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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第四章 螺旋の城と猫の街
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第三十話




学問所というのはカラバマルクにいくつかあり、公費で運営されている。村の役場で貰った書類を見せると、すぐに教室に案内された。


そこには床に座って使う文机ふづくえが4つほど置いてあったが、小人マンチカンは20人ほどもいた。何人かは背筋を伸ばして席についているが、他の猫は寝転んだり壁に寄りかかったり、他の猫の髪をいじってシラミを取ったりしている。やがて教師らしき猫が入ってきてもそのままだった。


「みにゃさん、これから一年、ここで様々な学問を学んでいただきますにゃ。授業は毎日たくさんあるから好きなのを選ぶにゃ。最後にスタンプを貰うことだけ忘れないようにするにゃ」


支給されたものは四つ。ノートと鉛筆と鉛筆削り用のナイフ、そしてスタンプ帳である。ここに一定数のスタンプを貯めると卒業となる。授業はヒトコマあたり1、2時間、午前と午後でフタコマまで受講できる。授業によっては最後に試験があったりするとか。


初日の午前中はこんなラインナップである。


「スイカ料理」「王都カラバマルク」「交通ルール」「足し算」「瓦屋根について」


この中から1つを選ぶ。授業は専門の講師が勤めることもあるが、その道の専門家が招かれて教鞭を執ることもあるらしい。

午後はこうである。


「牛肉の煮込み料理」「ロープの結び方」「カラバ王国の地理」「一枚の布で作る帽子」「童話」


なんというか。


「ゆるい……」


一日を終え、僕はぽつねんと呟く。

なんだか想像していたものと違った。授業では半分ぐらいの小人(マンチカン)は寝てるし、おしゃべりしてるし、というか教室の後ろにスイカジュースとか置いてあってみんな自由に飲んでるし。

本で読んだような高度な知識は大学で教わるもののようだ。とはいえ瓦屋根についての授業はなかなか面白かった、帰ったら帽子も作ってみよう。


「んにゃ、そこの君」


と、教師の猫人リカントから呼び止められる。銀縁の眼鏡がいかめしい人物だった。


「君、新入生のダイス君にゃ?」

「はい、そうです」

「村からの手紙で事情は聞いてるにゃ、独り暮らしになるから仕事が欲しいとか」

「そうです、午後の授業が終わったら探しに行こうと思ってて」

「君、読み書きはできるにゃ?」

「一応、母から習いました」


講師の猫人(リカント)は眼鏡をきらりと光らせ、僕の肩をぽんと叩く。


「ちょうど良かったにゃあ、それなら写本の仕事ができるにゃ、ホームジー先生のところへ行くにゃ」


ホームジー先生というのは学問所の書庫にいた。左右の本棚にぎっしりと本が詰め込まれ、その奥に小さなテーブルが一つ。放課後に書庫を利用する猫はほとんどいないらしく、書庫は埃の匂いだけが漂っている。


「仕事ならいくらでもあるぞにゃ、手伝ってくれるなら歓迎するぞにゃ」


もがもがと声がくぐもっている。ホームジー先生はかなり高齢の猫人(リカント)であり、顔全体に皺が寄っていた。細い髭がもっさりと顔の下半分を包んでおり、髪の毛も真っ白に染まっている。頭の耳はぺたんと垂れ下がって頭に張り付いていた。猫の寿命は30年ぐらいだが、ホームジー先生は50年近く生きてるという。


「どれでも好きな本を選んで、そこに積んである紙に書き写すぞにゃ。製本の仕方は追って教えるぞにゃ」

「すごい量ですね、先生はこの本をすべて読んだんですか?」

「うむ、本は良いぞにゃ。この世にいない猫の言葉を聞けるぞにゃ」


ホームジー先生は典型的な学者猫(エイジアン)である。

猫は小人(マンチカン)になってレベルが上がってくると、戦士タイプと知力タイプに分かれる。知力タイプは猫人(リカント)になるとさらに細分化し、その中で知識の収集に特化し、一般的な猫が苦手とする読書を好む猫が学者猫(エイジアン)である。他には手先が器用で、もの作りを好む猫は科学猫(サイバリアン)、音楽や芸術を好むのが詩吟猫(ミヌエット)、など多岐にわたる。知力タイプのうち7割ほどが科学猫サイバリアンになると言われ、それ以外のタイプは少数派だった。


学者猫(エイジアン)というのはかなり珍しい存在である。そして本を好むこの僕は、もしかして成長したら学者猫(エイジアン)になるのではないか、とは昔から思っていた。


ともあれ王都に来てから二日目にして、僕は住居と学籍と仕事、そして王都にて一番やりたかった読書によくする機会を手に入れたわけだ。





翌日。


「先生、終わりました、製本について教えて下さい」

「にゃっ。もう終わったぞにゃ? じゃあ製本するからよく見てるにゃ」


その翌日。


「先生、紙が尽きました。どこに発注したらいいですか?」

「早いぞにゃ。紙き屋に手紙を書くから待つぞにゃ」


そのさらに翌日。


「先生、本屋に写本を渡してきました。ついでにローズ通りの本屋からも契約取ってきました」

「おまえ三日で営業までやるんじゃないぞにゃ」


写本が僕に向いていたかどうかは分からないが、少なくとも一般的な猫よりは早く仕事ができたように思う。写本は地道な作業であり、根本的に猫の性格に適していない。本を好む学者猫エイジアンであっても一時間も集中が持続しないのだ。

しかし僕は放課後の書庫で、下宿で、あるいは授業が始まる前の教室で、もくもくと作業することができた。本は100ページほどの中型本が主で、すべて書き写して5時間ぐらいだろうか。頑張れば一日に三冊は行ける。


料理の本、物語の本、技術についての本。猫たちはあまり読書をしないが、それでも数少ない愛好家たちの間で本はやりとりされ、本好きが集まる飲み屋だとか、売れっ子作家とかの概念は細々と存在していた。


「ダイス、今日は付き合うにゃあ」


午後の授業が終わり、ぽんと背中を叩いてくる小人マンチカンがいた。


「今日も写本の仕事があるんだけど……」

「それより大事なことにゃ。今日は広場で公開討論があるのにゃー」

「ああ、例の選挙戦とかいう……」


それは猫たちにとってもかなりの関心事のようだった。教室のあちこちで数人の猫が集まり、どちらが勝つかと議論らしきことをしている。みんなそんなに信仰に熱心だとは知らなかった。


「今日はなんと「真円サークルズ」と「水鏡みかがみ」というカードなのにゃ。絶対見逃せないにゃー」

「カード……?」


よく見れば、猫たちは宗教論を戦わせているのではなかった。どちらが勝つかで賭けをしているのだ。


真円サークルズは連戦戦勝にゃ。20ウォルメいっとくにゃー」

「いやいや水鏡みかがみの代表もくせ者らしいにゃ。同じく20ウォルメで受けて立つにゃ」

「にゃー、お金ないからスイカの種みっつ賭けるにゃー」


ともあれ、僕も観戦に付き合うことにした。やはり国全体を巻き込むイベントであるし、世事から離れて写本だけして過ごす、というのは若者らしくないだろう。もう10歳だから猫としては若くないけど。


その広場とは学問所からほど近く。噴水を中心とした円形の広場である。すでに木製の舞台が2つ組まれ、観客らしき小人マンチカン猫人リカントが詰めかけている。

案の定というべきか食べ物を売る屋台も出ており、広場の隅では堂々と賭けも行われていた。


「賭けの対象になってるみたいだけど、勝敗とかあるの?」

「うにゃー。観客から10人ぐらい選んで札を渡されるのにゃ。多く札の上がったほうが勝ちにゃー」


クラスメートの猫はそのように言い。なるべく前に行こうと人垣に突っ込もうとしては弾かれていた。僕は建物の壁に足をかけて姿勢を高くする。


やがて、2つの舞台にそれぞれ登壇する人物がいた。一人は青い長裾の衣に、大玉のラピスラズリの首飾りを下げた猫。もう一人は緑の衣に黒の長布ストールを首からかけている。なるほど、緑の衣に黒のストールでスイカをイメージしているのだなと察する。ということはあっちが真円サークルズ、いわゆるスイカ教の代表か。


噴水の上にぴょんと飛び上がる猫がいる。それがどうやら司会進行役らしく、こほんと咳払いをしてから、腹の底から響くような声量で声を放つ。


「えー、みなさん、ようこそお越しくださいましたにゃ。これより執り行われますのはかの大宗教選挙。その一環として行われます公開討論会ですにゃ。これより双方の代表が議論を戦わせますにゃ。その結果をお客様の代表が判定していただきますが、べつに負けたほうが選挙戦で脱落となるわけでもないですにゃ。優劣をつけるのはあくまで分かりやすくするため。どうぞ最後までご覧いただき、来たるべき投票のための参考にしていただきたいですにゃ」


そこで理解する。これは公的に運営されている選挙戦ではあるが、その実、カラバマルクの人々に提供された娯楽でもあるのだ。広場の外周には衛兵らしき猫もいるが、賭場を開いている猫を取り締まっていない。あれは半ば公認の賭けなのだろう。


「ではご紹介いたしますにゃ。赤こーにゃー。自然哲学団体「水鏡みかがみ」代表。コーエン・ダレス氏。本日はいかなる戦いを見せてくれるか楽しみですにゃ」


わーわー、と熱狂の拍手が飛んでいる。これから格闘でも始まりそうな雰囲気である。


「そして青こーにゃー、言わずと知れた「真円サークルズ」大司教」


その猫の不敵な笑みが、なぜか強く印象に残る。




「マグヌス・ティル氏ですにゃー」



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