番外編・ジャクリンの思念
悔しい、悔しい。
どうして最後までこんな目に?
あの世へも地獄へも行けず、何もかもが泡のように消える呆気ない幕切れ。
あの部屋から審判者に連れられてやって来たのは、四方を闇に囲まれた無の空間。
耳鳴りと全身の皮膚を刺す刺が奇声を上げたいと訴えているのに、その声が奪われて痛みは奥へ奥へと入り込む。
およそ地獄の方がまだマシだと思える程の苦痛を伴いながら、この空間で私を囲む姿無き審判者の光る目がジワジワと恐怖を募らせる。
わかっている、これからどうなるのか。
デュークもおそらく、私同様の裁きを受けるのだろう。
あの女を殺したかった。
この手で地獄へ突き落としたかった。
私の存在しない世界で、あの女が幸せになるなんて許せない。
私の存在する世界であの女が恐怖を味わいながら、地獄へ落ち続ける様を眺めていたかったのに。
★ ★ ★
転移先の家はごく普通の、私に言わせればつまらない家。 貴族でも貧乏でもない、施しや憐れみとは無縁の。
それでも転移の際にそこを選んだのは、私の感情が動く事がないと思ったからだ。
そうでなければ、あの女に近づけないから。
貴族令嬢に親切な平民出身の娘、ジャクリン。
案の定にして世間知らずはそんな私に対して簡単に心を開いてくれた。
思い悩み、心を傷つけ砕かれる様は見ていて本当に楽しかった。
★ ★ ★
コーンエル家の養子になったのは子供の頃。
両親が亡くなり、一人ぼっちになった所を迎えてくれたのがあの男爵夫妻だ。
彼らは両親を亡くした私に同情し、とても親切にしてくれた。
そして男爵家に引き取られる事になったのだ。
いや、そんなのはどうでもいい。
そもそも同情なんて鬱陶しくてたまらなかった。
綺麗な服を着飾って、美味しい料理に傅く使用人。 当たり前のように笑って庭を駆け回る偽りの姉妹。 可哀想な人間に与える施し。
与えられた自室の窓から外を覗くと、あの女の顔が両親と重なって見えた。
そして、その顔が時折チラと窓辺に立つ私を視界に捕らえるのだ。
腹立たしかった。
あの女の幸せそうな顔が、幸せにしてやっている感一杯のあの両親のようで。
貧しい生活の中で僅かな恵みと喜びが、感謝と引き替えに手の平に乗せられた屈辱を思い起こさせる。
結局は男爵夫妻とあの両親、所詮は大差なかった。
決して私とあの女を引き合わせようとしなかったのだから。
おそらくは私を姉妹として扱っていなかったのだろう。 或いは家族として認識していなかったのかもしれない。
コーンエル家の養子だったのは、ほんの数年。
その間に私が偽りの家族と共に過ごしたのはほんの数回でしかない。
逃げたのだ。
あの家のくだらない良心から。 私の神経を掻き乱すあの女から。
唯一、あの家での収穫と言えばデュークの存在。
いつも虚ろな目をしていた彼が向ける視線は、決まってあの女だ。
好意を持っているとすぐに気づいたが、当然ながら歯牙にも掛けない。 あの女は庭師の息子なんて相手にするはずがなかったのだ。
庭で摘んだ花をデュークがあの女に渡した時の事はよく覚えている。
あの女は嬉しそうに礼を言いながらも、それを部屋に飾る事はなかった。 その花は侍女の手へと渡り、なんと排泄の場へと置かれたのだから。
おそらくは侍女の独断行動だったのだろう。
それでも怒りがあの女へと向く感情を私は寧ろ、喜んだ。
それからのデュークの憎悪は手に取るように簡単で、憧れが変化するのも感情を操るのもなんとも容易い。
利用する価値のある男だと思った。
そして手を組んだのは、私があの家を出てから数年後。
後悔も懺悔もするつもりはない。
あの女への憎しみだけは消えようがないのだ。
ただ、できる事なら葬りたかった。
両親と同じ土の下に。
私のこの手で。
Berry,s cafeで同名にて先行的に掲載していたものです。
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