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2.漢、相談す(相手は自分を見張ってる)

 うーぉぉおー、と牢獄内で筋骨逞しい(おとこ)が唸っていた。

 胡座をかいて胸の前で腕を組み、何やら難しい顔をしている。

 騎兵団(きへいだん)を束ねる騎士という高い身分だけではない、闘神と呼ばれる名高い人物である。


 我慢ならなくて当然だ、と看守はその胸の内を推し量る。

 鉄格子のそばで番を命じられた、彼の地へ赴任したばかりの若者である。馴染みのない土地で新しい職で、いきなり出会(でくわ)した有名人に、緊張はあるものの興味が抑えられない。

 実先だけでなく戦いの凄まじさは田舎まで届いている。ただ失礼ながら噂から想像していた姿とはだいぶ違う。

 熊かゴリラといった大の漢が、うーだの、おぉおーなど、いろいろ小さく吼えているさまは愛嬌そのものだ。威圧どころか人懐こささえ感じた。

 だから、ついだった。


「看守とあまり会話はしてならんものだとわかっているのだが、声をかけさせてもらう」


 わかっているなら黙っていろ、と返せない新人看守だ。


「はい、なんでしょうか。ユリウス様」

「様づけなんかしなくていいぞ。なにせ俺は罪人だからな」


 はっはっは、と高笑いも付け加えたユリウスである。プリムラ王女という婚約者を得てからの好調ぶりは健在だ。囚人監視の役目に不慣れな若者を圧倒するには充分だった。


「いえ、自分は若輩者なれば、ユリウス様としなければ呼び難い限りです」

「では俺からはどう呼べばいいだろう。看守殿とでもしようか」

「職業名はさすがに……自分はリースと申します。気軽に呼んでいただけると、こちらとしては話しやすいです」

「そうか、では俺のほうは呼び捨てるが構わないか」


 はい、と新人看守は出席点呼に答える優等生のように快活な返事する。


「では、リース。すまないが、聞きたいことがあるんだ」


 大陸最強の呼び声も高い第十三騎兵団騎士団長から、直々に名を呼ばれた。新人看守に緊張は走るものの感激もまた胸裡に渦巻いた。


「はい、どうぞ何なりとご質問なさってください」


 囚人に向かってしゃちほこ張っている。


 牢の真ん中に、でんっと胡座を組むユリウスが軽く咳払いをする。すぅと今度は息を吸い込んでは、遠い目をする。無論、暗い天井を見ているわけではない。想いを馳せている格好だ。腹心の四人ならば嫌な予感を巡らせるだろうが、現在の相手は初対面である。

 闘神の通り名があるユリウス・ラスボーンは相談事へ向け第一声を放った。


「これまで俺はフラれ続けてきた」


 予想もしなかった内容にリースは傍目で知れるほど途惑ってしまう。

 そんな様子を知ってか知らずか、いや知らずに打ち明け話しは続く。


「いずれの女性も素敵だったんだが、なにぶん戦いしか知らない不作法者だ。俺のようなヤツに貴族の令嬢が耐えられるはずがないんだ」

「けれどもユリウス様の現在の婚約者は、かつてないほど高い身分の方だと聞いております」


 人は噂話し好きだ。特に男女の醜聞ほど会話の俎上に載せられるものはない。帝国の一地方へ赴任したばかりの下級官吏の耳まで届いている。


 ぽりぽり、ユリウスは頭をかいた。


「そうか、俺なんかと付き合うとけっこう広まるもんだな」

「それは大陸の最強剣士は、ユリウス様か龍人(りゅうじん)のアーゼクスか言われているくらいですから、その動向について常人とは注目度がぜんぜん違いますよ」


 自覚ないままリースは語り口に普段を混ぜ合わせ始めている。


「つまり、これはあれだな。婚約を破棄した側も無傷ではいられなさそうだな」

「はい。マリシュエ伯爵令嬢とオークリッジ男爵令嬢はユリウス様とのご婚約を破棄した際に新しい恋人がおりましたから、あまり評判が良くないです。特にマリシュエ伯爵令嬢の方は新しい恋人とも破局したそうで、いい気味だとする人も少なからずいるようです」


 うーん、とユリウスは腕を組んだまま考え込む。

 するとリースのほうがすっかり火が点いてしまったか。積極的に牢獄内へ向けて発言を開始する。


「いい気味ではありませんか。ユリウス様が帝国を守るため命懸けで戦っていたのですよ。なのに不在中に新しい男を見つけているなんて、恥を知って欲しいです」

「いやいや、リースよ。俺のほうも問題は多かったのだ」

「そんな、ユリウス様は悪くないですよ。だって龍人の侵攻に立ち向かえる人間は我が帝国では闘神しかいらっしゃらない。それほどのお方を支える覚悟がなくて婚約などするな、です」


 ここまでリースはしゃべって気がついた。どうやら熱くなって自説をぶつけてしまった。自分は質問をされる側であったことを思い出した。


「すみません、ユリウス様から訊きたいことがあると言われているはずなのに、こちらがべらべらしゃべっていて……」

「なにを言う。俺に気づきをくれているぞ。やっぱりこれまでの婚約者に不徳とする点は多かったようだ。だが今度こそ気の利く男へなりたいんだ。だから無礼など気にせず、どんどん意見してくれ」


 いくらでも訊いてください、と看守が背筋を伸ばした。

 うむ、と満足げにうなずくほうは囚人だ。

 両者の間には鉄格子が挟まれているものの、立場が通常にない。


 ユリウスは重々しく口を開いた。


「リースよ。もし話し難いことならば無理して答えなくていいぞ。これは繊細な問題だ」

「なにを仰いますか。闘神ユリウスの直言を承れる機会を得て拒否など出来ましょうか」

「これは私的な相談だ。そこまで畏まらないでくれ」

「ならばなおのことお答えするよう努力いたします」


 真摯に受け止めてくれる新人看守に、「すまないな」とユリウスは一言を述べてからだ。


「リースは今まで婚約者……までいかなくても恋人がいたことはあるか」


 いい男同士の恋バナが始まるようだった。

 罪人として放り込まれた牢獄において。

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