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20.漢、初の嫉妬をする(そして張り切る)

 車輪が硬い響きをもって石畳を鳴らしている。

 ユリウスとプリムラ、そしてツバキを乗せた馬車は皇都ディアズの中心街を走る。前後は馬上の四天(してん)の四人が二手に分かれて固めている。グネルス皇国に入っていたが、当該国の護衛はいない。トラークーの国境境に当国の騎兵団は滞在したままだ。


「王女、俺の行動は間違っていなかっただろうか」


 ユリウスの顔は少し難しい。

 対座のプリムラは朗らかに返した。


「わたくしとしては良かったと思われます。たぶんですが、グルネス側は敢えて強権を示すことで我々に多少なりの牽制をかけたかったのではないか、と推測しています」

「トラークーへ手を出さないよう、こちらが頼みこむ形を狙っていたか」

「ところがユリウスさまは個人で体験した苦悶を絡め相手の気を緩めたところで肝心を突く。虚勢を張って出てきた者では対応できるはずもありません。完璧です」


 そ、そうかぁ、と照れるユリウスに、はい! と快活なプリムラの返事である。


 このやり取りを四天(してん)の、特にヨシツネあたりが目にしたら身内贔屓しすぎ、と口にしたかもしれない。イザークであればユリウスへ、婚約破棄された逸話がいらないだろう、とはっきり言いそうだ。ベルならば良い婚約者で良かったで済まし、アルフォンスならば顎髭を撫でながら笑っているだけだろう。


 ちなみにプリムラの横で聞いていたツバキといえば、深くうなずいている。姫様の仰る通り完璧でした、と同意見まで表明した。


 ますます照れるユリウスは、たぶんまた同じことを仕出かしそうだ。車窓から外の様子を眺める横顔だけでも良い気分なのがわかる。


「いやぁ〜、それにしてもここは活気があるな。帝都よりありそうだ。とても政変があったなんて思えないぞ」


 軒先に居並ぶ豊富な商品に多くのお客が群がっている。行き交う人々の表情も明るい。

 流れていく風景が皇都は富んでいることを教えてくる。


「政変といっても、皇王とその周辺だけの交代劇として終わったようです。なんら世情に変化はもたらされなかったみたいですよ」


 ニンジャを使役するプリムラの情報力に、ユリウスは助かるとした顔を見せた。


「つまり現皇王は世間に対しなんら変わらずとしたまま権力を奪取したわけか。見事なものだな」

「皇国の経済的活況は、亜人相手でも関係ないとする施策が大きいかと思われます。ただし……」

魚人(ぎょじん)が王女の国へ攻め入る真似をした背景に、グネルス皇国の存在は無視できない感じか」

「はい、本来なら亜人同士は敵対関係を避けるはずです。それが龍人の追い込みを図るなど、魚人のみで考え出された施策方針かどうか。ここはグネルス皇国の関与を疑わずにはいられません」


 うーむ、と唸るユリウスは馬車の外へ再び目を向ける。そういえば王女、と思いついたように呼んだ。

 はい、とプリムラの返事に、声をかけたくせにユリウスはなにやら言いづらそうだ。それでも思い切ったかのように口を開く。


「そ、そのぉ、なんだ。現皇王とは知り合いだったと聞いたが、いくつくらいの時にどれくらいの付き合いがあったんだ」

「カナンとはわたくしが十四の時ですね、一年くらいです」


 答えてからプリムラは、あれれ? となった。

 なにやらユリウスが肩を落としている。ずーん、と音を鳴らしていそうなくらい落ち込んでいる。


「ど、どうか致しましたか、ユリウスさま」

「いいや、そのぉ……なんというか、カナンと呼び捨てなんだな、と思ってな」


 豪放磊落そのものの戦士ユリウスが示す、男としてとても小さな器だった。本人もすぐに自覚したようで、慌てて何か言おうとはしている。でも出たものは言葉でなく汗ばかりだった。

 幸いにもというより元々プリムラが呆れるはずもなく、むしろ嬉しそうだ。


「ユリウスさま。もしかして嫉妬してくれています?」


 ううっ、とうめくユリウスは両手の平へ目を落とす。


「そ、そうなのか。この感情は、王女の言う……」


 それ以上は声に出せない様子だった。とても恥ずかしそうにしている剛勇の騎士である。


 照れる婚約者にプリムラの鼻息が荒くなった。


「いいのです、ユリウスさま。さぁ、しっかり言葉にして、言葉にしてください。それはわたくしを喜ばす……」


 身を乗り出して迫りかけたところを押し止めた方法は例のごとくだ。

 ぽかっ! 侍女が王女の黄金の髪を、まさしくぶっ叩く。

 今回はこれまでになく良い音を奏でていた。

 つまりプリムラにすれば、普段より強烈を意味する。


「いったーい、ツバキー、なにすんのよ」

「はしたのーございます、姫様」

「でもだからって、ちょっと強すぎない、今回の」


 主の激しい抗議にも、メイド服の侍女は平然としたままだ。


「ひ・め・さ・ま! 嫉妬を認めさせようなど、ユリウス様のお気持ちに対する配慮が欠けるにも甚だしい限りですわ。このような愛情を計るような真似は、男性に限らず対人関係において、最も愛想を尽かされる行為です」


 図星かつ的確な指摘にプリムラは少し青ざめている。急いでユリウスへ向き直れば、少しうつむく。


「ごめんなさい。実はわたくし、嫉妬してくれるユリウスさまを夢見ていて……それでつい、そのぉ……」

「嬉しくなってくれたというのか、王女は」


 その声に顔を上げたプリムラは満面に笑みを広げた婚約者を目にする。

 ユリウスは声を弾ませて言う。


「俺が嫉妬すると、王女は喜んでくれるのだな。了解だ!」


 ドンッと胸を叩いても見せる。


 もし四天の四人の誰でもいい。この様子を目にしていたら、何か予感を抱いただろう。無論、良い方向ではない。

 だが実際には知らないから予想もしない。

 だから頭を抱えたくなる場面に遭遇するはめとなった。


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