47.漢、相談に乗る(僚友は裂帛を放つ)
ユリウスが一歩を踏み出したと同時に行くつもりだった。
ヨシツネは狼へ変身したルゥナーに飛び乗る。ユリウスの歩調を合わせて賢國兵団へ向かっていく。ツバキは拒めそうもないから諦めて一緒に最後まで戦ってもらう。
覚悟を決めた、その時だ。
ベルが大声を届けてきた。
「何かが、来てるよ」
正直ヨシツネにすれば間が悪い。ユリウスの突撃に備えた集中力を削るものだ。舌打ちをしかけた。
する前にベルの視線の向く方向が気になった。
ユリウス騎兵団からすれば、左だ。賢國兵団の右翼部隊へ当たる。その後方が何やら騒がしい。
なんだ? となった者はユリウスと対峙する賢國兵も同様だった。
見れば、右翼後方の賢國騎兵が跳ね飛ばされている。敵襲だ! が聞こえてくる。
「龍人だ!」
はっきり誰が来たか、知らされてくる。
先頭で大剣をぶん回している大柄な姿が、どこか懐かしい気分にさせる。大陸広しといえど、指揮官自ら先頭に立って馬にも乗らず敵陣へ突っ込む人物など二人しかいない。
ヨシツネだけでなくベルまで笑いがこみ上げてきた。
どけ、どけぇー! とドラゴ部族の戦闘頭が猛進してくる。
程なくしてアーゼクスは敵陣を分けて姿を現した。後方からは龍人騎兵がぞろぞろ連なっている。
これは賢國兵団の右翼の陣を打ち破ったことを意味する。とても凄いことをやってのけたわけである。
ヨシツネやベルといった騎兵たちは感動したし、賢國の騎兵は少なからず衝撃を受けていた。龍人騎兵団がとんでもない破壊力をまざまざと見せつけていた。
ところがユリウスときたらである。よぉとばかりが大剣を持たない左手を上げた。
「なんだ、アーゼクス。来てくれたのか」
久しぶりとする態度に、ここは戦場だから気を抜くな! と配下の者たちだけが思った。
指揮官同士は今までの戦闘を忘れたような日常の空気をまとい始める。
「それは来るぞ。なにせ我が妻オルフェスの話しができるのはユリウスしかいないからな」
「なんだ、どうした。アーゼクスは俺にとって、夫婦かくあるべき、と教えてくれる師匠みたいなものだぞ。聞かないというほうが無理というものだ」
「そういってもらえて嬉しいが、今回ばかりは参っている。ユリウスは結婚前なのに申し訳ないが相談へ乗ってくれないか、とやってきた」
助勢じゃないのか! と敵味方関係なく多くの者が思った。
いちおう賢國の騎兵側は警戒すべしとした。耳に入ってくる話しに惑わされてはいけない。右翼陣の一部は崩されている。何より龍人の戦闘頭アーゼクスがずんずん一人で進んではユリウスの傍へ立つ。
大陸一、二を争う猛将の二人が肩を並べた。
ユリウスとアーゼクスの声はでかい。急いで陣形を立て直す賢國騎兵たちの耳にも会話が飛び込んでくる。
「聞いてくれ、ユリウス」
「もちろんだ。それにしてもアーゼクスらしくなく、ずいぶん切羽詰まっている感じだが」
「当然だ。なにせ……オレは……離縁されそうなんだっ!」
悲痛にまみれた叫びだった。
なんだと! とユリウスも今までにない驚愕に見舞われていた。
敵味方関係なく周囲は、会話している当人たちと別の意味で悪い夢を見せられている気分であった。
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イザークをさらに苦戦へ追い込む事態が生じていた。
配下のオリバーへ剣が迫っている。背後から後ろ首を狙い刃が振り降ろされた。
阻止するべくイザークは長槍を突き出す。本来なら穂先で弾くつもりだった。けれども咄嗟だったため、柄で受け止める形となった。穂先の根元で、最も脆い部分へ運悪く当たってしまった。
長槍の先端は失われた。殺傷能力を失ったただの棒が手元へ残った。
オリバーを狙った騎兵はこの好機を逃さない。標的を組みやすい相手へ変える。しかもこちらのほうが大物だ。手柄を前に笑いそうになったくらいだ。
次の瞬間、首へ長槍の柄による横撃が入った。そのまま吹っ飛べば地面へ倒れ伏す。口から泡を吹いている。二度と立ち上がることはなかった。
イザークの力は凄まじい。けれども不利な状態へ陥ったことは否めない。かなり、と前置きもつく。
一人を倒したところで次がきた。穂先がなくても危険な棍棒として賢國騎兵及び帝国騎兵を打ちのめしていく。ただし労力は以前と較べものにならない。イザークの苦戦度合いはさらに深まっていく。
「イザーク、覚悟!」
頭上からの声に振り向けば、騎乗のネイト将軍の剣が向かってきていた。
反射的にイザークは両手で長槍だった両脇を持つ。柄で相手の攻撃を受け止める。
さすが将軍となるだけあって剣の威力は騎兵より断然ある。
真っ二つにされた。イザークの左右それぞれの手には短い棒が残った。穂先がないうえに遠心力を利用した攻撃も行えない。
再び馬の上からネイト将軍の剣が降ってくる。
両手の棒を投げ捨てたイザークは腰元から抜く。念の為と用意した短剣で迎え撃つ。
激しい交錯が刃を甲高く鳴かせた。
優勢は攻撃を仕掛けたほうにあった。長剣で上からであれば勢いが違う。短剣で下から受け止める格好であれば、いくら腕力のあるイザークでも押された。がくり、片膝が落ちる。ネイト将軍の押し込む刃を払い除けられない。じりじり顔面へ迫ってくる。
もうお終いね、とシスティアの嘲笑が聞こえてきた。
イザーク隊長ぉー、とオリバーが懸命に呼んでいる。助太刀にと焦っている。だが敵に間へ入られて、ままならない。
「まったく惜しいですね。これほどの武将が亜人を同等などと考える指揮官へ就いたばっかりに、ここで終わるとは」
勝利を確信してか、ネイト将軍が余裕の憐れみをかけてきた。
渾身の力で長剣を喰い止めているイザークが、ふっと笑みをもらす。
「ユリウスと共にあっても、人間だろうが亜人だろうがどうでも良かった。私は野望を叶える以外のことに興味などなかったはずなんだが」
「改心するならまだ遅くはないですよ。これまでを悔い改めるならば、システィア殿と同じような道が開けないこともない」
敵の申し出に、イザークは苦笑を顔いっぱい広げた。
「勝手な解釈は困る。むしろ私は現在に至って、亜人には同等の立場を……いや違うな。彼女がエルフであれば、亜人にも幸福とする選択肢を一つでも多く用意したい」
「個人的な感傷から、悪種を認めるというのですか。どうやら見立てを誤ったようです」
「上からの方針を盲信するだけあって、人として大事な感情を理解できないときている。わかっていたことだが、彼女がこれから生きていく世界でおまえたちのような連中を放置して置くわけにはいかない。ああ、いかないっ!」
力を込めた最後の言葉は裂帛に相当した。イザークが露わにした気迫は短剣にまで及んだ。
なに、とネイト将軍はうめく。完全に優位な体勢で打ち込んでいた長剣が弾き返された。バカな、と呆然の態であった。
イザークは膝を伸ばした。短剣の先を押し返した相手へ向けた。
「考えが違えば排除とする教皇に比べ、こっちの騎士団長、いや我らの王は敵さえ平気で取り込む底なしの器量だ。教義などと他人に説法するばかりで自身の考えから出られない者など、ユリウスの足下にも及ばない」
賢國教義の最たる具現者みたいなネイト将軍だから、これは許されざる発言だった。貴様! と怒りを発散させて剣を振り上げる。今度こそ容赦しないと顔つきが語っている。
剣を降ろすまでいかなかった。
突如、騎乗する馬がいなないたからだ。前足を高々と上げる。
ネイト将軍は剣を打ち込む体勢でいたから、いきなり乗る馬に仰け反られては対応できない。放り出され、したたかに地面へ身体を叩きつけた。さすがに鍛えた身体でも、すぐに何事もなかったかのようには動けない。けれどここは戦場だ。動作を止めたら危険だ。緩慢ながら上体を起こした。
ネイト将軍は起き上がりざまに、むんずと後ろから頭をつかまれた。




