19.漢、代わりに出る(相手は噂を聞いている)
我慢できずとトラークー公国のアラン・テイラー騎士団長は進み出た。
「どういうことですか、これは。意図の説明を願いたい」
すると居並ぶ紫色で統一された騎兵の中から一人がかき分けてくる。顔色は悪いが、冷笑を顔いっぱいに象っている。口を開けば、体調を気にかけてやるような輩ではないと思い知らされる。
「意図とは何を指すのでしょう。トラークーではおかしな考え方をする人物が騎兵の統率を任されているようですな。いやはや嘆かわしい」
なに、とアランはつい腰に差す柄へ手が伸びそうになった。もし声をかけられなければ、つかむ寸前までいっていたかもしれない。
「アランはこいつと知り合いか」
すぐ背後にユリウスがいた。
「いえ、初対面です。もとも聞いた噂で誰なのか、だいたい予想はついてますが」
「ならばきちんと相手を確認したほうがいいぞ」
すっかり親しい者とする口調が却って説得力を有している。
そうですね、と素直に首肯したアランが身元を問う。
冷笑を貼り付ける相手は告げた。ダリル・ゴードンと名乗り、階級は騎士団長であるそうだ。
ならば、とアランが一笑に付された意味を聞きだすため身を乗り出す。
「なぜグネルスはこれだけの数の騎兵をもって国境付近までやってきたのですか」
「なにか問題がお有りかな」
「問題あるでしょう。これでは敵を迎え撃つための布陣にしか見えません」
アランが指摘する通り、グネルス皇国騎兵の色彩とする紫が万とする数で陣を構えている。ただちに戦闘状態へ入ってもおかしくない物々しさである。
ふっとグネルスの騎士団長は笑う。どこか人を小馬鹿にしている目つき、とするのは穿った見方か。だが口を開けば皮肉にしか取れない調子でくる。
「そちらの勝手な思い込みでしょう。我が皇王直々の命により、お招きした貴賓の身の安全を第一に動員をかけただけです。なにせ他国の手を借りなければ自国を守れない騎兵団では頼りないにも程がありますからね」
アランとしては今度こそ剣を抜きたい。けれども自分の地位を慮れば、ぐっと堪えるしかない。先方の言い分は的外れではない。少なくともグネルス皇国と一戦を交えるとなればトラークー公国のみでは対処しきれない。歴史が物語っている。
挑発されている可能性を見出せば、やや平静に還れた。
ポンッと肩を叩く手もある。
アランがその名を呼ぶより先に、肩へ手を乗せた人物が前へ出ていく。
ユリウスが相手の正面に立った。
冷笑のダリル騎士団長がやや気圧された様子を見せた。噂では耳にしていたものの、実際に間近とすれば闘神の名も伊達ではない。普段着であればこそ、人並み外れた筋骨隆々ぶりが窺える。あれは人間というより熊かゴリラだ、と耳にした信憑性を確実なものへしていく。しかも背中に差す剣は他の者が振れるとは思えない大きさだ。
「な、なにか御用ですか」
思わずビビってしまっている姿を曝け出してしまう。
「俺はユリウス。ラスボーンだ。ロマニア帝国第十三騎兵団の騎士団長をやっている」
堂々と名乗りを上げれば、目前の騎士団長だけではない。背後に万は数える紫色の騎兵服を着用した者たちからも緊張感が漂ってくる。
ユリウスの背後に四人が現れれば、一気に警戒感が高まった。
部隊を率いるだけでなく、個々の戦闘力も非常に高いと評判だ。誰が名付けたかわからないが『四天』とする名称で大陸中に知れ渡っている。実力は一騎当千とする評価は誇張でないと言われている。
現にユリウス・ラスボーンは使節の件を受諾する際に、護衛として腹心の四人だけを望んだとされている。事前に得ていた情報がグネルス皇国の騎兵団に戦闘体勢に近い構えへ入らせた。
「騎士団長はダリルと言ったか。たぶん俺のことはいろいろ耳にしていると思うが」
基本的にユリウスは上流階級における型や作法が苦手とする。騎士といった同じ階級にあれば、ざっくばらんにいく。
それが相手に選っては、その耳へ威圧的に響く。
トラークーの団長に冷笑を向けていたダリルだったが、ロマニアの団長には顔を引き攣らせた。
「以前からユリウス・ラスボーンの評判はよく耳にしております」
「ならば話しは早い」
両手を腰に当てたユリウスはいきなり胸を張った。まるで宣言するかのように高らかに上げた。
「俺に婚約者ができた。しかも今回は同伴してきている」
「ええ、立て続けに三回連続で婚約破棄されるという、稀有な体験を為されたことも聞き及んでおります」
言ってから、しまったとするダリル騎士団長だ。
相手の顔色が変わっている。ユリウス。ラスボーンの目つきがこれにまでなく険しい。
口は災いの元を仕出かしてしまったか。婚約を破棄されるだけでも凄いとし、複数に渡った事実も述べた。辱めと捉えられてもおかしくない。いきなり襲ってくることないと思うが……相手は闘神の異名を持つ人物である。こいつだけは生かしてはおけないとなるかもしれない……。
ダリル団長、と恐怖を覚える相手が呼んでくる。は、はい、と焦るまま返事をしたらである。
「貴君は婚約したことがあるか」
「い、いえ。まだ、その……ありません」
ダリルは元から良くない顔色をいっそう悪くしている。
そうか、とユリウスが天を仰いだ。
「昨晩、ある騎士団長から聞いたのだが、婚約などそう簡単に出来ないものらしい」
はぁ? としかダリルには応じようがない。
そんな相手の様子など空を見ているユリウスが気づくはずもない。
「破棄され続けた時は辛かった。恨みそうになった自分自身を何度叱咤しかわからない。だが今は違う」
「それは新たな婚約者を得たからでしょうか」
思わずダリルは質問をしてしまう。
うむ、と顔を降ろしたユリウスが力強くうなずいて見せた。
「きっかけはそれだと思う。ようやく俺は勘違いに気づけた。そうだ、そうなんだ。婚約してくれただけでも有り難いことだったんだ。破棄されたからと言って相手を恨むなど以ての外と悟った昨晩なのだ」
それは良かった、と声にしなくても態度で示した者はダリルだけではない。後方でやり取りを聞く紫色の騎兵も同様だった。
先方が了解したような雰囲気を、ユリウスは感じ取った。満足げに話しを続けた。
「トラークーで休息を取ったおかげだ。感謝したいここの国の人々だ。だから俺はこのままにしておけない。出迎えの名目で多数の騎兵を国境に集結されるなど、疑念を招いて当然ではないか。例え戦闘の意思はなくても、充分な威嚇となっている」
両者の間にある空気はすっかり質を変えていた。
個人の打ち明け話しから一転して糾弾である。緩みかけた雰囲気は即断を必要とする場面へ切り換わっている。
ユリウスはグネルス皇国騎兵全体へ聞かせるような大声で告げた。
「もはや出迎えの護衛などと呼べない失礼千万な布陣だぞ、これは。引き揚げられなくても戦闘体勢は解いてもらおう。それが済んでからだ。我々が当国へ使節として赴くのは」
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この様子を遠くの丘から眺める者がいた。
頭からすっぽりフードを被り、この世界ではお目にかかれない双眼鏡を目に当てている。声は届くはずもない距離だが、口の動きから何をしゃべっているか読んでいるようだ。
ユリウスが剣や槍を降ろすよう求めたところで、舌舐めずりをした。それから妖艶といえる唇は誰に聞かせるでもなく動く。
やっぱりあの男、おもしろそうだわ。
発せられていたら、そうした声になっていただろう。
ユリウスらを出迎える者は姿を見せる相手だけではなかった。




