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12話 保健室にて:影薄皇太子改め隠密皇太子

 保健室につくと、アレリアはベッドに寝かされた。

 自分では気付かなかったがやはり気疲れしていたのか、ベッドに寝かされるとアレリアはほっと一息付けた。


 保健室は静まり返っている。

 アレリアたちの他には誰もいない。

 あいにく養護教諭もおらず、養護教諭が帰ってくるまでリヒャルトが付き添っていてくれることとなった。


 彼はベッドサイドに跪くと、アレリアと目線を同じにして微笑んだ。


「次の授業は休むことにするよ。だからアレリアはゆっくり休んでね」

「でも、あの……悪いですわ、そんなの」


 リヒャルトと二人っきりで静かな保健室にいるというのは、正直いって居心地が悪い。


「大丈夫。僕が女性を襲うように見える? しかも体調悪い人をさ。もしかして信用ないのかな」

「あっ、あの。そういうわけでは……」

「じゃあ襲っていいのかい?」

「……で、殿下っ」

「冗談だよ、冗談。乗りかかった船だし、ここで降りるのも気持ち悪いしね」


 身分が上の人間がこれほど主張しているのだ。自分はここら辺で引き下がるべきだ、とアレリアの令嬢としての勘が告げていた。

 養護教諭、早く帰ってきて……。


「……あの、すみません、殿下。お手数をおかけ致します」


「気にしないで。ここ数日、あなたには酷なことが続いていたし。よく耐えたよ。ゆっくり休んでください。でもようやく味方が現れて、よかった」

「……あの、それっていい人仮面さんのことでしょうか?」

「そう……ふふ、もちろん彼は彼なりにあなたを守ろうとしているようだね。でも彼だけではなくて僕もなんだ。彼に比べたら影は薄いが、僕も僕なりにあなたを守ろうと方々に行ったりして手を回したんだよ」


 では最近見かけることができなかったのは影が薄いからではなく、実際に学園にいなかったということなのだろうか?


 その時アレリアは思い出した。

 マルクがリヒャルトも剣闘大会に出ると知って、何か対策を始めていたということを。


「あっ、あのっ、リヒャルト殿下。お気を付け下さい、マルク殿下がなにか企んでいます……ごめんなさい、こんな前日に。わたくし、リヒャルト殿下が大会に出ると何日も前に口を滑らせてしまって……」


「分かってる。知ってるよ。僕は隠密活動に向いた皇太子だから。誰も僕の気配を悟ることはできないのさ」

「……え? あっ、もしかして見ていたんですか?」

「さあて、どうかな。でも僕は影薄皇太子改め隠密皇太子だからね。君にそういってもらって、僕も前向きにこの体質と向き合ってみようと思ったんだ。で、開き直ったらこんなに便利な能力はない、というわけさ」


 やけに自信たっぷりに言い切ったリヒャルト。

 まあ確かにそんなことを言った覚えはあるが……。


 ……見ていたのだろうか? あの、マルクが生徒会室で『リズムに乗って殴る練習』をしていた、あの日にあったことを。アレリアもマルクもそこにいたリヒャルトに気付かなかった、と? もしかしてあのマルクの私設弦楽四重奏楽団にリヒャルトもいたのだろうか……? それで、生徒会室を出て行ったふりをして、あそこに留まっていたとか?

 ということは、やはりここ数日も教室にいたのだろうか? この人自身がもはや謎だ。


「でも、これでハッキリしたよ。あなたの濃さの正体が」

「え?」

「あなたは歴史を変えるほどの濃さを持つと僕がいったこと、覚えてる?」

「ええ、もちろんですわ」

「あなたは自分が濃いわけがない、と言っていた。確かにあなた自身に濃さはないのかもしれない。でも僕の『眼』には、それはもう極彩色なほどくっきりと輝く、恐ろしいほどの濃さが見えている。それが何故か分かったんだ」

「それは……?」


「あなたは濃い人物を惹きつける体質なようだね。それがあなたの濃さの正体というわけだ。マルク君や、エメリーヌ、それにいい人仮面。それからあと一人……。少なくとも三人、いや四人分の濃さをあなたは今持っている。これからも濃い人物があなたという人物に惹かれて集っていくことだろう。そして歴史が変わる。だからこそ、あなたには歴史を変えるほどの濃さがあるんだ」


 しかしそれは他人の濃さだが……、いったんアレリアが惹き付けてしまったのならばそれはアレリアの濃さだ、ということなのだろうか?


 だがそれよりリヒャルトの話で気になることがある。


「でも……マルク殿下と、エメリーヌと、いい人仮面さん、は分かるんですが。あと一人って……?」

「あ、僕ではないよ。僕はどう頑張っても影が薄いだけの男だからね。頭数には入らないんだ。あと一人……それは、この世で唯一マルク君が頭が上がらない人物のことだよ」

「あのマルク殿下が頭が上がらない人物、なんているのですか?」


「その時までのお楽しみ、ということにしておこうか。まあ、なんだかそんなのもうどうでもいいような展開になってきたけどね。いやあ、楽しくなってきた」


「でも……、分かりませんわ」


 アレリアは枕に乗せた頭を天井に向ける。


「いい人仮面さんを信じていいのかも分からないし、失礼ですが、あなたのことも……」


「アレリア……」


「……すみません、こんなにお世話になってるのにこんなこと言って。でも……あなたもわたくしとの婚約が目当てなのでしょう、だから、その……ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃないのに」


 言い方がどうしてもキツくなってしまい、アレリアは謝った。


 リヒャルトには計画のことを言っておこう、と思った。せめてそれが、彼の尽力への誠意だ。


「殿下、わたくし……今夜、街の教会に行こうと思っているんです」

「神のご加護を祈りに行ってくれるのかい?」

「いえ……。そこを頼りにして修道院に行き、修道女になろうと思って」


「アレリア、それは……。聞いたからには、僕はあなたの出奔を阻止しなければならない。おなたの仰る通り、僕の目的はあなたなんだから」


 ああ、これは。


(言わない方がよかった……?)


 なんでいつも、わたくしは……と悔やむ。いつもこうだ、いいと思ってしたことが、裏目に出る。


「すみません、リヒャルト殿下。それでもわたくしは行きたいのです」


「アレリア、逃げる必要はないんだ。僕を信じて。必ずあなたを幸せにする。僕にはあなたが必要なんだ」


「皇太子様! アレリア様の邪魔をしたら許しませんのよ!」


 突然、ピンク声の鋭い叫びがリヒャルトを咎めた。

 えっ? と思ってピンク声の方を向くと、窓の外にエメリーヌがいるではないか。


「え、エメリーヌ……。あっ、あの、先程はどうもありがとうございました」


 リヒャルトとの密会を覗かれた気恥ずかしさもあったが、それよりも助けてもらった礼を言うことを優先させた。エメリーヌに助けてもらわなかったら階段から落ちて死んでいたかもしれないのだ。


「なんの話ですの?」


 とすっとぼけるエメリーヌ。


「え? いえ、階段を踏み外したのを助けてもらって」

「なんの話かさっぱりですの!」


 あ、なんだろうこれ。

 そういう設定なのか? 別人だから知らないよ、という?


「あの……、ええと、それならまあ、いいですわ」


 アレリアは枕の上で眉間を揉みつつ意見を引っ込めた。

 そういうことならそういうことにしておこう。事を荒立てるのは面倒だ。


「エメリーヌ、立ち聞きかい? それは令嬢として礼儀に欠けるのではないかな」


「ちょっと心配になっただけですの! よっと」


 彼女は(さん)に片手をかけると、ひらりと窓枠を飛び越えた。ふわりと白いスカートが揺れる。流石に身が軽い。


「案の定なんかいじめてるし! それじゃあなたにアレリア様を託したいい人仮面様が悲しみますわ!」


「別にいじめてるワケではないよ。それに君には関係のないことだ。口出しはしないでもらいたいものだな」


 ゼルデモンドの次代皇帝である皇太子リヒャルトの気分を明らかに害しているのだが、それでも騎士爵令嬢エメリーヌは意見を引っ込めはしない。


「修道院に行きたいっていうんなら行かせてあげればいいではないですの? 神の道に入るなんて立派なことですわ! 邪魔するんならエミィの群れの犬たちをあなけにしかけますことよ」


 突然の武力行使宣言。

 その言葉に、リヒャルトは苦々しそうに眉根を寄せた。


「そうか。君は騎士爵令嬢エメリーヌ・パラド……――野犬の群れの王キング・オブ・ザ・ワイルドドッグスの二つ名を持つもの、か……」


「そういうことですの。いくらあなたの影が薄くて気づかれなかろうが、そんなの犬には通用しませんの。なんてったって犬ですから! ちっちゃい子犬も老犬も、揃いも揃って人間なんか歯が立たないくらいの鋭敏な感覚の持ち主ですのよ! あなたなんてまずは臭いで看破ですわ!」


 エメリーヌ・パラド。犬の群れを率いているのか? さすがは野犬の群れの王キング・オブ・ザ・ワイルドドッグス。というかそれ、二つ名というかただの事実では?



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