第8回
埼玉文学賞落選作品(笑)
やがて月明かりに照らされ、私達は名もない小さな公園へと入って行った。二つのブランコと一つのベンチがあるだけの、本当に小さな公園。私達は話し合って決めた訳でもなく、自然とその青いベンチに2人腰掛けた。
『なぜ、私と逃げ出したのか』
その疑問がずっとあったが、それを心の奥から出せないままでいた。聞いてはいけない。いや、私自身、その答えを知るのが怖かったのかもしれない。
「4年生の時の、七夕の...そう、7月7日は桜汰くんの誕生日だったよね。あの日の事って、桜汰くん覚えてる?」
不意なその問いに私は驚いた。白矢風月の口から、まさかあの時の話を切り出されるとは思いもしなかったからだ。
「...うん。憶えてるよ」
「あの時、桜汰くんは短冊になんて書いたの?」
「・・・・」
更なる不意なその問いに、私は口ごもった。
「...え、いや...白矢、さんはなんて書いたの?」
話をそらし、そして白矢風月の事を『風月』と未だ名前で呼ぶ事をためらった自分がいた。
「...私?」
その事に白矢風月は触れず、そして今度はなぜか白矢風月が口ごもった。
「...笑わない?」
「うん、笑わないよ」
何を言われても笑うはずもないのに、なんでそんな事を言うんだろうと思いながら、私は静かに白矢風月の次の言葉を待った。
「...あのね...お嫁、さん」
2人の間に、不思議な空気が漂った。
「...そうなんだ...女の子だね」
気の利かない自分の返答に、私自身呆れてしまった。そして今度は私が答える番だった。白矢風月から直接それを求められずとも、明らかにそんな空気が流れた。
「...俺は、何も書かなかったんだ。後は名前だけ書いて」
教えたくない為のただの言い逃れに聞こえはしないかと、そっと白矢風月に視線を向けた。
「どうして?」
そう私に問いかける白矢風月と目が合ってしまい、私は激しく動揺した。
「願ったって叶わないから」
そう冷めたように言い放ってから、あの時の体育館での情景が、突然、目に浮かんだ。
ー「願ったって叶わないよ」
ー「どうせ叶う訳ないんだ」
私はあの時以来、なぜそんな事を言ってしまったのかとずっと後悔してきた。それなのに、10年経ったその時もまた同じ過ちを繰り返してしまうなんて...。あの時の白矢風月の悲しそうな目は、その時も強烈に目の奥に焼き付いていたはずなのに...。
そして見てはいけない物でも見るかのように、ゆっくりと白矢風月に視線を向けた。そこには、10年前の白矢風月がいた。悲しそうな目で、あの時のように上を見上げている。ただ違うのは、その視線の先は七夕の竹ではなく、1月の澄みきった夜空に輝く丸く大きな月だった。
「叶うって信じていれば、絶対に叶うものなんだよ」
顔を月に向けたまま、声は小さいが、とても力強い口調で白矢風月はそう言った。
第9回へ続く...




