38.漢、そしてその僚友の激闘(気を遣いなさい)
残念だが仕方ない。そうイザークは割り切るしかなかった。
兵の流れが縦と横で乱雑に交錯する地点であれば、狙い打つは難しい。身じろぎもせず矢を放つ体勢は取れなかっただろう。元々予想は五分五分で見ていた。これは想定内だ。
同時にベルは無論のこと、グレイもいかに弓術に優れていたか痛感する。
戦乙女システィアの殺傷に至らなかった。どうやら突き刺さった箇所は肩だ。致命とするまで遠い。
ならば、とイザークは長槍を振るう。
周囲の帝国騎兵はシスティアに気を取られているようだ。我らの戦乙女とした刷り込みによって身を案じる気持ちが先立つ。戦場ならば、自分の身を何より先決にすべきだ。不用意な隙を作ってしまった報いは、首を刎ねられるであった。
イザークを取り囲んでいた帝国騎兵は悉く頭を失った身体となって倒れ伏していく。
もはや肉塊の障害物とする役目しか果たさない死骸の上を馬が飛び越えていく。手綱を左手に四天の長身が向かう。右手には長槍が握られている。目標まで決して遠い位置ではない。ここで決死の突撃を試みた。
計算外が重なった。
戦乙女を名乗るほどだから、向かってこないにしても多少の気概は示すと思っていた。ところがシスティアは一目散に逃げ出した。イザークにすれば苦笑ですむ範囲内だ。判断としては正しい。詰まらないプライドにこだわるべきではない。
こちらはただ追撃し、その命を頂戴するだけだ。
ところが想像していたより前へ進めない。ユリウスへ向かう帝国兵の流れが想像以上に強くなっていた。ますます激しくなっていく。まずいな、と口から漏れるほどに。
ユリウス本隊の苦戦が加速していそうだ。怖れていた戦況へ陥りつつある。
イザークとしては、早めにシスティアを討たなければならなくなかった。戦乙女の戦死は帝国兵団に少なからぬ動揺を与えられるだろう。いけいけ状態にある兵の士気を挫ける。
一刻でも早くイザークは成果を出さなければならない。このままではユリウスがウイン皇弟の本営へ辿り着くなど難しい。
ここでイザークは新たな敵兵の影を認めた。ちっ、と無意識のうちに舌を鳴らしてしまう。
まさかの帝国第七騎兵団の登場である。戦乙女をお守りしろ、とフリッツ騎士団長が叫んでいる。ユリウス騎兵団迎撃の陣にいたはずだが、こちらへ移動してきたようだ。
イザークにすれば腹づもりが透けて見える。逃げ出して、こちらへやってきた。
フリッツのユリウスに対する恐怖心は並々ならなぬものがある。トラウマと呼べるくらいであれば、これ幸いと思ったに違いない。ユリウス騎兵団が突撃した位置から遠く、しかも戦乙女の危機が見とれる場所にいた。多数の帝国兵がユリウスへ押し寄せたせいで手薄になっていた戦乙女の護衛に向かう。現在の戦況なら戦闘相手を変える理由が立つ。
あとは言い訳にならないよう奮戦するだけだ。現に交戦となれば、先日の帝国第七騎兵団とは思えない勇戦ぶりを示す。イザークは手勢を集結させたものの、元からして寡兵だ。ここに至り、少ない数が仇と出た。
これでは戦乙女どころではない、自分の部隊が壊滅の危機へ瀕していた。せめてユリウスだけでも、と思うものの現状からして、ここと同じような状況だろう。帝国兵の勘違いと怯懦が想定外の相乗効果を生み、戦果へ結びつけつつある。
天は我らを見放したか、とイザークは慨嘆せずにいられなかった。
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ユリウス率いる騎兵団は凄まじい。
敵兵の死屍を積み上げていく。押し寄せる帝国兵を軒並み倒していく。苦境が却って意気を高めていた。
指揮官ユリウスもまた大陸屈指の力を発揮していた。
闘神と畏敬の念を込めて呼ばれれば呼ばれるほどに、弱くなっていた。正確に言えば、甘くなっていた。怯える相手には手心が無意識のうちに働いてしまう。相手が弱いとなれば、蹴散らして逃してしまう。
猛将アーゼクス相手か、許せないほど卑劣な者か、もしくは婚約者絡みでないと力を発揮しきれない。
けれども今回は違う。
五千にも満たない兵で、四十万の敵兵へ挑む。あまりの戦力差がユリウスの大剣から躊躇を消した。かつて一人で百人以上を相手にした以来か、というくらい渾身で立ち向かう。
強さでは圧倒していた。
けれども次々と敵兵が湧いてくる。負けなくても進めない。あともう少しとする地点で突破できない。戦線は激闘のまま硬直していた。時間が経てば、当然ながら体力は消耗していく。誰もが闘神とされる指揮官ほど無尽蔵な活躍を可能とするわけではない。
「大丈夫か、リース!」
大剣を唸らせながらユリウスが心配して尋ねる。
「問題ありません、これくらい」
リースは右に持つ剣を繰り出す。一度は左肩を押さえて片膝を落としたものの、すぐに立ち上がって攻撃へ転じる。向かってきた敵兵を斬り伏せている。
どうやら大きな支障はなさそうだ。まだという注釈付きだが。
帝国の攻勢を受け止めきれる限界が近づきつつある。ちらりユリウスは自分に従ってきた騎兵を窺えば、リースだけではない。全体的に疲労の影が忍び寄っているようだ。これだけの大攻勢に対し続けていれば無理もない。
仕方ないですます漢ではない。
うおおぉおおおー! ユリウスは気合いの一声を挙げた。ここはなんとしても押し通る。
決意は多少なりの焦りから生まれたものだ。強引が隙を発生させる。周囲の敵兵は目を光らせている。わずかでも逃さない。
ある長槍の先が甲冑を貫いて肉体まで届いた。やったぞ、と自慢気な声も挙がる。突き刺した帝国兵は得意になっていたが、青ざめるまで早かった。身体が宙へ浮いたせいだ。
右胸へ刺さったにも関わらずユリウスは無造作に引き抜く。長槍を離さない持ち主ごと持ち上げ、ぶん投げる。
「バカ野郎、方向が反対だったらプリムラからもらったお守りがダメになるところだったぞ。まったく、狙う場所には気を遣え」
どうやら怪我は大したことないらしい。鋼鉄の胸筋といったところか、刺さり具合も浅かったようだ。
バケモノか、と帝国兵の誰かが叫ぶ。
熱くなるまま攻めていた敵兵たちは思い出した。自分たちが誰に向かっていっているかを改めて認識し直す。とんでもなく強い相手であった。常軌を逸した騎士だった。
攻勢のうねりに停滞が訪れた。
ちょうどその時だった。
ユリウスの頭上を黒い影が覆う。
陽光を遮り、猛然と前方へ飛びかかっていった。




