18話 王太子vs仮面の男装女騎士(エメリーヌ視点)
アレリアが祈りながら、猫耳夫人がワクワクしながら見守るグラウンドでは、いい人仮面がマルクにじりじりと追い詰められていた。
鎖を常に回転させるという未知の戦法にいい人仮面が萎縮してしまっているのだ。
双剣使いであるいい人仮面は、双剣という珍しい戦法によるアドバンテージを知らず知らずの内に常に得ていた。つまり、警戒するのはいつも相手のほうだったのだ。
それが、この対戦相手はまったく警戒もせずに、鎖をぶん回して自信たっぷりにいい人仮面ににじり寄ってくるのである。
何を仕掛けてくる気だ……?
と警戒せずにいられない。
リヒャルトに言われたことも気になる。どうも『重さ』がキーワードらしいと思ったので、少しでも軽くなろうと鉄の篭手を外して参戦してみたが……。
この何も付けていない手首にあの鎖が巻き付いたら? 鎖の先に付いている重りが手に当たったら? そう思うとおいそれと攻撃を仕掛けることができなかった。
リヒャルトのアドバイスは完全に裏目に出ていた。
だが、いつまでも下がってばかりではいられない。
この闘技場のどこかにいるであろうアレリアを心に強く思う。
本当なら観客席を見渡してじっくりと探したいところだが、トーナメント中のグラウンドに立つ者にその余裕はない。
初めてアレリアを目にしたとき、いい人仮面――エメリーヌは我が目を疑ったのを覚えている。
大好きなおとぎ話のお姫様が現実に出てきたのかと思ったのだ。現実の女性だと知ったとき、ため息とともに嫉妬心が燃え上がった。エメリーヌだってあんなキラキラしたお姫様になりたかったのだ。だから少しでも憧れのお姫様に近づくためにお嬢様言葉だって身につけたのに。
エメリーヌが見つけたあの本物のお姫様は、生まれは侯爵家、聞いたところによれば綺麗に生まれついてたおかげでマルク王太子のお目にとまりプロポーズされたという、正真正銘のお姫様だった。将来の王妃様として、生来の気品、またその美しさから周りの人に一目置かれている。なんて羨ましい人なんだろう。アレリアは大抵一人でいるが、それはきっとあまりの美しさに周囲の人たちが近寄りがたくしているのだろう。それほどまでのお姫様なのだ。
昔から犬との闘争に明け暮れ人間の女の子らしい生活はしてこなかったエメリーヌにとって、アレリアは本当の、現実に現れた手の届く本物の実際に会えるお話の中のお姫様だった。
マルク王太子から婚約破棄の芝居を持ちかけられたとき、エメリーヌはこれで自分もアレリアのようなお姫様になれる! と思ったものだ。芝居ではあるが、アレリアを追い出せば自分におハチが回ってくるかもしれない。そしてアレリアの代わりにマルクと結婚すれば、エメリーヌがキラキラした人間のお姫様になれる。
皮肉なことに今対戦しているのはそのマルクである。もっともマルクはこちらがエメリーヌだとは知らないが……。
だがその実、アレリアは身勝手な婚約者に振り回される苦労の多い身だった。
そのアレリアに、何も知らないエメリーヌは攻撃をしかけ、罠にはめて破滅させようとした……なのにアレリア姫は牙をむいたエメリーヌを許し、あまつさえ助けてくれた。
本当のおとぎ話のお姫様みたいに、優しくて賢くて愛と気品に溢れたアレリア姫。憧れの、囚われのお姫様。
そのお姫様を、運命から開放すると決めたのだ。騎士である自分にはそれができる。かけられた恩も返したい。犬的にも恩を返すのは大いにアリだ。
エメリーヌが持つ牙と爪――犬牙剣と犬爪剣は、これからはすべてアレリア姫のために振るわれる。
一太刀、仕掛けてみよう。
こちらは双剣なのだし、一本の剣にわざとあの鎖を巻き付けさせてぐいっと引っ張れば、あの武器がぶん取れるかも知れない。もし取れなくても鎖は封じることができる。
もう一本の剣であの小振りの剣と切り結ぶのであれば、それは普通の剣技でしかない。必要以上に萎縮することはない。勝機は十分にある。
(よしっ。その戦法で行こう。アレリア姫、群れの犬たち……。エミィに力を貸してですの!)
エメリーヌ……つまりはいい人仮面は意を決すると、双剣を持つ手に力を入れなおし、まさに脚を一歩せりだそうとした。
その時、ぶんぶんと鎖を回しながら余裕の表情でマルクが話しかけてきた。
「その剣、犬牙剣、犬爪剣っていうんだって? 犬になぞらえたその剣を捕らえるのにこいつとは、まったくもっておあつらえ向きじゃないか。笑っちゃうわ」
「……何が言いたい」
「躾の入ってない猛犬を繋ぐのに、鎖の綱は必需品ってことさ!」
言うが早いが、マルクは回していた鎖を投擲した!
ビュン!!!! と音を立てて鎖が飛んでくる。
(しまった!)
いい人仮面は咄嗟に剣でガードする。
しかし、剣をクロスしたら鎖に巻かれたときに一気に取られると一瞬で判断し、剣の一本で鎖を防ごうとしたところはさすがの反射神経といっていい。
が……。
その鎖が打ち付けたのはいい人仮面の剣でも手でも手首でもなく……彼女の脚の、一歩先の地面だった。
投擲を失敗したのだ。
しかしそれを好機と捉える間もなく――
「なにっ!?」
驚きの声を上げる彼女の足下は崩れていた。
突如現れた大きな穴に、いい人仮面はなすすべもなく落ちていく……。




