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第1話 『定番シーン』と書いて『ある夜の情景』と読みます。

「キャー!! エッチ!!」

 あなたがお風呂に入ろうと戸を開けたら、予期せぬ先客にこう叫ばれたとする。

 あなたなら、どんな"先客"を想像するだろうか?

 小学生の分際で、白昼から風呂に入って自分磨きに余念がないおさげの女の子を想像したあなたは、ロリコンだ。

 自分勝手に押しかけてきたくせに、いざとなると途端に身持ちが固くなる幼馴染の女の子を想像したあなたは、オタクだ。"幼馴染"の部分が“虎模様のビキニを装着した電撃宇宙人”や"深淵からの侵略者"になったあなたは、訓練されたオタクだ。

 だが残念ながら、俺が直面しているこの場面では、どれも不正解なんだ――

「――っていつまで凝視してんのっ! ドラゴンの裸見て、何が楽しいんだっ!!」

 正解は、ドラゴンでした。

 そして、そのドラゴンにグーパンくらって脱衣場から叩き出された俺は、高城淳平たかしろ じゅんぺい。大学2年生。

 叩き出されて伸びているその俺をコタツから冷ややかに見つめる、2対の眼。

「まったく、飼い主殿も懲りないのぉ」

 といいながらみかんを一房、口もといあぎとに放り込んだのは、アマネ。黒毛も凛々しいドラゴンの女の子だ。

「お兄ちゃんはどーしても、リオちゃんと一緒にお風呂に入りたいんだね、エッチだね」

 しししっ、と牙をむき出して笑い、アマネと同じくミカンをぱくついているのは、珍しい三毛ドラゴンの女の子、スミ。

 俺は起き上がると前を隠しながら、彼女たちに向かって不満を述べた。

「リオが入ってるって言ってくれよ!」

 えー、と声を揃えて心外そうなドラゴン2体。

「どうしてわからんのだ? 風呂から気配くらいするじゃろうに」とアマネ。

「教えたら、お兄ちゃんが見たいもんが見られないじゃん」とスミ。

「別に見たくねぇよ!」

 いや、本当にわからないんだ。ドラゴンは服を着ない。だから脱衣籠には当然服も下着もない。風呂の電気は点いていましたよ、ええ。でもあいつらよく消し忘れるんで、考え事しながら戸を開けちゃうと、どうしても知覚がおろそかになるんだよ。

 あなたはいま、想像しているだろう。ドラゴンというけったいな名前と裏腹に、人間そっくりの肢体に爬虫類のしっぽが生えてるだけなんだろ?とか。あるいは、普段は見目麗しいオニャノコで、いざというときにだけドラゴンフォームにメタモルフォーゼする生物なんだろ?とか。

 違う。

 ワニによく形容される、前に突き出た咢と、その中に並ぶ鋭い歯。ちなみに歯は擦り潰す機能も備えていて、ワニのように食べ物を丸飲みはしない。釣り上った眼。瞳の色は個体によって違うが、おおむね橙色だ。耳は天に向かって鋭く尖り、その下に続く首は太い。

 身長は一番若く低いスミでさえ183センチ。樽のように真ん丸な胴体に、丸太のような、しかし格闘や打撃もお手の物の腕と脚。その先に付いているのは、これでも女の子ですかと目を疑いたくなるほどのごつい指に、出し入れ自在の尖った爪。俺の太ももくらいはある太さの尻尾。そして背中には、1対の翼。これも個体差があり、大きい翼を持つものはその翼下に羽撃結界の大きなものが張れるため速度に優れ、小さいものは翼を自在に曲げての機動性に勝る。

 そしてなによりドラゴンを特徴づけているのが、体毛だ。色も白、黒、茶など様々で、長さも様々。アマネのように固く直線的な黒い短毛(彼女は左右の背に白い筋のような毛が走っている)の者もいれば、スミのようにふわふわした体毛の者もいる。そして――

「あ、出てきた」

 スミの声に視線を脱衣所に向けると、真っ赤な長毛のドラゴンが、怒りに燃える目で俺をにらんでいた。リオだ。

「ちょっとあんた、いったい何回目よ? いい加減学習しなさいよ! わたしたちドラゴンは、入浴を見られるの大っ嫌いだって言ってるでしょ!!」

 そう、ドラゴンは入浴しているところを見られるのを嫌う。プールもダメ、雨に濡れるのを極度に嫌う、などからわかるように、体毛が濡れて体のラインが出るところを夫婦でもない他人に見られるのが、性的に嫌なのだそうな。現にリオは、ドライヤーで体毛をしっかり乾かしてからのご登場だった。

 ごめんな、と謝って服を着て、俺は殴られたあたりをさすりながらキッチンに退却。流し台に置いたコンビニの袋を持って再びリビングに戻ると、目ざといスミが声を上げた。

「あ! お兄ちゃん、また何かもらえたの?」

 早く見せて、早く見せて。スミのはしゃぎっぷりに引きずられて、アマネもリオもこちらを注視する。3体のドラゴンににらまれるさまは、彼女らを養育し始めた時はびくびくものの光景だったが、さすがに9ヶ月も経つと慣れた。彼女たちが入っているコタツの一辺に俺も座ると、袋の中身を出す。

「おお! ハンバーグ弁当じゃあなぁんか!」

 とアマネのトーンも1オクターブ上がった。橙色の瞳が興奮で輝いている。

「お肉の弁当なんて、久しぶりだね!」

 リオはすっかり機嫌を直したようだ。スミは興奮のあまり、無言で涎を垂らしている。

「ちょっと待ってな、温めてくるから」

 そう断って、俺は弁当3つをキッチンへ運び、1つずつ電子レンジで暖めてやった。

「いただきます!」

 律儀に手を合わせたのちハンバーグ弁当を貪るドラゴンたちを横目に、俺はキッチンで自分用に買ってきた弁当をほおばる。コタツは人間サイズの普通のものなため、中は彼女たちの足と尻尾でぎゅうぎゅう詰め。そのせいで、ときどき彼女たちの間で起こるケンカに巻き込まれないための自衛策でもある。

 ちなみに彼女たちの弁当は、『何かもらえたの?』というスミの言葉でわかるとおり、コンビニで廃棄処理されたものだ。“3体のドラゴンを養育させられているやつ”として俺はそれなりに面が割れてて、行きつけのコンビニに行くたびに店長がくれるのだ。さすがに人間が食べて食当たりを起こしては困るのでドラゴンの食べる分を、なのだが、金のない俺にはありがたい。

 彼女たちはよく食べる。大学のサークル仲間が養育しているドラゴンはさほどでもないようだから個体差なのだろうが、養っている俺にしてみれば『個体差ならしようがない』で済む話ではない。

 国から支給される養育費は一律。よく食うからといって増額はしてくれないし、その仲間だってドラゴンの養育にかかる諸費用を親からの仕送りだけですべて賄えているわけじゃない。

 ……そろそろ、疑問が出始めることだろう。なぜこの部屋にドラゴンがいるのか。

 なぜ"俺"がドラゴンを"養育している"のか。

 "国から支給される養育費"って、なんぞ。と――

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