勤しんでいた時のことである。その時はコロの鳴き声がリフレインしていたので、カラタチはてっきりコロが独りぼっちは寂しいと訴えているような気がしたので、その日は直帰して散歩に出かけ途中で宝くじを買った。コロはその時も宝くじ売り場で吠えていたのである。コロが吠えるのは珍しいので、カラタチは宝くじを買った訳だが、その宝くじは100万パンダが当選していたのである。パンダとはトイワホー国の通貨単位である。カラタチは当選した金銭で車の購入の足しにしたりコロにコロナウイルス症ワクチンなどの摂取に回したりした。

 二つ目はコロが観葉植物を口にしてしまた時の話である。パキラやテーブル・ナシは安全だが、アサガオやアロエは犬にとっては危険なのである。勉強不足だったカラタチは動物病院へ行きその事実を獣医から教わった。カラタチはそれでも仕事を休んで身的にコロの面倒を見た。仕事を休むとは些かやりすぎの感もあるが、それはトイワホー国の国民にとってはなんてことのない話である。

 コロは全快したが、カラタチは少々しょんぼりしてコロと久しぶりの散歩をしていた。すると。コロは見事な紅葉の景色のある場所へ案内してくれた。カラタチは方向音痴な上に傷心していたので、今の自分がどこを歩いているのかもわかっていなかったのである。

 だが、コロは落ち込んでいる自分を慰めてくれたのだとカラタチは悟った。カラタチはもっとしゃんとしなければならないと思ったが、帰り道はコロに教えてもらうことになった。

「今日は私がお風呂に入っていた時のお話をさせて頂きます。私は迂闊にも体重計をお風呂のドアと洗濯機の間に入れてしまっていたので、それが仇となり私がお風呂に入った途端に体重計がドアの開閉部と洗濯機に挟まってしまい、私はお風呂から出られなくなってしまったのです。仕方なく私がスモーク・ガラス越しにコロへ向けて助けを呼ぶと、コロは体重計をどけてくれました。あの時はコロがいなければ、私は脱水症状や飢餓で倒れているところでした」カラタチは新たなエピソードを開陳した。

「それは一大事でしたね。カラタチさんが助かって本当によかったです」ダリアはコメントした。

「ありがとうございます。正直なところ、コロは私より頭がいいのではないかと思う時が多々あります。今日のお話は使えそうですかな?」カラタチはきちんと確認した。

「もちろんです。忠犬がご主人様の命を救ったという話が美談でないはずはありません。カラタチさんが普段からコロちゃんに愛を注いでいるからこそ、コロちゃんもそれに応えてくれるのだと思います。私やリーナもそこは見習わなければなりません。今日もほのぼのとしたお話をして下さってありがとうございます」ダリアはニッコリとした。メロリーナは仕草で母親のダリアを呼んだので、ダリアはカラタチに断りを入れて立ち上がりメロリーナとイチゴの方へ向かった。コロは一人でカラタチの元までやって来た。

「コロは今日もたくさん走っていましたな」カラタチはそう言うとコロを抱き上げた。

 やがてはダリアとメロリーナとイチゴもカラタチのところへやって来た。ダリアたちの愛犬であるイチゴは遊び疲れている。説明が遅れたが、イチゴはチワワとポメラニアンのミックスであり、その名はメロリーナの好物からつけられたものである。そのことはカラタチも知っている。カラタチは言った。

「リーナちゃんは今日もコロと遊んでくれてありがとうございます。コロもきっと喜んでいますよ」

「リーナはコロちゃんも好きだから、リーナも楽しかった。イチゴちゃんもコロが好きだよ」

「おやおや」カラタチは大様に言った。「それはそれはコロにとっては最高の誉れですな」

「そう言えば、カラタチさんはなぜコロちゃんを飼おうと思い立たれたのですか?」

「切っ掛けはアニマル・セラピーです。さらに申し上げれば『触れ合いアニマル』の特集を見て私も心をもっと穏やかにしようと考えたのです」カラタチはコロを放しながらダリアの問いに答えた。

 コロは親愛の証左としてカラタチに背を向けている。『触れ合いアニマル』とはトイワホー国の独自の政策であり刑務所が保健所で保護している犬を飼うことによりやさしさを取り戻し受刑者の心を落ち着かせるというものである。カラタチは質問を返した。

「ダリアさんとリーナちゃんはどうしてイチゴちゃんを飼いたいと思われたのですかな?」

「イチゴちゃんはリーナがペット・ショップで抱っこさせてもらって気に入ったから、お家に来たの」リーナはイチゴのことを愛おし気に撫でている。イチゴはすっかり心地よさそうにしている。

「リーナは随分と説明を省いていますが、実際はあれこれリーナや旦那と犬の勉強をしてからのお話です。リーナとはちゃんと面倒を見ることも約束しました」ダリアはしみじみとしている。

「リーナは年長さんになったから、イチゴちゃんのお世話もパワー・アップした。リーナとイチゴちゃんは仲良しになった。コロちゃんとも仲良しになる」メロリーナは野心を燃やした。

「それは頼もしい限りです。リーナちゃんはしっかりしていて偉いですな」カラタチは賛美した。

「カラタチさんも十分に気骨のある方のように思えますけど」ダリアは持ち上げた。

「いえいえ」カラタチは恐縮した。「私ときたら、探し物もコロに見つけてもらう程のズボラです。コロはそういう意味では私にとってなくてはならない存在ですな」

「あら」ダリアは微笑んだ。「カラタチさんとコロちゃんのエピソードをここでも聞けるとは棚から牡丹餅です」ダリアはさりげなくカラタチへの心配りをしている。

「カラタチさんはたくさんコロちゃんのお話をママにしてあげてね。そしたら、リーナもコロちゃんとテレビで会える」メロリーナは子供らしい視点で物事を捉えている。

「正確にはコロの代役ですが、真摯に受け止めます」カラタチは幼女のメロリーナに対しても腰が低い。カラタチはその体格から最初こそ怖がられていながらも今ではすっかりメロリーナに心を許されている。この事実はのちにカラタチにとって大きなアドバンテージになる。

 なお、カラタチとコロのエピソードは全て実話であり、ブラフは一つとして語られていない。ダリアとその夫はそう信じているからこそ、カラタチとコロの逸話に意義を見出しているのである。この日のカラタチやコロたちはもう少しだけこの場に座り、やがては家に帰って行った。ダリアはカラタチとコロの話を今日も聞けて満足だし、メロリーナはカラタチと話したりコロと遊んだりして楽しそうにしていた。


 その三日後である。カラタチは旧友のラディッシュと電話で話していた。今回はカラタチの方から連絡を入れた形である。というのも、カラタチは早くもラディッシュの書いた小説を読み終えたからである。つまり、カラタチはその感想を伝えるためにラディッシュに連絡を入れた訳である。

 謙遜しがちとはいえ、カラタチは頭もよく本の速読はお手の物である。

「まさか、こんなに早く読んでもらえるとは作者のおれ冥利に尽きるよ。ありがとう」ラディッシュは感想を聞く前にまずはお礼を言った。カラタチは「いえ」と言い否定した。

「多少は縁遠い話だけあって苦労した部分もありましたが、ラディッシュの文章は中々どうして堂に入っていたと思います。再読する気ではありますが、ラディッシュの小説は微に入り細に入り秀逸でした。そういう意味では及第点を与えられて然るべき作品だったと思います」

「カラタチに高評してもらえてうれしいよ。作家になる気はないが、インターネットに投稿するにもやはり勇気はいるからな。そのためにカラタチっていう読者がいてくれたことはおれにとってはこの上ない僥倖だ。恩に着るよ。時に、カラタチの暮らしぶりはどうなんだ? 結婚の予定とかはないのか?」

「ええ」カラタチは首肯した。「残念ながら、私は今のところ出逢いに恵まれてはいませんな。その点はラデッシュが羨ましい限りです。私も結婚願望が皆無という訳ではありませんからな」

「そうか。他ならぬカラタチのためなら、おれも助けになってやれるかもしれないから、機会があれば、いい人を紹介するよ。なにせ、カラタチはおれとシルヴィアの媒酌をしてくれた第一人者だからな」

「おやおや」カラタチは驚いた。「それは些か大げさな言い回しですが、それも小説を書いているラディッシュならではなのかもしれませんな」カラタチは冷静になった。ラディッシュは「ふ」と言った。

「カラタチはまるでおれが小説家みたいに言うが、おれはそんな大した者じゃないさ。カラタチに読んでもらった作品にしても世間的には三文小説だ。おっと、それは読んでくれたカラタチに失礼だったな。すまん。そう言えば、カラタチの愛犬は元気にしているか?」ラディッシュは話題を変えた。

「ええ」カラタチは頷いた。「コロは幸いにもすこぶる元気です。故あって間接的にテレビ出演も本格的に決まっていますしな」カラタチの口調は朗らかである。

「それはめでたいことだ。友人とその愛犬がテレビで取り沙汰されるとはおれも鼻高々だよ。まあ、おれは何もしてはいないけどな。オン・エアはおれも必ず見るよ。日時が決まったら、真っ先に聞かせてくれないか?」ラディッシュはクールに見えて密かに胸を躍らせている。

「もちろんです。ラディッシュはまだ知らないコロの一面が覗けるので、テレビ放送はぜひ楽しみにしていて下さい。かくいう私も楽しみにしています」カラタチはいつにもまして上機嫌である。それはカラタチが本当にコロを大切に想っていることの裏返しでもある。

 その後はラディッシュの家の近所で見つかった死因不明の男性はおそらく天寿を全うしたのだろうという話やラディッシュの小説に出てきた「いたこ」の意味は女性の髪飾り「手がら」の異称であるといったことを話し、カラタチとラディッシュは通話を終えた。後半は雑談だったが、カラタチはラディッシュという気の置けない仲の友人がいることに心からうれしく思った。異性との関係は言わずもがなだが、カラタチは同性の友達とも仲良くしていきたいものだと常々思っているからである。

 この日のカラタチはコロと「待て」や「おいで」のトレーニングをして愛犬とも交流を深めた。ちなみに、ご飯を食べるときの「待て」はNGであることをカラタチはよく知っている。

 なぜなら、カラタチはご飯を食べさせることが早食いになったり「待て」=ご飯を見つめると覚えてしまったり飼い主とのアイ・コンタクトが取れなくなると本で勉強ずみだったからである。

 カラタチはとにかく今日という日も平穏に過ごした。


 その二日後である。ダリアはアイロンかけをしながら不安げにレゴ・ブロックで遊んでいるメロリーナをちらちらと見ていた。というのはここ数日のメロリーナの様子がおかしいからである。

 否おかしいというより正確には幼稚園から帰って来ると、メロリーナは暗い表情をしていたのである。メロリーナには幼稚園で嫌なことがあったか、家に帰って来るのが嫌なのか、体の調子が優れないのか、ダリアは勘ぐったが、メロリーナはそのどれにも無言で首を振るだけだった。

 ダリアは夫にも相談したが、夫にもこれといった答えを見つけ出すことはできなかった。メロリーナはダリアが21の頃の子供であり、今のダリアは25歳である。

 ダリアは女子大の理工学部を卒業したあと専業主婦になった。当時は環境計理士を目指していたが、ダリアはそれよりメロリーナの面倒を見ることを優先したのである。環境計量士とは軽量に基づく国家資格で一般にはその資格を持って環境分析での仕事に従事する人のことである。

 それからというもの、ダリアは赤ん坊のメロリーナをよく散歩に連れて行ったり主人と娘とピクニックに何度も言ったりしてメロリーナのことを溺愛していた。

 それ故にメロリーナが自分にわからない言動をしても、ダリアは大抵の場で動揺することはない。それはダリアがメロリーナとの絆を深めてきたからこその賜物である。

「明日はパパも一緒にレストランでお子様ランチを食べようね」ダリアは愛娘に打診した。

「リーナはもうお子様じゃないよ。リーナはもう年長さんだもの」

「あら」ダリアは微笑した。「リーナは不思議なことを言うのね。リーナはまだ子供よ。嫌なら、無理して食べなくてもいいけど」ダリアは配慮した。メロリーナは「ううん」と掌を返した。

「リーナはお子様ランチでもいいの。お子様ランチはおもちゃを貰えるから、リーナは年長さんだけど、ママとパパと一緒の時はお子様に戻る」メロリーナは主張した。

「かわいい。リーナはおませさんね」ダリアは「ふふ」と笑った。すると、メロリーナはパッと顔を明るくさせたので、ダリアは少し気持ちが和らいだ。

 ほどんどの親は子供が幸せになることを渇望している。ダリアもその例には漏れていない。メロリーナの最近の感情の起伏には敏感に気づいたが、ダリアにもその意味までは考えが及ばなかった。ダリアはそんな自分を自戒し近い内にママ友にもこのことを相談してみようと決心した。


 次の日である。ここはカラタチのいつもやって来るドッグ・ランである。カラタチはいつものとおり先に来ていたメロリーナとイチゴに任せダリアと一緒にベンチに座っていた。

 このドッグ・ランは位置的にダリアとメロリーナの家の方が近いのである。いつものとおりなのはダリアがコロとカラタチのエピソードを話してくれるようカラタチにせがんだ点も然りである。今日は予め最後の話になるとカラタチはダリアに伝えていた。

「これはドッグ・カフェに行った時のお話です。その時はたまたま気の立っている中型犬も同席していたのですが、その中型犬の飼い主さんは他の飼い主さんとの話やその犬に夢中で自分の愛犬の気が立っていることに気づいてはいない様子でした。ですから、私は必然的にその中型犬をマークしコロには大人しくしているよう言い聞かせたのですが、その中型犬はついに構ってくれない飼い主さんに見切りをつけ闊歩し出しコロとぶつかりました。私は不穏な空気を察していたので、咄嗟にコロを庇い挙句の果てにはコロの代わりに中型犬に服を噛まれるという一幕もありました。これは些か自分の手柄を自慢しているようで片腹痛いお話でしたかな?」カラタチは慎ましくしている。ダリアは「いいえ」と応じた。

「そんなことはありませんよ。私はカラタチさんの武勇伝が聞けてうれしかったです。旦那の話によると、カラタチさんとコロちゃんの話は月末には完成するとのことです。今まで貴重なお話を聞かせて下さり本当にありがとうございました。これからも変わらぬお付き合いの程をよろしくお願いします」

「ええ」カラタチは大様に頷いた。「私とコロがダリアさんとリーナちゃんとイチゴちゃんによくして頂いているのは事実ですからな」カラタチはそう言うとぺこりと頭を垂れた。

 やがてはダリアのスマホに着信があり、カラタチはコロやメロリーナたちのところへ向かい、ダリアはきちんとメロリーナから目を離さず電話に出た。

 カラタチはメロリーナとイチゴとコロが遊んでいるところへやって来た。カラタチは妙な違和感を覚えた。カラタチはベンチに座っている時にもメロリーナの運動量がいつもより少ないことには気づいていたが、今日はメロリーナから先に話しかけてこなかったからでもある。

 そのため、カラタチは「こんにちは」と自ら先にメロリーナに話しかけた。

「リーナちゃんは今日もコロと遊んでくれてありがとうございます。コロはリーナちゃんにも懐いているので、内心ではきっと喜んでいますよ」カラタチの声音はすごく柔らかい。

「コロちゃんはイチゴちゃんとも仲良しでリーナもうれしい」メロリーナは屈託のない笑顔を見せた。

 今のメロリーナにはいつもと違ったところはなかったので、先程の違和感は思い過ごしだったのかなとカラタチは思った。カラタチは笑みを浮かべ話を続けた。

「それなら、私もうれしいの一言に尽きますな。私とコロはこのあとドッグ・カフェにも行く予定なのですが、次は何をして遊ぶのか、リーナちゃんはもう決まっていますかな?」

「リーナはおままごとする。そのあとはパパとママと一緒にご飯を食べに行くの。今日はパパが早く帰って来るから」メロリーナはイチゴのことを撫で回しながら言った。

「それは結構ですな。私は羊羹が好物ですが、リーナちゃんはイチゴの他に好きな食べ物はありますか?」

「リーナはなんでも食べる。リーナはもう年長さんになったから」

「それはすばらしいことですな。食べられない訳ではないのですが、私はどうもオクラが苦手でいけません。ですから、リーナちゃんも無理することはないのですよ」

「リーナも好き嫌いしていいの?」メロリーナは聞いた。カラタチは「ええ」と応じた。

「人は完璧ではありませんからな」カラタチは尤もらしく平凡なことを言った。だが、メロリーナはどういう訳かそれを聞いた途端にパッと顔を明るくした。

 カラタチはそれにも気づいたが、特にそのことについては触れないでおいた。それからはメロリーナにカラタチが感じた陰りを見せることはなくなった。

 やがては通話を終えたダリアもこの場にやって来た。ダリアは通話の相手が旦那からであり、その旦那はカラタチとコロの話を聞けたかどうかの確認をしていたのだとカラタチとメロリーナに伝えた。それを聞くと、カラタチは最後の役目をは全うし充実感に満たされた。


 後日である。カラタチは家からラディッシュに一報を入れた。その目的は二つあった。一つは無事にコロとの逸話を話し終えこれからドキュメンタリーの撮影が始まるという旨を伝えるためである。

 二つ目はラディッシュの小説を再読した感想を述べるためだった。三つ目はメロリーナのことである。とはいえ、ラディッシュは当然のことながらメロリーナのことは知らない。

 だが、カラタチは前略しいきなり本題に入った。もっとも、これはラディッシュの勘違いを生むことになった。話を聞き終えると、ラディッシュは「なんだ?」と不審そうにした。

「まさかとは思うが、カラタチはできちゃった結婚でもする気か?」

「いえいえ」カラタチは恐縮している。「とんでもないです。今はお付き合いしている女性もいないのですから」カラタチは止むを得ず一から説明することにした。母親のダリアはこっそりと娘のメロリーナに元気がない時があると言っていたにも関わらず、そのメロリーナは先日から元気を取り戻したという気がしているので、ラディッシュはその意味をどう解釈するかという話である。

「ターニング・ポイントはカラタチにあるという訳か。いや。少なくとも、カラタチはそう思っている訳だな?だが、うちはあいにく子供がいないから、おれにも推測しかできないが、それは単にその子の気まぐれだったんじゃないか? 子供がころころと表情を変えるのはそこまでおかしいことだとはおれには思えない」ラディッシュはもっともらしいことを言った。カラタチは「うーむ」と唸った。

「やはり、そうですかな? その子に元気がなかったのは事実でもさすがにそれを私が解決したと考えるのは些か驕りが過ぎるのかもしれないとは考えていましたしたからな」

「そこまでは言わないが、なにはともあれ、カラタチはその子を一時的に塞ぎ込んでいる状態から救ったと考えればいいんじゃないか? あるいは本人に聞いてみるのもいいが、仮にそれがデリケートな問題なら、その子には無理して話さなくていいよう注意しておけばいいんじゃないか?」

「そうですな」カラタチは首肯した。「私にもそれは妙案のように聞こえます。ラディッシュには時間を取らせてしまってすみませんでした。ですが、助かりました。ありがとうございます」

「よせよ。おれは大したことはしていないさ。けど、カラタチの役に立てたなら、おれも少しはうれしいよ」ラディッシュは本当にうれしそうな口ぶりである。

 ラディッシュはまだカラタチが妻のシルヴィアの仲人になってくれた礼を終えていないと思っているので、実はいつだってカラタチの役に立つ機会を狙っている口なのである。だが、ラディッシュは今回の相談で借りを返したとは思っていない。ラディッシュは義理堅い男なのである。

 とはいえ『愛の国』トイワホー国でのこういった一幕は決して珍しいことではない。トイワホー国の国民はやさしい人ばかりだからである。


 カラタチは次の日曜日にもコロをドッグ・ランに連れて行った。メロリーナの一件はもしかするとデリケートな話かもしれないので、カラタチはまずダリアから話を聞いてみることにした。

 コロはいつものとおりカラタチの見える範囲でイチゴとも遊ぶメロリーナに世話を任せることにした。メロリーナは一見すると変わりなくはしゃいでイチゴとコロと一緒に今日も遊んでいる。コロはすっかりメロリーナと仲良しだし、イチゴとも良好な関係を築けている。

「リーナちゃんはあれからも変わりありませんかな?」カラタチはダリアに聞いた。

「多少の浮き沈みはありますが、リーナは概ね元気です。カラタチさんのおかげなのでしょうか? それでしたら、私は感謝しなければなりません」ダリアはしおらしい。カラタチは「いえ」と言った。

「私にはなにかをした覚えはありませんが、それはなによりです」

「話は変わりますが一つ妙なことがあったのです。確かにカラタチさんとコロちゃんのエピソードを放送するとインターネットの公式サイトには上げましたが、なぜか、カラタチさんとコロちゃん宛に簡単なメッセージとライラックの花が旦那の職場に届いたのです。放送のあとにそういったお手紙を頂くことはあるそうなのですが、夫によると、今回のようなことは前代未聞だそうです。送り主はヴィルシアさんと言うらしいのですが、カラタチさんにはお心当たりはありませんか?」

「うーむ」カラタチは唸った。「私の記憶が確かなら、ヴィルシアという名の知人や友人はいませんな」

「そうですか。ちなみにこちらがそのお手紙とライラックです」ダリアはそう言うとカラタチにその二つを差し出した。メッセージは簡略にカラタチとコロのことを持ち上げ尊敬するという旨のことが記されていた。当のカラタチはというと「はて」と言い弱ってしまった。

「頂けるなら、喜んで頂きますが、これは本当に不思議なお話ですな」カラタチは言葉ほど動揺している様子はない。これはカラタチの個性パーソナリティーを如実に表している。

 カラタチは常日頃から泰然と構えているので、基本的には余程のことが起きない限りは驚かないのである。つまり、この件はカラタチの中で大したこととはカウントされていない。

 カラタチは手紙と花をしまうとダリアに断りを入れてからコロの元へ向かった。コロはちょうどメロリーナとイチゴと戯れているところだった。カラタチがやって来ると、コロはカラタチの方へ走って来た。やがてはメロリーナもイチゴを連れてカラタチの元へやって来た。

「コロちゃんはさっきイチゴちゃんと駆けっこしてた。そしたら、イチゴちゃんは脱走してリーナのところに戻って来たの。だから、今はコロちゃんにリーナはイチゴちゃんと一緒にごめんねって言ってた」

「それはそれは殊勝なことですな。コロはきっと気にしてはいないと思いますよ。時に、リーナちゃんはどこか具合の悪いところはありませんか?」カラタチは単刀直入に聞いた。

「リーナは毎日元気だよ。カラタチさんは具合が悪いの?」

「いいえ」カラタチはバツが悪そうにした。「お気遣いはうれしいですが、幸い私も元気ですよ。それでは最近のリーナちゃんには嫌なことはありませんでしたかな?」

「うーん」メロリーナは小首を傾げた。「少し前には嫌なことはあったけど、リーナはカラタチさんのおかげで復活した」メロリーナは言い切った。カラタチは「おやおや」と驚いた。

「それは全く予想だにしていなかった返答です。して」カラタチは会話を続行しようとした。だが、それはメロリーナに「しー」と言われ遮られてしまった。

 この場にはダリアもやって来るところだったので、メロリーナはこの話をダリアに聞かせたくなかったのかなとカラタチは考えた。その後はカラタチとメロリーナが二人で話す機会がなかったので、この日に限って言えば、メロリーナの秘密はお蔵入りすることになってしまった。

 ダリアとメロリーナと別れると、この日のカラタチは一旦コロを家に返しファースト・フード店に向かった。というのは今日の夕ご飯をそこですませるためである。

 ファースト・フードはジャンク・フードとも言われるが、カラタチは中でもハンバーガーが好物なのである。それなら、カラタチはなぜコロを家に置いて帰ったのかの説明はつきそうだが、考えによっては店の前でリードに繋いでコロを待たせておくという手もあったのではないかとも考えられそうだが、どっこい、それは大きな間違いである。なぜなら、犬を店の前に繋いで買い物などをすると、犬が悪戯されたり、逆に危害を与えてしまったりすることがあるからである。夕食を終えると、カラタチは家に直帰しコロにエサを上げラデッシュに一報を入れた。ラデッシュはすぐに電話に出た。

「今日電話させてもらったのは他でもありません。ラデッシュはヴィルシアという人物を知りませんかな?」カラタチは早速に本題へと入った。ラデッシュは「いいや」と応じた。

「知らないなと言いたいところだが、カラタチがおれにそれを聞くってことはカラタチにはもうおおよその検討はついているのだろうな」ラディッシュは推測した。カラタチは「ええ」と頷いた。

「コロのエピソードがドラマ化されると知っており尚かつそれを祝ってくれるのは今のところラディッシュくらいしか思い当たりませんでしたからな。ヴィルシアとはシルヴィアさんのアナグラムですな?」

「さすがにカラタチは聡いな」ラディッシュは感心した。「ああ。そのとおりだよ。『ヴィルシア』の文字を並び替えると『シルヴィア』になる。シルヴィアとはおれの妻の名だ」

「そこまでは私にもわかりました。ライラックの花言葉は『友情』だということもスマホで調べずみです。ですが、わからないのはどうしてもうお手紙をくれたのかということとラディッシュはなぜシルヴィアさんの名前をたかったのかという二点です」カラタチは正直に打ち明けた。

「最初の問題の答えは情けない話さ。おれが手紙を用意してリビングに置きっぱなしにしていたら、シルヴィアは気を聞かせて投函してしまったんだ。カラタチはびっくりしたよな? すまない。もう一つのカラタチの疑問は少し恥ずかしいが、おれはカラタチにシルヴィアとの仲人になってもらった礼をまだし終わっていないと考えているからだよ。まさか、カラタチはライラックの花言葉までお見通しだったとは恐れ入ったけどな。カラタチは勉強熱心なことだ」ラディッシュは評価した。

「いえいえ」カラタチは謙遜した。「恐縮です。それに、ラディッシュの気配りはとてもうれしい限りです。私はもちろんですが、コロもきっと喜んでいると思いますよ。なにはともあれ、不可解な謎が解けたことは僥倖です」カラタチは安堵した。ラディッシュは「そうか」と応じた。

「コロちゃんの気持ちまで斟酌するとはさすがにカラタチはやさしいな」

「おやおや」カラタチは眉を顰めた。「私のためにプレゼントを用意してくれたラディッシュにそう言われると喜びも一入ですな」カラタチはホクホク顔をしている。

 カラタチとラディッシュが出逢って再会したのは全くの偶然だが、この二人はトイワホー国の国民らしく人と人の関係を大切にして行きたいと考えている点で似た者同士でもある。

 カラタチは最後にもお礼を言いラディッシュとの通話を終えた。残る謎はあと一つだけなので、カラタチは泰然と頭を整理し、この日は床に就いた。


 カラタチは次の休みにも恒例のドッグ・ランへとやって来た。ダリアとは挨拶もそこそこにカラタチはメロリーナとさしで話をさせてもらう許可を貰った。

 今回のカラタチは思うところがあり単刀直入にメロリーナへ疑問をぶつける腹積もりだった。ここからはいよいよこの物語の最後の解決編の始まりである。

「リーナちゃんはもしかして食べ物に纏わる悩み事を抱えてはいませんでしたかな?」

 カラタチは柔らかい物言いでメロリーナに質問した。

 カラタチは前回と前々回の会話からメロリーナはご飯について話をしている時に限って神経質になっており尚かつカラタチのおかげで悩みは解決されたというようなセリフを口にしていたことを鑑みたのである。メロリーナは「うん」と言いあっけなく認めた。

「そうだよ。リーナは年長さんになって好き嫌いしちゃダメって思っていたけど、カラタチさんはそんなことはないよって言ってくれたから、悩むのはもうやめたの。リーナは大きくなったら、カラタチさんみたいにやさしい人のお嫁さんになる。本当はカラタチさんのお嫁さんになりたいけど、カラタチさんはやさしくて頼りになるから、リーナにはもったいない」メロリーナは淑やかである。

「それはそれはうれしいことを言ってくれますな。リーナちゃんとは年が離れすぎているので、結婚はむしろ私の方が役者不足ですが、私はそれ以前に大した人間ではありませんよ。世の中は広いですから、リーナちゃんはこれから色んな人と出会うことになります。ここは年長者として言わせてもらえるなら、リーナちゃんはとてもお利巧さんですから、将来は素敵なお嫁さんになれることと思います」カラタチはニコニコしている。今のカラタチのセリフは本心からのものであり、メロリーナはそれに気づくと眩いばかりの笑顔になった。その後のカラタチはダリアにもこっそりとメロリーナは何に悩んでいたのかを教えてあげることにした。ダリアは自分の至らなさを反省していたが、カラタチは心配していなかった。

 諺には「この親にしてこの子あり」と言うものがあるが、カラタチはダリアもメロリーナもすばらしい人間性を持っていると信じて疑っていないからである。

 これは蛇足になるが、ダリアはメロリーナには気分に多少は浮き沈みがあると言っていた。あれは問題が解決したあとにも続いていたので、食事のこととは全くの無関係である。

 というのはただ単にメロリーナの情緒は子供らしくそれなりに振れ幅があるというだけの話だったからである。カラタチはさすがにそこまでは見抜けなかったが、メロリーナの母であるダリアは直に気づくことになる案件である。自分もそろそろ実を固めてもいい頃だとは思っているが、今のカラタチはやさしくて信頼の置ける友人や知人がいるだけでも今は果報者だと心から思えるだけの生活を享受している。

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