10.漢、どうやら初は……(姫は肉食系でした)
王国侵攻の帝国兵団及び加勢の賢國兵団を退けた足でユリウスは向かう。
死の淵からプリムラが戻ってきた! 気が急くあまり駆け出すくせを抑え、馬に乗っていく。まっすぐ病室とする仮説小屋へ飛び込んだ。
「そこでしたのか、ユリウス!」
興味を抑えきれなかった人物はイザークであった。質問から確認へ入っていく。
「ああ、だが問題が生じてな」
ぽっと赤らむプリムラの横で、なぜかユリウスは難しい顔だ。
初キスの場面で盛り上がるより、何が問題か気になる。
こうなるとイザークは冷静さが先立つ。周囲からすれば、役立つ。
「何があった。たかがキスした程度で何か問題が起こるものなのだろうか」
「ああ、あった。つい俺とプリムラ、二人だけの世界へ入ったしまったことが原因だ」
重々しいユリウスに対して、イザークはそんなことかと応じた。
「どうせ周囲に人がいたなかでキスしたくらいの話しだろう」
「よくわかったな。さすがイザークだ。士官学校以来の付き合いだけはある」
「別に気持ち昂るまま行ったくらい周囲も理解しているだろう。大変な目に遭った後であれば、なおさらだ」
「でもやっぱり父殿はなんというか、渋い顔をしててな。なんか申し訳なく思ったぞ」
今度こそイザークだけではない。テーブルを囲む一同が、なぁーんだ、と顔に描いていた。リュド王が娘のキスする姿に父親として複雑になるくらいおかしくない。
ふとヨシツネは気づく。この場にいる者のうち一人だけ反応が違う。鉄面皮を装っているが、横にいるせいか。何だか妙に呆れている風が感じられる。
「おい、ツバキ。なんかあんのかよ」
と、こっそり訊いたらである。
「ユリウス様は、なんてご配慮が働くお優しい方だと、改めて感動しているのですわ」
そんな生ぬるい感想みたいな内容で、ヨシツネが承服するわけがない。
「なんだよ、団長の言っていること、あれホントじゃないのかよ」
「ユリウス様は嘘を申しているわけではありません。ただ少し勘違いをなさっているようですわ」
当然ながらヨシツネはぜひ教えてくれとなる。しょうがないとツバキは耳打ちする形で説明する。
どうやら情報収集をしたらしい。
幸いにもキスの場面を見た者は病室に詰めたリュド王や医者に看護師だけで止まらなかった。もの凄い勢いでユリウスはやってきたため、辺り一帯へその存在感が振り撒かれた。なんだなんだとプリムラの妹たちに王国騎兵まで、つい追いかけてしまった。行き着いた先は、ぶちゅっとする光景だった。
「おかげで多くの証言を集められましたわ」
満足そうなツバキにヨシツネは、おまえも大概だよな、と口に仕掛けて閉じた。ここで拗ねられたら話しの先が危うい。ここからが面白くなるところである。余計な茶々は入れず、大人しく聞きに徹した。
初キスの場面を見た者の口は揃う。したのはプリムラの方からだった、と。ユリウスは感激で抱きしめただけだ。そこへ無理矢理に顔をつかんで唇を奪うだけではない。し終わるなり、きゃぁーと叫ぶ。このままわたくしをメチャクチャにしてぇー、と悶えていたそうである。
はっはっは、とユリウスは笑っていたらしい。まだ病み上がりで混乱しているようだ、と良いように解釈していた。
一方リュド王は、さかりのついた猫のようではないか、とおかんむりだったらしい。
「ツバキ。それってよー、ハナナの王様がご機嫌ななめになった理由は団長じゃなくて王女さんってわけだよな」
「姫様が時々はしたなくなるの、おわかりになってますでしょ」
確かにな、とヨシツネは小さくうなずく。出会った当初なら疑うが、共に旅してきた日々が思い当たる節を浮かばせる。あの姫さんは一筋縄でいかない。
そうそう! と話題沸騰中だったプリムラが急に挙げた。夫となるユリウスに影響を受けたか、記憶が甦れば黙っていられなくなったらしい。
「わたくしも忘れませんからね。初めてのキスがここまで時間がかかったのは、ツバキのせいだってこと。でもあれがキッカケでヨシツネさまと仲良くなったのであれば我慢もしましょう」
そう言って、にこっと笑う。今回はヨシツネにツバキも反駁よりもタチの悪さを感じ入った。普段が高貴然としている分だけ、底知れない。
なぐさめは向かいにあった。ベルが了解とばかり右の親指を立てて見せてくる。人並み外れた聴力でヨシツネたちの会話を拾っていたらしい。これがあるから盗み聞きと一概に責められない。
「まぁ、済んでしまったことは仕方がない。我々は将来の大事な事柄について話しを進めるべきだろう」
ずいぶんイザークが雑なまとめ方をしてきた。けれども意図については了解した。
問題はこれからなのだ。
食後のお茶とした段階で、今一度の確認が行われた。
二百四十三枚に渡ってイザークが記した事案についてであった。
「本当に宜しいのですね、プリムラ王女。本当にいいんだな、ユリウス」
書類を作成した当人の確認に、返答は笑顔を伴いつつだ。
「はい。ユリウス様の妃だけでなく、王妃として国を守る立場も心得ております」
「俺も王になる覚悟を決めた。ならばやるだけだ」
二人の決意が、聞く者に伝わらないはずはない。いずれも力強い表情をもって応える。
では、とイザークがテーブルに着く皆へ静かに、けれども力強く告げる。
これはユリウスが王として最初に行う命がけの務めである、と。




