泣かないで弥一
たくみの顔くらい厚みのある扉は、気持ちが悪いほどに重たい音を立てて閉じられ、外から鍵がかけられた音がした。
宿舎の裏手にある蔵へと入れられ、真っ暗闇で何も見えやしないが、埃っぽくてかび臭い空間をぐるりと見渡した。
そこへ、どす、と音が聞こえて。たくみは音のほうへ振り返った。
「お前も災難だな」
暗がりに聞えてきたのは、弥一の声だった。
「気にしてないよ」
まだ頬が痛いが、気にしていたって仕方がない。だって、たくみは泥棒でも無いし、うそつきでも無いのだ。自分の名誉を守りきったのだから、そりゃもちろん多少の悔しさは残るが、弥一が一緒にいてくれるから落ち着いていられた。
「嘘つけよ、酷い言われようだったぞ? 俺なら斬り捨ててやる所だ。子供に向かって……俺ァ、泣けてくる」
鼻をすする音が響き、たくみは心配になる。
「泣かないで弥一、どこか痛い?」
「俺を心配してくれんのか……お前のほうが辛いはずなのに……うぅ、うううっ」
泣き声のほうへ、手探りで進んでいくと、弥一らしき塊が手に触れた。冷たいそれを撫ぜると、棒が手に引っかかった。これはきっと矢だろう。
「いたいのいたいの、とんでけ」
まじないを唱えると――
長浜駅のバス停に佇むおうみ坊主が、一瞬痛みにぶるんと震えた。そしてゆるゆると夜空を見上げ、それから琵琶湖のほうへ消えていった。
「おー、痛いの飛んでいったぜ、ありがとよ……うぐ、ううっ、」
まじないをかけても、弥一はしばらく嗚咽を漏らしていた。
弥一の嗚咽が静かになって、しばらくすると。今度は、
「んー……」
と低い声が聞え。おうみ坊主の声だと気が付いたたくみは辺りを見渡すが、おうみ坊主は元々黒色ですけすけなのだから、真っ暗闇で見えるはずも無い。
「おうみ坊主?」
たくみが問うと、また、
「んんー」
と返事があった。





