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6話 生徒会長マルク:リズムに乗って殴る練習

 その日の放課後――。


 アレリアは屋敷には戻らずに学園の生徒会室へと足を向けた。


 昼休みに喫茶室でリヒャルトによりもたらされた衝撃の事実を問いただすためだ。


 ……マルク王太子はこの年若い貴族たちが通う王立の名門『冠翼』ステリュクス学園の生徒会長もしている。

 だから彼は生徒会室を私物化し、暇になれば生徒会室に入り浸っているし、頻繁に寝泊まりもしている。自前で学園内から弦楽四重奏団を募り、生徒会室でよく演奏会も催していた。

『だから』という言葉の意味がよく分からなくなってくるが、事実なので仕方がない。


 マルクは生徒会長で、生徒会室に入り浸っている。重要なのはこれだけだ。

 生徒会室に行けばマルクに会える可能性が高いのだ。


 深紅の絨毯が敷き詰められた豪奢な廊下を進み、華麗なる彫刻の施された金箔尽くしの扉の前に立つ。

 ……先程から弦楽四重奏が聞こえていたが、やはりこの中が演奏場所だ。

 放課後に弦楽四重奏を生徒会室で演奏させて聞く。

 こんなことをするのはマルクくらいなもんである。

 アレリアはごくりと固唾を飲み込んだ。

 この中に、マルクがいる。


 それにしても妙に軽やかな曲だ。曲のテンポが速いし……いやこれ確実に早い! 普通の二倍は速い。


 アレリアは流れてくる曲に面食らったが、それでも令嬢らしく、まずはトントンとドアをノックした。


「入れ」


 まごう事なきマルクの声が応じる。


 アレリアはドキドキしながら、大きな扉を体重を掛けてそっと押し開け……。


 まずは学年とクラスと名前を告げねばならぬのに、目に飛び込んできた光景に呆気にとられてしまった。


 確かに弦楽四重奏団がいた。バイオリン二人、ヴィオラ一人、チェロ一人というスタンダードな構成だ。

 彼らは生徒会室の中央で必死に手を動かしていた。あれだけ手を速く動かせば、そりゃあ曲も速くなるだろう。


 肝心のマルクはといえば、部屋の隅、壁に向かって鋭く息を吐きながらテンポ良く拳を繰り出し続けていた。


 アレリアの見間違いではない。

 ソレイユ王国王太子にして王立の名門『冠翼』ステリュクス学園の生徒会長でもあるマルク・マレシャルが、白を基調とした学園の制服姿のまま、部屋の隅で、壁に向かってシュッ、シュッ、と言いながら素早く空打ちを繰り返しているのだ。


 驚いて棒立ちしてしまっているアレリアに気づき、マルクは弦楽四重奏団に向かって声を張り上げた。


「もういい! 止めてくれ!」


 その声に演奏をやめる弦楽の四人。結構な大きさだった曲が急になくなり、豪華な内装の生徒会室には行き場のなくなった音符が余韻となって漂う。


「ありがとう。帰っていいぞ」


 言葉に従い楽器を抱えてぞろぞろと出て行く四人を横目で見ていたアレリアは、ようやくマルクに礼をする気になった。


「あ、あの。わたくし……」

「かったるい挨拶は抜きにしよう。何か用か?」


 マルクは机の上に置いてあったタオルを取り、首筋の汗を拭いている。いつの間にかその片手にはコップがあって、彼はぐいっと中身を煽った。


(うっ……マルク殿下、キラキラ王子様オーラがキツい……!!!!)


 アレリアは内心呻いた。


 夕刻近い外の光が差し込んでキラキラと運動後のマルクの金髪を輝かせていて、それが見ることもやっとというような光のオーラを醸し出しているのだ。


 しかもかなり汗の匂いがする。それほど臭くはないが、汗の匂いではある。まあしょうがない。十六歳の少年は運動すれば汗もかくし汗臭くもなるし体臭も濃くなる。

 だがその汗すらも……多分……いい感じになんか良い感じの匂いになるんだろう、とアレリアは自分を納得させた。

 滅多なことを思うものではない。

 相手は王太子殿下である。粗相がないようにしないとこちらの身が破滅する相手だ。


「あの、殿下。お邪魔でしたでしょうか……え、というか何をされていましたの?」

「リズムに乗って殴る練習」

「わーお」


 他になんと言えばいいのか。


 だが、この王太子様は、人を勝手に剣闘大会の商品にするような傲慢な王太子様である。

 ……なんならあの拳で殴られるかも知れないのだ。

 であるからには、こちらもそう思ってかからなければ危ないだろう。

 アレリアはすぐに逃げられるよう、ドアの近く、マルクから距離をとったまま話を続けた。


「ちょっと耳に挟んだことがありまして、それを確かめようかと……」


 マルクはなにやら首に掛けたタオルの端を耳に挟もうとしていた。


「……殿下、なにをされていますの?」


 本日二度目の台詞である。


「いや、俺も耳に挟もうかと。タオルだけど」

「まあそうだろうなとは思いましたわ」

「なかなか上手く挟めないな……タオルが分厚いのかな」


 こほん、とアレリアは咳払いをする。


「あの、殿下。わたくしの話を聞いて下さいませ」

「聞いてる聞いてる。言って言って」


 軽い! なんだか凄く軽くあしらってくる。

 しかしいまさら彼の態度に文句を言っても仕方が無い。


「あのですね。剣闘大会をするって聞いたのですけれど」

「ああ、そうだ。一週間後な。アレ姉も参加するのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「まあ女は出場禁止だけどな。でも祭りみたいなもんだし、みんなでワイワイ楽しくやろうと思ってる」

「そんな軽く……。優勝賞品のこと、聞きましてよ?」

「ああ、婚約権だろ? だいじょぶだいじょぶ。優勝するの俺だし」


「……殿下ってば!」


 いつの間にかタオルを耳に挟むのには飽き足らず、マルクは頭の上でリボンのようにちょうちょ結びにし始めていた。というかそんなに長かったっけ、そのタオル……?


「ちょこまかちょこまか! 手遊びをやめて下さい! 気が散りますわ」

「どうだ可愛いか? うーん。こう、もうちょっとこう、なんかしたらなんかなりそうな……」


 人の話など聞いていない。

 マルクは窓に自分を映してタオルの角度を整え始めてしまった。


「……あの、殿下? わたくし殿下にお話がしたいんですけれど……」


 我慢しきれずアレリアは眉間を揉んだ。そろそろ眉間に揉み皺が出来そうな勢いである。


「ああ。聞いてるから言ってくれ」

「あのですね、剣闘大会をするって聞いたのですけれど」


「それもう聞いたぞ」

「その優勝賞品がわたくしだと」

「アレ姉じゃなくて、アレ姉との婚約権な」

「それもわたくしに断りもなく、ですわ」


 アレリアはズバッと切り出した。


「即刻中止してください。少なくとも優勝賞品は変えてください!」

「なんだよ、俺が負けるとでも思ってんのか?」

「そういうことではありません。わたくしの人生を左右するようなことを、わたくしに断りもなく勝手に決めるなって言っているのです」


 誰かに人生を滅茶苦茶にされるのはもう嫌だ……というか。


「こんなことするなんていくらなんでも非常識ですわ。断固抗議します!」




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