9.漢、夫婦としての助言をもらう(人生の先輩から)
ドンッと音を立ててテーブルへ置かれた。
まさに大ぶりな肉、肉、肉とした大皿だった。
「これ、うちの奢り。婚約者さんと食べてくれるかな」
三月兎亭の主人が手ずから持ってきた。でっぷりした愛嬌のある親父さんといったギア・ラビットである。
巨漢をすくめていたユリウスだから恐縮する姿も板につく。
「いやいや、そんなわけにはいかないぞ。先だっての戦いでアーゼクスたちが腹を減らさず引き揚げられたのは、ここの主人のおかげだと聞いている。こっちこそ感謝でなにかしなければならん立場だ」
「こちちもドラゴ部族が採掘する評判高い鉄鉱と交換ですから、お互いさまですよ」
「でも食料持参でアーゼクスの陣営へ訪れたそうじゃないか。確証なくても食料を置いていってくれた、と感動していたぞ」
ん? となったギアである。
「アーゼクスさんて、確か戦闘長の方ですよね。ユリウス様は、いつ、そのような話しをなさったのですか」
「戦っている最中だ」
ギアがテーブルに着く他の騎兵へ顔を向ける。証言を求められているようであれば、ここはヨシツネが応じた。
「うちの団長、戦っている時は、いつもです。スゴイでしょ」
「確かに。戦っている最中でも話しをする友人へなられたわけですか」
客商売上の愛想ではなくギアは本気で感心している。
それにしても、とユリウスが切りだす。
「主は酒場を営むだけではない、商会ギルドのエラい人だったんだなぁ」
「たまたま持ち回りで今回巡ってきただけですよ」
ギアは謙遜してくるが、ユリウスとしては尋ねずにはいられない。
どうやら元は交易商を営んでいたらしい。それを数年前に息子夫婦に任せて、娘と一緒に酒場『三月兎亭』を始めたそうだ。
「つまり店をやるのが夢だったということか」
ふむふむとするユリウスに、ギアは少し影を伴う朗らかさをもって答える。
「ま、わたしというより妻がやりたがっていたんですがね。子供が大きくなったら始めたいと、よく相談されましたっけ」
「おお、そういえば俺は奥方を知らんな」
「店を開く前に、病気で亡くなっております」
一瞬の間を置いた後だ。
すまん、とユリウスはプリムラにしていた以上の深さで頭を下げた。
「どうして俺はこう無神経なのか。王女に対していい、やはり愛想を尽かされるだけはある」
そんなことありませんよ、と隣席のプリムラが小さな手をごつい肩へ当てている。
なんだか妙な深刻さを感じ取った四天も声をかけてくる。
「真面目すぎだのぉ」「らしくないな」「似合わないよね」「いつものことじゃないですか」
四人のうち年齢が下がれば下がるほど励ましから遠のいていく。
ユリウスの顔を上げされるには、酒場の主人の出番が必要だった。
「ユリウス様に非礼はありませんよ。むしろこっちがぶしつけに切り出してしまった配慮の足りなさです」
いやでもなぁ〜、とユリウスの反省する態度はまだまだ解けそうもない。
高名な騎士の傘に着ない姿は、ギアの表情をさらに好意的へ変えていく。
「お互い夫婦やっていくなら感情の齟齬を気にするより、気持ちを打ち明けることを大事としたほうがいいですよ。それで怒られたり泣かれたりしても後悔しないですみます。わたしも妻から店をやりたいと言われた際、邪険にしたことだってありましたから」
話し終わったギアが、ふと照れたような顔を見せた。
ユリウスとプリムラが揃って熱心に耳を傾ける姿を認めたからだ。俺は感動した、と夫になろうとする者は相変わらず思ったままを口にしてくる。妻となる方は深く沁み入ったように胸へ手を当てている。
今度こそ四天の一人であるイザークが割って入ってきた。
「自分たちもまた感銘を受けました。しかも聡明であられる。てっきり酒場の主人とだけ思っていたが、まさかドラゴ兵が深追いしすぎて補給が間に合わないまで予想するとは、さすがすぎる」
いやいや、とギアが手を振ってくる。
「そこのプリムラ王女様から書簡をいただいていたもんで。龍人の部隊がアドリア領内奥深くまでつい侵攻してしまう可能性を示唆されていましたから、こちらも用意できたわけです」
そうなのですか、とイザークは名前が出たユリウスの婚約者へ向く。
他の三人もまた倣う。うちヨシツネは口に物を入れたましゃべる。
「ホントに姫さん、すげぇーわ。兵法家として連れてきたの、伊達じゃないな」
返答は当人の横にいる婚約者だった。ユリウスが胸を張っている。
「当たり前だ。個人の感情にほだされて騎兵団に組み込む真似など、俺がするか!」
「お言葉ですがね、姫さん来てからの団長では説得力なしです」
「なにを言う。少しでも傍に置きたい希望から始まったことに違いないが、プリムラ王女はな。俺にはもったいないくらいの女性なんだぞ」
つまり私事というわけだ、と理解した四天の四人は心得たもので声にしない。
何より傍目でもわかるほどプリムラが晴れやかな顔つきになっていれば問題は解決である。
ユリウスのほうは放っておいても大丈夫だろうと思っていた。現につい先まであたふたしていたなど遠い過去のような婚約者自慢である。王女は素敵だ、と臆面もなく口にしている。
イザークからすれば面白くなってきたものの、思いついた疑問は現在の二人に任せていたら聞けそうもない。
「それにしても主人はよく交渉に赴きましたね。相手は龍人だから、武器も持たない民間人が、と感心しましたよ」
するとギアは初めてだ。何やら含みのある微笑を浮かべた。
「龍人が人間の国であるハナナと交易を始めていると手紙で知ったうえに。王女様のお墨付きの書状も持参しましたからね。何よりドラゴ産の鉄鉱は以前から、密かに狙ってもいたのです」
「補給を忘れて侵入した龍人はむしろチャンスだったというわけですか」
「小さな国の商人はまず実入りですから。常識とする区別などに囚われていたら、得られるものなどありません。もっとも兵隊さんに節操もない連中だと蔑まれることはありますがね」
話し終わってからギアは「いけない、いけない」と口にする。騎兵である皆様の前で言っていい話しじゃありません、と付け加えていた。
「いや、主人。我々が騎兵だからこそ、伝えてもらいたいことだ。戦場の功を誇りがちな我らだからこそ、実情を把握しなければ反省も生まれないからな」
胸の前で腕を組んだユリウスが大きくうなずいている。
四天と呼ばれる四人にしたらだ。
言っている内容に不満はない。実に良いことを述べたと評価はしている。
しかしながら自分たちの騎士団長は、元々から非常識の面が際立つ人物である。特別にもったいぶられると違和感を覚えてしまう。なにをカッコつけてんだか、とヨシツネは言いそうになったくらいである。
使者が直接にテーブルへやってこなければ、ユリウスはまたからかわれていただろう。
三月兎亭で前回に訪れた同様の出来事が起きていた。