5話 歴史を変える濃い令嬢
長いような短いような前世の一生を振り返り終えたアレリアの前には、白を基調とした学園の制服に身を包んだ影薄青髪皇太子リヒャルトが微笑んでいた。
思わず周囲を見回すが、ここはそろそろ昼休みの時間が終わりそうな時間帯の喫茶室だった。
リヒャルトと話をしていたら、昔のことを思い出してしまったらしい。
でも一瞬で振り返りを終えることができたということは、やっぱり前世のわたくしの一生は短かったのかしら……とアレリアは思う。
前世の享年は十八歳。短いが、濃かった。そして今、アレリアは前世の享年と同じ十八歳だ。
アレリアにとって十八歳というのは事件が起こるよう決められた年齢なのかもしれない。
「……リヒャルト殿下、本当にありがとうございます。殿下にわたくしの後ろ盾になっていただけるなんて、これほど心強いことはありませんわ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕でよければいくらでも使ってください。あなたを守る騎士になれるのなら本望だ」
気がつかぬ間にいつの間にかテーブルの向こう側から影薄皇太子の腕が伸びてきていて、アレリアの手をとっていた。身を乗り出したリヒャルトがその手の甲にキスをする。
「でも僕は帝国の皇太子だ。僕に相応しい伴侶を決めるのもその役目の一つなんだよね。……あなたが欲しい、我が女神よ。僕のお嫁さんになってください」
熱烈な告白に、アレリアは思わずくらっとした。このままリヒャルトになびいてしまえば、すべてから祝福される薔薇色の未来がアレリアを待っているような気が……とそこまで考えて、ストップする。
薔薇色の未来を思い描いて結婚した前世はどうなった? 結局裏切られて処刑されたではないか。
この人がそういうことをしない、という保証はない。
リヒャルトが皇太子だ……というのも苦手な部分の一つである。前世のアレリアを裏切り処刑した婚約者も皇太子だった。
ただの役職名だしさすがに言いがかりに過ぎないとは分かっているのだが、印象は最悪だ。
「あ、あの、リヒャルト殿下、こういうのは困りますわ」
「ああ、その控えめなのに濃い存在感。なんていいんだ……」
「リヒャルト殿下? わたくしのこと濃い濃いおっしゃいますけれど、わたくしそんなに濃い人間ではないと思うのですけど」
リヒャルトが薄いのは自明の理として、アレリアだってそんなに濃くはない。濃いというのは真面目な話をしているのに無理矢理なノリツッコミで茶化すマルクだったり、ですのですのうるさい体術抜群のピンク髪女騎士みたいなののことをいうのだ。
……あとは、前世のアレリアの人生とか。
マルクやエメリーヌに濃さで叶うはずもないし、今世は前世のような濃密な人生を送ってきてもいない。なのに何故リヒャルトはアレリアを濃い認定して濃い濃い言っているのか。
だいたいもうあんな濃い人生、送りたくはない。
「よし。じゃあ君に僕のとっておきの秘密を教えてあげるよ」
と彼は声を落として、手を自分の前で組み、ぼそっと呟くように言った。
「僕にはちょっとだけ、特殊な能力があるんだ」
「影が薄い、ということでしょうか?」
「うーん、それに関連しているような、いないような。僕は自分の存在感が薄い分、人の存在感を見ることができるんだ」
「……ど、どういうことでしょう、それは」
「本当に見えるんじゃなくて、あくまでも……なんというか、『眼』で。その人が歴史に刻む比重が色の濃さとして見えるんだ。それがあなたは濃い、アレリア。僕が今まで会った中で一番、最高に濃い」
「それは、マルク殿下より、ということですか?」
「そう。マルク君など足下にも及ばない……あなたは歴史を変えるひとだよ」
歴史を、変える。
それが何を意味するのか分からないし、突然そんな『自分は特殊能力がある』なんて思春期特有の空想と自分を重ねた多重設定付きの自己認識を語られても困る。
だが……。
「信じますわ、殿下」
「アレリア……」
アレリアは真面目に頷いた。
「わたくしも人に信じてもらえなかった身ですし。ですから、あなたのことは信じます、殿下。あなたの特殊な力を、信じますわ」
「……ありがとう、アレリア」
ほっとしたような微笑みを浮かべるリヒャルトに、それでもアレリアは首を傾げた。
「でもわたくし、自分がマルク殿下より濃いだなんて信じられませんわ……。歴史を変えるというのも、わたくしなんかよりマルク殿下の方が相応しいと思います。リヒャルト殿下、何か見間違いをなさったのではありませんか?」
「そう思うのも仕方ないかもしれないな」
と、彼は軽く笑った。
「これは、僕が証明していくしかないかな。手始めに――」
と、リヒャルトはもう一度アレリアの手をとって、甲にキスする。
アレリアはうっとりとリヒャルトの灰色の瞳を見つめた。
よくよく見ればリヒャルトはとんでもない美形である。影の薄さからよくよく注意して見ないとハッキリ見えないというハンデがあるようで、それが惜しい。
「あなたの運命が常ならぬ濃さだということを、今度の剣闘大会で証明してあげましょう」
「……け、剣闘大会?」
突拍子もない単語にアレリアは聞き返した。
どこから出てきたんだ、剣闘大会。
「あれ、知らない? おかしいな……じゃあマルク君はあなたに告げず勝手に……?」
「な、なんでしょう?」
不穏な空気を感じ取り、アレリアは心臓がドキドキしてきた。
「マルク君が肝いりで企画立案した剣闘大会が一週間後に開催されることになってるんです。その優勝賞品というのが……」
言いにくそうにリヒャルトは続けた。
「あなたとの婚約権なんだ」
「……は?」
「知らなかったのかい?」
「知りませんわ。そんなの……どういうことなの」
当然、アレリアは知らない。
自分の知らない所で自分の婚約権なんかかけて剣闘大会が開かれるって。
そんなのありか。




