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スイカの星の進化論  作者: MUMU
The First Song in the Moon
75/83

【外伝】The First Song in the Moon 第一話



火花が散る。


二つのナイフがもつれあい、力の流れをそらしつつ打ち合わされる。

互いに大きく動いている。周囲は立方体の足場が三次元的に配置された空間。二人の剣士は腰を低くして飛び回りながら戦っている。重力を体幹でねじ伏せ、自らを壁や天井に反射させるように動き、そして立体的な軌道で相手の隙をうかがう。

雷撃のような刺突、秒間三撃という曲撃、相手は半分ほどをナイフで受け、残りは後方に跳んで回避している。


高速で繰り返される位取りの中、一瞬相手の首筋が見えた、その瞬間に脚のバネを解放し、一気に攻め込む。

相手がその気配に反応して踵を軸に回転、ナイフが照明を受けて光るのが目に入り、わずかに体を傾けてその予測軌道から逃れつつ、一撃を。二つの影がもつれあって。


「そこまでなー」


声が飛び、二人の剣士が動きを止める。己のナイフは相手の胴に吸い込まれる角度で入っているが、相手とすれ違う形になったことで、相手のナイフが己の膝裏をかすめている。塗料の塗られた模擬戦用のナイフが、膝裏に白い線を残していた。


「勝者、シュガーなのな」

「う……」


判定負け、と自覚する。

胴をかすめたのでは致命傷に至らないが、膝裏を切られれば戦闘能力をほぼ失う。実戦なら戦闘不能に陥るだろう。滅多にありえないクリティカルな攻撃と見なされたわけだ。


模擬戦の審判、石臼のような巨体のドラム軍司令が発言する。


「ファミー伍長、なぜ最後に身をかわしながら攻撃したのなー」

「それは、相手のナイフがカウンターになることを警戒しましたにゃ」


回りで立ち会っていた猫たちはうなずきあっていたが、ドラム軍司令はかぶりをふる。


「シュガー伍長の体勢は十分ではなかったのな、互いに打ち合えば間違いなくファミー伍長のナイフのほうが深く入ったはずなー」

「ですが、それではこちらも致命傷を受けるおそれが」

「戦士は死ぬことなど恐れないのな、死中に活ありなのなー」


ファミーはぐっと拳を握る。今の判定にまったく不服がないわけではない、相手のナイフが膝裏に当たったのは贔屓目に見ても幸運の賜物だろう。

しかし結果として自分は負けた、それを覆すほど傲慢ではない。

ファミーはじっと目をつぶり、己の未熟を恥じるばかりであった。


「にゃー、でもどっちも凄かったにゃー」

「動きが全然見えなかったにゃー」


部下たちが決闘の緊張から解き放たれ、わいわいと声をあげ始める。

月面に作られた模擬戦のためのアスレチック施設。その窓からは黒い宇宙と、灰色の月面が見える。

まばらに星が見えるだけの永遠の夜空。ふとファミーの意識が窓に引き付けられ、遥か遠くまで来てしまった感慨が去来する。

まもなく月の速度は最大に高まり、すべての星は進行方向側に集束するように見えるという。そしてカラバの属する銀河を飛び出して外宇宙にこぎ出せば、もはや星も見えない闇の世界となるのだろうか。


地球という、見たこともない場所へ向かう長い長い旅。出立から10年、月で世代を重ねるまでになった猫たちの歴史を、疲労の中でわずかに思う。


「にゃー、ファミー伍長の足がセクシーだったにゃー、美しさなら勝ってるにゃー」

「いやそれは違うにゃ、シュガー伍長のほうが可憐で美人だにゃ、胸も大きいし」

「うにゃー!! 決闘だにゃー!!」

「にゃおらー!! 望むところにゃー!!」

「お前たちうるさいにゃ……」


猫たちは今日も騒々しく、活動的で他愛もない会話を繰り返す。


そして月は、加速してゆく。





「ファミー、気にすることないにゃあ、あれはまぐれだにゃあ」


シャワールームで隣の小部屋から声がかかる。水音に混ざって届くのは柔らかな声、天性のものと思われる伸びやかな声が壁や天井に残響を残す。

シュガーとはこの月の基地において、ファミーと兵長の座を争うライバルであった。おっとりとした穏やかな印象の猫で、カラバに残っていたなら詩吟猫(ミヌエット)にでもなっていたかと思われる美しい顔立ちをしていた。

その剣もまた柔らかなスタイル。対応型の剣士であり、無数の型を柔軟に使い分け、相手の攻撃をいなしつつカウンターを与えるような戦いを得意としていた。体力や反応速度ならばファミーが勝っている自信はあったが、模擬線での戦績はまったくの五分、ファミーですらまだ理解しきれない、不思議な強さを持つ猫だった。


「別に気にしてないにゃ、負けは負けってだけにゃ」


ロッカールームにて体を拭く。脇ではシュガーがドライヤーで髪を乾かしていた。それは銀の糸を束ねたような見事な銀髪であり、ふわふわと波打って腰まで靡いている。戦闘の際には小さくまとめているが、甘い匂いにも似た女性らしさが、髪をなびかせた時には一層高まるかに思えた。薄絹を纏うかのような独特の気配がある。

目鼻立ちもくっきりとしており、目元の艶たるや特筆すべきものがあった。長い付き合いのファミーですら、ふとした瞬間に彼女が剣士であることを忘れそうになる。


「相変わらず綺麗な髪してるにゃあ」

「んにゃあ、乾かすのが面倒くさいだけにゃあ」


ファミーは固めの布地でできたトレーニングパンツと短い袖のシャツを着て、長い髪を筒状に丸めて盆の窪に納める。


「ファミー、これからまたトレーニングにゃあ?」

「そうだにゃ、シュガーも付き合うにゃ?」

「私はやめとくにゃあ、訓練のノルマはこなしたし、今日はちょっと用事があるのにゃあ」


月の人口はさほど多くはない、伍長を務める雌性体の猫人(リカント)はこの二人だけだった。この日もファミーは一人でトレーニングルームに向かう。


月においては低重力による肉体の劣化を防ぐため、ハードなトレーニングが要求される。特に軍属の猫は日に六時間ものトレーニングが課せられていたが、現在ではその義務は半分ほど免除されていた。

それというのも人工重力の完成、すなわち、月に据え付けられた核融合エンジンによる加速が完成したためである。

莫大な量のイオンを噴出し、月の質量を食いつぶしつつ1Gで加速を続ける、これによって進行方向側に立つとき1Gの重力が発生することになる。

エンジンの建造はカラバを飛び立ってから営々と続けられ、0.1Gの加速に至るまで数年、ようやく1Gに到達したのはほんの1ヶ月前のことだ。この加速は光速に限りなく近づいた時点で終息すると言われ、それはおそらく数ヶ月先と見られていた。


10年に渡る加速の中で、最大加速に達した時期がほんの数ヶ月ではずいぶん無駄があるように思われるが、その特大の噴射ノズルが真価を発揮するのはむしろ減速時なのだという。減速を一年足らずで終わらせるためにあの巨大さが必要だったのだとか。

しかしファミーに言わせれば、他にやるべき事がなかったからではないか、という気もする。あの高さ200キロという噴射ノズルは、おおよそ真っ当な技術的帰結とは思えない。


加速を終えればその後に来たるのは長い長い慣性航行の時代、果たしてウラシマ効果によって主観的には一瞬なのか、それとも何十年も無重力の世界が続くのか、ファミーには予測もつかない。科学猫(サイバリアン)たちですら、物理の極限に迫る光速の世界は予想しきれないのだ。

ファミーはただ、備えるのみである。


「にゃー、そろそろタワー行くのにゃー」

「にゃっ、まだ2キロしか走ってないにゃ、今日は15キロ走る予定にゃ」


兵卒の猫たちがなにやら話している。二人ともランニングマシーンに乗り、息を切らしながらの会話である。


「にゃー、三時までに行かないと歌を聴きそびれるにゃー」

「そんじゃ時速40キロでやるにゃー、すぐ終わるにゃー」


(歌?)


「にゃー、80キロならさらに半分で終わるにゃー」

「それもそうだにゃー、頭いいにゃー」


そしてランニングマシーンがものすごい音を立てて動きだし、二人の猫が一瞬で壁まで吹っ飛んでいった。





「……歌ねえ」


そして気がつけば、月面を見下ろすタワーへと足が向いている。

それは外観としては高さ80メートルほどの細い円柱、その上に皿回しのように円盤状の構造物が乗ったタワーである。


月面には様々な施設が建造されているが、このタワーだけは珍しく、娯楽のみをその建造理由としていた。最上階には展望台とレストラン、そしてショットバーがあり、月面で唯一「食事」ができる場所である。

礼服を着た見目のいい猫が、うやうやしくテーブルの脇で礼をする。


「ご注文なんになさいますにゃ」

「スイカジュースを」


広いレストランには30近くのテーブルが並び、片隅にはピアノもある。ウェイターやピアノ弾きは月で10人もいない詩吟猫(ミヌエット)である。


「にゃー、ステーキうまいにゃー」

「こころして食べるにゃ、月給半分飛んでくにゃー」


月において猫たちの六割ほどは軍属であり、残りが民間人となっている。様々な建物を建設するもの、より効率の良い加速のためにエンジンを研究する猫などが大半で、商店を営んだり、芸能を生業にする猫も少数ながら存在した。

その給金は各自のIDに紐付けされて管理されており、自由に使える額は多くはない。自在に出せるホロ・スイカによって餓えることはなく、居室も割り当てられているため生活費というものは本来は必要ない。商店やレストランは猫たちの消費欲求を充足させるための存在と言えた。

月に存在する数少ない有機物は加工されて食材となり、高級食材としてごく少量だけ生産されていた。


ふいにレストランの照明が落ち、緩やかな音楽が流れ始める。紫の細い光があちこちに落ちて、ステージの方へと収束していく。


「にゃ、始まるにゃー」

「にゃー、最近入った新人ってあれかにゃー」

「……」


その人物の姿を見て、ファミーははっと目を見開く。

まさに目の覚めるような、彼女を中心として空気の色が変わっていくような美しさ。切れ長の眼がたおやかに動き、猫たちが息もできずにその所作を見つめる。


――ああ 別れたの いつの日か

――こぼれる赤いドルミー 砂漠に落ちて 憂いの風


歌姫の着るのは砂色の長いドレス。紫の混ざったライトの中で黄金のように映える。内股の歩みで客席をゆっくりと歩き、宙に浮いて先行するマイクに囁きかける。


――空に星はなく あなたはいない 時の流れもない

――さらさらと砂の波 長い夜に沈む 石が歌うの


猫たちはしわぶき一つ立てず、息を呑んで硬直、または飴のように弛緩して歌声に身を委ねる。


――もう二度と会えない さよならも言えない

――石のような無限 猫たちの宴


――叫ぶの 空を焦がすかがり火 ドルミーを頂戴


――もう一杯だけ 溺れたいの 

――言葉は失われ 何も思い出せない


――ああ 闇に埋まるの 夢も見ない 物語も消えて


――ああ 石が歌うの 優しい夜のために 終わらざる歌を



しん、と

猫たちの世界には存在しえないほどの深い沈黙。


そっと顔を上げ、歌い手が優しく微笑みを浮かべるとき、

猫たちはみな立ち上がって歓声を上げる。


「にゃー! 素晴らしいにゃー」

「結婚してくれにゃー!」

「愛してるにゃー」


そしてコインが転がる音がそこかしこで生まれる。テーブルに備わった端末で行える電子的なおひねりである。空中を飛び交う電子情報が歌い手や伴奏の猫の財布に飛び込んでいく。


「シュガー……」




ぽつねんと、ファミーはそれだけを呟いた。



というわけで外伝を始めてみました。そんなに長くならないと思います。


それと先日、挿絵を頂いた絵師様がイメージイラストを寄せてくださいました。

可愛らしい仕草で良い絵ですね。特定のモデルはいないようですが、若き日のファミーとかをイメージさせますね。

挿絵(By みてみん)

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