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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第四章 螺旋の城と猫の街
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第二十九話




カーペットバスに揺られて街道を行く。


それは体長20メートルに達するひし形の平べったい生物であり、舗装された土の道をのそのそと進む。無数の繊毛せんもうによる歩行だと本で読んだが、驚くほど揺れが少ない。


バスの上には毛織物の絨毯が敷かれ、中央にはお茶と、賽の目に切られたスイカが器に盛られている。料金は一駅ごとに20ウォルメ。カラバマルクの都まで七駅あるので140ウォルメとなる。労働者の一日分の給金が100ウォルメぐらいなので、それなりに高額だ。その代わりお茶もスイカもお代わり自由なので、乗客の猫たちはたいていずっと食べている。

乗客は10人ほどで御者は一人。定員は36人なのでかなり余裕があった。

街道脇には立ち木が並び、スイカ畑やちょっとした林、小川などが現れては去っていく。遠くに見える雄大なシルエットはカラバ山脈だ。国の東側を扇状に取り巻いている。


「もし、あなた、カラバマルクの都まで行くのですかにゃ?」


乗客の一人に話しかけられる。その猫人(リカント)はつばの広い白の帽子、襟元に蛇腹状の装飾があり、ボタンは真珠製、胸元はスイカの花で飾られている。貴族風というより伊達男のような猫である。一瞬、僕と同じで手の先に体毛が無いのかと思ったが、肘まである白い手袋でそう見えただけだった。


ちなみにであるが、僕は頭を包み込む黒のハンチング帽をかぶっていた。日差しが心配なこともあるが、頭の耳がないことを隠すためでもある。村ではそのことを気にする猫はいなかったが、やはり、注目されたくはないのだ。


「ええ、そうです、学問所で学びたくて」

「それはそれは、いい心がけですにゃ。学問が国民の義務になったとはいえ、地方の村では徹底されてないのが現状ですからにゃあ」


何やら語りたがっているような、遠回しな口振りである。その猫は自分の荷物から瓶入りのスイカ酒(ドルミー)を出して少しだけ口にする。


「しかし今は大変な時期ですからにゃ。学問がおろそかにならないか少し心配ですにゃ」

「? 大変な時期、ですか?」

「おや、ご存じないですにゃ? まあ無理もないですにゃ、都でも五日前に出された御触れですからにゃ」

「うにゃー? なんの話にゃー」

「聞かせるにゃー」

「うう、バスに酔ったにゃ……」


噂話が好きな乗客たちが集まってきて、その白い帽子の猫人(リカント)はやおら立ち上がる。


「まあまあ皆さん、まずは上等のスイカ酒(ドルミー)をいかがですにゃ。芯果(マキュル)だけを使って熟練の職人が仕込んだ逸品ですにゃ」


ラベルを手で隠しつつ、客がお茶を飲んでいた器に注いでまわる。取り出す一瞬だけラベルが見えたが、僕でも知ってるぐらいのありふれた量産品である。別に指摘はしなかったが。


「申し遅れましたにゃ。わたくしカラバマルクの都にて、辻々にて琴をつまびき、ささやかな愛の歌をささやく詩吟猫(ミヌエット)、ネオン・ルートーンと申しますにゃ。どうぞルートーンとお呼びくださいにゃ。由緒正しき祖先の名ですにゃ」


詩吟猫(ミヌエット)とは歌や劇を披露することを専門とする猫だ。村にも旅芸人が来たことは何度かあるので存在は知っていた。

しかしルートーンと名乗る猫は、そのような田舎回りの芸人とは違い、なんだか都会的で洗練された印象がある。服の仕立てもそうだし、物腰の一つ一つに優雅さがある。


「さて皆さん、ご存じですかにゃ。今年は猫たちの国、カラバ王国の建国99年ですにゃ。来年は建国100年祭が華々しく行われますにゃ」

「知ってるにゃー、お祭りなのにゃー」

「うちの酒蔵も山ほど仕込みに入ってるにゃー」

「そうですにゃ。しかしカラバは現在、大陸の西の果て、岩の王と戦争しておりますにゃ。それというのも国教である「真円(サークルズ)」が、岩の王との戦争を強硬に進めているからですにゃ」

「そんなのみんな知ってるにゃー」

「スイカ教のことにゃー」


真円(サークルズ)といえばスイカを崇める宗教だ。村には熱心な信徒はいなかったけど、カラバマルクのような大都市では強い勢力を持っていると聞く。


「しかし十年に渡る戦争、数えきれぬ遠征に、猫たちも、岩の王も疲れきっているのも事実。戦争への反対を訴える「博愛教」や「鉄錆てつさびの館」などが勢力を伸ばしておりますにゃ」

「にゃー、酒蔵ならみんな「赤の器」を信じてるにゃー」

「そのような限定的な信仰を含め、今や王都カラバマルクは百家争鳴、さまざまな宗教が林立しておりますにゃ」


そこでルートーンは紙を取り出す。それは上質な紙に金泥を混ぜたインクで文字が刻まれ、王の勅令を意味する蝋印の捺された立派な文書だ。


「そこで! このたび王都カラバマルクにて、次なる50年の国教を決めるべく、全国民参加の上での選挙戦が行われるのですにゃ。これぞ空前絶後にして前代未聞。大宗教選挙なのですにゃ!」

「うにゃー!? 選挙で決めるのにゃ!?」

「でも「赤の器」を捨てちゃったらスイカ酒(ドルミー)が腐るにゃー」

「うう……酒にも酔ったにゃ……」

「いえいえ、個人の信仰の自由を奪うものではありませんにゃ。これはあくまで国教、国王であるドラム四世(・・・・・)陛下が参考とするべき考え方を何とするか、という戦いなのですにゃ。なので、個人が信じる宗教と違うものに投票しても良いのですにゃ」


ルートーンはそこで言葉を切って、全員を眺め渡してから言う。


「今やカラバマルクではあらゆる場所にて論戦が行われ、それぞれの宗派の指導者たちが公開討論にのぞんでいるのですにゃ。それらはすぐに壁新聞となり、カラバ国内のすべての村に公共新聞が配られることになりますにゃ。つきましては」


ルートーンは楽器を取り出す。木製の胴に五本の弦。まず胴をぽんぽんと叩き、その美しく研がれた爪で弦をかき鳴らす。その音はすぐに絨毯の上を満たし、柔らかな布に包まれるような、宝石の雨が降り注ぐような忘我の感覚がある。猫たちはあんぐりと口を開けるか、とろけるように弛緩する。


「この私の立ち上げましたる新しい教え、「音楽と美麗」にぜひとも清き一票をよろしくお願いいたしますにゃ」


なるほど、だから彼は王の蝋印が押された勅書を持っていたわけか。あれはニュースを告げる紙ではなく、その選挙戦とやらに参加する者に配られる文書だったわけだ。


しかし見事な演奏なことは間違いなかった。乗客たちはすっかり魅了され、落とした餅のように平べったくなる。


これによってバスの御者は駅を素通りし、降りるはずだった客がそのことに気づくのは、およそ一時間後のことだった。





王都カラバマルクを見て、あるものはこの世の楽園といい、あるものは世界で最も騒がしい場所という。

街道筋に家が増えていき、ある時を境に土の道は石畳に、街路樹に街灯が混ざるようになればそこはすでに喧騒の中。


大きすぎるカーペットバスは街の端にて止まり、僕は御者に銀貨を払って降りる。

少し街に踏み込んだだけで、肩がぶつかりそうになるほどの猫の海だ。


街を埋めるのは行商の猫たち、学生とおぼしき若い小人(マンチカン)、どこへ向かうのか着飾った美女たち、軽鎧と手槍を持つのは街の衛兵だろうか。

他にも何の目的でどこへ行くのか、様々な服装の男女が、または性差のない小人(マンチカン)たちが街に溢れている。


「さすがは王都カラバマルク……。人口は60万人だったかな、市民税を払ってないスラムの住人とか、短期滞在者を含めると70万に迫るとか聞くけど……」


何となく頭のハンチング帽を押さえながら周囲を見渡す。村では見たことのない三階建ての建物や、石を組まれて作られた立派な鐘楼。前面が巨大なガラス張りになってる商店に、黄色だけではない色とりどりの花を売る花屋。都会には白や紫の花もあると聞いてたけど本当だったのか。

単に猫人(リカント)が多いというだけでなく、その人波は流動性を持っていた。この時は気づかなかったが、考えてみればカーペットバスの停留所は街の要所に違いない。そこはカーペットバス以外にも荷を満載した牛車ぎっしゃや、近くの村からスイカを届けにきた農夫などが集まる場所なのだ。物珍しく立ち止まって眺めている僕などは一番邪魔になる存在だろう。


やがて地図を片手に歩きだし、そして下宿先に着くと、出迎えてくれたのは人の良さそうな小柄な女性だった。案内されたのは二階の小部屋、大通りが見渡せる眺めの良い部屋だ。


部屋に荷物を置いて、明日のことを考える。まずは学問所に行って修学の許可を得なければならない。一年の学費は国から支給されるが、生活費は別途働いて稼ぐ必要があるので、母さんの持たせてくれたお金が尽きる前に仕事を探さねばならない。

それとは別に本屋というものを見てみたいし、都会にしかない料理や飲み物も味わっておきたい。そして何より、かの名高き螺旋の城を見るべきだろう。多くのところへ行き、多くのものを食べろというのは母の教えでもあり、猫としての大事な価値観なのだから。


窓の外から声が聞こえる。

それは演説の声だった、どこかの宗派が演説を行っているのだろうか。


「選挙戦かあ」


しくも選挙戦の期間は一年間、僕の修学の予定も一年。

奇妙な一致だが、そのせいだろうか。



この一年間、平穏に過ごせるような気がしないのは。



昨日、更新できなかったので本日は二話更新となります


この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、宗教、猫の品種などとは一切関係ありません。

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