第2話 『長い独り言』と書いて『背景の説明』と読みます。
1.
1914年6月。ボスコニアの首都サラボエで、デュプラ帝国の皇太子が暗殺されたのをきっかけとして欧州諸国の国家総動員令が連鎖発動し、大戦争が勃発した。当初、クリスマスまでには片がつくと思い込んでいた諸国民は、それが単なる希望的観測に過ぎないと悟った。クリスマスどころか、翌年のハロウィーンが過ぎても一向に戦火は衰えなかったのだ。遠く地球の裏側までも巻き込んだ泥沼の世界大戦は、いつ果てるともしれないかに見えた。
だが、大戦争2年目の冬、突如として状況が一変する。外宇宙からの侵略者(現在は否定的な見解が主流である)がやってきたのだ。自ら『調停者』と名乗るヒューマノイド型の外見を持った彼らは、その名乗りとは裏腹に大戦争の一方の勢力である同盟諸国側に付くと、その当時の科学力から見て明らかなオーバーテクノロジー(いや、一部はいまだにだが)をもって、他方の連合国を攻撃し始めた。
劣勢に立たされた連合国側を、これまた意外な者たちが救った。火山の噴火口から、深海から、当時はまだ広大だったジャングルから。彼らは突如として現れ、『調停者』と同盟諸国軍の攻撃から連合国を守り、反撃に転じさせることに成功したのだ。
彼らは、自らをこの星の土着守護者であると説明した。そしてその外見から、人々が『ドラゴン』と呼ぶのを寛大にも許した。
のちの世に『第一次世界大戦』と呼ばれることになる大戦争は、1918年にドラゴンと連合国の勝利に終わった。『調停者』は戦死するか捕らえられ、同盟諸国は人類に対する裏切り者とされて莫大な戦争賠償金を科されることとなった。ドラゴンはそれを諌めたが、戦勝国の人々は恩知らずにもそれを丁重に無視した。
ドラゴンたちの主だったもので構成された組織・クァンロンは、戦勝国に、あることを求めた。自分たちの子を、人類が一緒に育ててほしいと言うのだ。聞けば、この星の上で起こった産業革命に伴う土地の大規模な開発によって、ドラゴンたちが隠れて生活可能な領域は減る一方。そこで、いっそのこと人類と共存して種を存続させるべく、『調停者』がやってきたのを奇貨とし表に出てきたのだという。
強力な軍事力となるドラゴンを自国で育て使役することに国家が否であるはずもなく、要請は受け入れられた。ドラゴンの飼育環境がかつての連合国で次第に整っていく中で、旧同盟諸国はドラゴンの飼育を禁じられたままであった。ことに、旧同盟の主力国であったドイッシュは多額の賠償金に喘ぎ、ハイパーインフレが発生して経済が崩壊。政情不安も連鎖した。クァンロンは憂慮したが、旧連合国は楽観的であった。いまや軍の主力となったドラゴンを備えた自分たちに、ドイッシュが逆らえるはずがない。そう、思い込んでいたのだ。
だが、あえて言うなら連合国が引き起こしたドイッシュの激動は、ドイッシュ国民の深い怨嗟と、化け物のような指導者を生み出しただけであった。彼は天才的な演説と扇動で大衆を引き付け操ると、民主的な選挙での勝利と非民主的な私兵による暴力を積み重ねて、わずかな期間でドイッシュの大統領にまで上り詰めた。首相を兼務し総統を名乗った彼は、彼のイデオロギーとは不倶戴天の敵のはずのソレンポー人民共和国と秘密軍事協定を締結。ソレンポー自身が極秘入手していたドラゴンを、これまた極秘に彼の寒い国から手に入れた。
1935年。総統は再軍備を宣言。当時の旧連合国首脳が融和派で占められていたのを幸いに急速に軍備を拡大したドイッシュは、1939年、ついに隣国にドラゴンを先頭にして侵攻を開始し、『第二次世界大戦』が勃発した。これも地球の裏側まで波及した大戦争の末、終結したのは6年後の1945年。ドイッシュと、その同盟国であった日本国の降伏によってであった。
戦後、またしても行われた連合国による敗戦国の非ドラゴン化は、3年を待たずして覆る。大戦時は協調していたベスプッチ合衆国とソレンポーは仲違いし、米ソは互いの同盟国を増やして世界のイニシアチブを握るべく、ドラゴンがフレアーを吐かない戦争、いわゆる『冷戦』へと突入した。その流れにより、ドイッシュと日本国も再軍備がなされ、米国側の重要な同盟国として復興を遂げていった。
ことに日本国は、その宗教的な偏見のなさ(クライスト教圏にはドラゴン=邪悪な存在という価値観が根強く、ドラゴンを飼育することに対する抵抗活動が今もある)と職人的で緻密な作業を苦にしない国民性、もともと整っていた各種インフラなどが相まって、ドラゴンの養育国として世界で名を上げていく。輸出も好調だった。
その日本国に転機が訪れたのは1980年代中ごろ。世界を席巻したグローバリズムの波が我が国も洗った。日本国においてドラゴンの飼育と供給を独占してきた『ヒノモト ドラゴン ブリーダー協会』(略称HDB)もまた例外ではなく、時の濃墨政権から大幅な規制緩和による自由化を迫られることとなった。HDBは各種チャンネルを通じて抵抗したが、最終的にはクァンロンの仲介により政権と和解する。
転機となった要因はもう1つ。HDBの育てたドラゴンが押しなべて並程度の能力しか発揮しない状態が、1980年代から顕在化してきたのだ。
先に日本にはドラゴンに対する偏見がないと書いたが、前大戦時にドラゴンのフレアーで国土を焼かれた忌まわしい経験から、ドラゴンを"戦争と破壊の象徴"として忌避する風潮も戦後の日本国には少なからずあった。戦争の記憶が風化すると共に薄れていってはいるものの、財政的な足枷もあって、ドラゴンの配備数は限定されている。それがこの有様では国防に支障をきたす、との懸念は特に軍部に根強かった。輸出にも影響が出ていたことは言うまでもない。
こうして1990年。『新時代における戦龍の養育等に関する基本法』、通称『ドラゴン新法』ほか関連法が制定され、日本国ではクァンロンの斡旋により、HDB会員でなくともドラゴンを養育できることとなった。専門家=ブリーダーが少数のドラゴンを仕上げるのではなく、素人=オーナーが育てた大多数のドラゴンの中から優秀なものを選ぶ、という大転換であった。
……というのが、HDB発行『ドラゴン養育史』の一節だ。次はもっと身近な話題に移ろうと思う。
ドラゴンを養育できるのは、原則18歳以上の日本国籍を有する人である。希望者は居住する市区町村に各種申請書や証明書を持参して届出を行い、審査と面接ののち、クァンロンの日本支部から斡旋されたドラゴンの幼体が家に来る。彼らを成体になるまで養育すれば完了となり、報奨金が支給される。
18歳以上、ということは大学生や高卒無職でも届出可である。生活能力があるとはいえない彼らにドラゴンの養育を任せることについて、特にHDBからの抵抗はあった。だが、『では、勤め人なら必ず養育ができるのか』と返されればHDB側には返す言葉もない。この国の特徴は、ことに大学生や専門学校生に時間的余裕が存在する点である。足りないもの、すなわち養育費は国から出せばいい。この規制緩和は経済対策でもあったのだ。といっても、贅沢ができるどころか一月の経費にも満たない養育費しか出ないのだが。
俺がドラゴンの養育を思い立ったのは、子供のころの体験が原点だと思う。小学生のころ、隣に住んでいた大学生のにいちゃんが養育を申し込み、ドラゴンがやってきた。ドラゴンなんてテレビ番組か、隣の県にあった空軍の基地でのお祭りくらいでしか見たことがなかったから、友達と大騒ぎして迎えた覚えがある。
とても賢くて優しいドラゴンの男の子で、怪力で小学生を振り回さないように慎重に、でも楽しく遊んでくれた。近所の年寄は戦争の記憶が蘇ったのか遠巻きにひそひそ陰口をたたいていたが、3年後にこのドラゴンは見事に軍の試験をパスし、隣家から巣立っていった。
それ以来、街角でドラゴンを見かけることも珍しくはなくなり、戦争を経験した世代も他界していって、ドラゴンは世間に受け入れられていった。
時は流れて東京の大学に進学した俺が養育を申し込んだのは、一人暮らしにも目途がついた大学1年生の10月のこと。届出から審査して実際にドラゴンが来るまでに半年以上かかるとのことだったので、『大学2年の春から始めればいいや』と逆算したのだ。学業もバイトもそれなりにこなしていた俺は、ドラゴンを養育することをいささか軽く考えていた。仕送りは多くないが、なんとかなるだろう。養育費も出るんだし。
そう漠然と考えていた翌年2月。届いた通知に、俺は目を疑った。それに記載されていたドラゴンは、3体。この、8畳のリビング以外にキッチンとトイレ、狭い脱衣所付ユニットバスしかない俺の部屋で、身長1.8メートル以上あるドラゴンを3体養えって?!
異議申し立てはしたさ、もちろん。でも役所は『クァンロン日本支部が、高城君にならできるの一点張りなんですよ』と取り付く島もない。クァンロン日本支部の規定にも区の条例にも1人1体とは書いてない、と言われればどうにもならない。こうして4月、我が家にやってきたのが、アマネ、リオ、スミの3体だったというわけだ。
俺は10分ほどで弁当を食べ終わり、風呂に入った。彼女たちの巨体で減ってしまった湯を補充しながらの入浴。出ると、リオが俺のほうを見た。
「淳平。お願いがあるんだけど」
なんとなく予測がつきながらも、俺はお願いの中身を聞く。
「お肉が食べたいなあ」
リオが口にするより早く、スミが願いを告げてきた。否定しないところをみると、リオも同じらしい。
「いま、ハンバーグ食べてなかったか?」
俺の反論は、アマネによって再反論された。
「こうゆうのじゃのぉて、焼肉とか、ステーキとか、塊のお肉が食べたいんじゃけど」
確かに食べてないな、俺たち。一体いつからだろう。そう言われると食べたくなるが、ここは我慢だ。
「ごめん。いまのうちの経済状況では、せいぜいスーパーの特売で薄切り肉がやっとだな。バイト代が入ったら考えるよ」
俺の正直な返事は、スミには響かなかったようだ。もともと尖っている咢をさらに尖らせ、スミは拗ねた。
「ゲンゾウくん家は隔週で焼肉屋さんに行くんだって。おうちでも一杯お肉が出るって――」
「スミ、もうやめんさい。仕方がないじゃろ。ないもんはないんじゃけぇ」
アマネが、スミを止めた。年上のアマネからの制止に、スミはしぶしぶ従う。
ゲンゾウ……ああ、坂崎さんとこのドラゴンか。俺は腑に落ちる。坂崎さんは大学のクラスメイトだ。家はこの辺りじゃないから、ドラゴン幼体学校(日常生活的なことや勉強、基礎体力の向上などを学ぶ場所)で休み時間にでもドラゴン同士の積もる話に花が咲いたのか。
「だいたい、魚の何が不満なんだよ。普通にうまいし。たんぱく質にかわりはないじゃん」と魚で育った俺(福井出身)はダメを押す。
「さ、もう寝な。コタツ片付けて」
俺の言葉に3体は不満そう。コタツ大好きっ娘な彼女らをせきたててコタツを隅に片付けさせ、歯磨きしてくるよう号令をかける。とろとろと3体が洗面所に向かっている間に、布団を4つ引いた。といってもあの巨体が1つずつの布団に寝られるはずもない。3体で4枚の布団を使い、俺は彼女たちの頭の上、端っこで小さくなって寝るのがやっとだ。
HDB編集の『ドラゴン養育マニュアル』には、『ドラゴンと一緒の部屋に寝泊りしてはいけない』と書いてある。情が移るとなにかと困るからなのだが、そんなこと守れるわけないじゃないか、この間取りで。それでも最初の頃は律儀にマニュアルを守ってキッチンで寝ようとしたが、寝ぼけて水を飲みに来たリオに踏み潰されそうになったので、それからはリビング北側の壁が俺の添い寝相手である。
「おやすみ」
ドラゴンたちが掛け布団に包まったのを見届けて俺は部屋の電気を消し、養育日誌をつけるべくパソコンを起動した。
2.
目玉焼き職人の朝は早い。
朝5時。携帯のアラームで目を覚ますと、俺は傍に置いてあったジップパーカーを着て靴下を履いた。真冬なのに、ドラゴンたちの体温でリビングは比較的暖かい。そのかわり夏はまさにインフェルノ。3台フル稼動する扇風機の羽音と、それでも暑さでうなされる彼女らのため息やうなり声でうるさくて眠れやしない、そういう意味でも地獄だった。
キッチンで朝飯の支度をする。1升炊きの炊飯ジャーがその能力を遺憾なく発揮し真っ白い湯気を吹き上げている傍で、俺は味噌汁を大鍋一杯に作り、ついでフライパンで目玉焼きをひたすら焼く作業に取り掛かる。
たんぱく質を取らせるには肉類が一番なのだが、ドラゴンは水棲種族以外は魚を好まない。まあそんなわがままはうちでは言わせない。学校へ持たせる弁当は、先週特売で買い込んで焼きに焼いた塩じゃけだ。さすがに三食魚はかわいそうなので、朝くらいは別のものを出来立てで食べさせようと、目玉焼き作りに勤しんでいるというわけ。
パックを2つ使い切り、24個の目玉焼きが完成したところで、おりよくご飯も炊けた。さて、起こすか。
「おーい、朝だぞ。起きろ」
言うなり、カーテンを開け放つ。ついでに窓も全開バリバリ。
「ひぎぃっ」とどこでそんないかがわしい悲鳴を覚えたんだという声を上げたのは、リオ。
「ちょ、淳平! 窓開けないでよ寒い!」
いっちょまえに抗議するリオを、ほらメシメシと追い立てる。黒い体毛に寝癖の付いたアマネがむっくりと起き上がった。
「……ああ、飼い主殿。おはようございます」
「おはよう」
「そしておやすみなさい」
「寝んな!」
俺は掛け布団を引っぺがす。
「……飼い主殿は鬼畜だの。年頃の女の子の布団を剥いで」
「心配すんな。そんな気はアマネの毛先ほどもないから」
布団の上で丸まったまま涙目で訴えるアマネは、ちょっとかわいい。が、君はドラゴンで、俺はドラゴノイアじゃない。そういう性的嗜好の人間がある程度の人数いて(二次元限定ならさらに増えて)、ネット上で動画も流布していることは知ってる。知ってるだけで観たこともないし、観る気もない。
「ふぁぁ、お兄ちゃん、おあよー」とスミが起きてきた。そのまま俺に抱きついてくる。
スミの毛はふかふか。こうやって後ろから抱きつかれると、毛布にくるまれているように錯覚する。一瞬だけ。
「……スミ。苦しい」
ドラゴンの腕力は人間の比ではない。幼体でかつ5歳という比較的幼いスミであっても。ああ、5歳という数字にピクンと反応したあなたは、ペドフィリアだ。ドラゴンは人間の3倍の速さで歳を取る。スミは人間の15歳相当というわけだ。ちなみにリオは6歳、アマネは7歳。
「えへへ、ごめんねお兄ちゃん」
ウィンクしながら舌をぺろりと出して謝る三毛ドラゴン。ほんと、こいつらはどこでこういう言動を憶えてくるんだ? そのときキッチンからアマネの絶叫が聞こえた。
「リオぉぉ! あんた、いくつ目玉焼きほおばっとるんで!?」
「べふひいいふぇひょ、はやひもんはひ」
「いいわけあるか!」
アマネの再度の絶叫を聞いて、スミも慌てて俺から離れてキッチンへと突進していった。さて、布団でもたたむかな。キッチンの喧騒をBGMに俺は腰を上げた。
大学での昼休み。俺は学食に行くと、お目当ての人を探した。窓辺に座るその人を見つけたのはしばらくのち。近づくと、彼女は笑顔で迎えてくれた。
「遅かったね。先に食べてるよ」
彼女の名は、猿渡なつめ。俺と同じドラゴン養育サークルに所属する同学年のかわいい女の子で、俺が最近ちょっと気になってる人だ。ランチの乗ったトレーをテーブルに置くと、俺は猿渡さんの対面に座った。
しばらく世間話に興じながら昼飯をほおばったが、次第に話題はドラゴンのことに移る。そういえば、と彼女がやや茶の入った髪をかき上げながら言った。
「今朝のネットニュース、見た?」
俺が首を横に振ると、猿渡さんは話を続けた。ここ最近都内で、ドラゴンが失踪する事件が複数件起きているというニュースだったそうだ。いずれも養育者には失踪される心当たりがなく、該当地区を担当しているクァンロンの支所が行った調査によると、失踪されるような養育を養育者がしているわけでもないらしい。
「ホームシック、ってことはないよな?」
「それもありえない、って掲示板の書き込みにはあったよ。わたしもそう思う」
ドラゴンは産まれて数年間の稚体、成体への準備期間である幼体、大人として認識される成体と3段階で成長する。稚体から幼体へ変わるとき、ドラゴンは精神的に親離れをする。その後は親の庇護の元、この世界のことや食べ物の確保の仕方などを教えられて育つ。そして時が満ちると成体に変わり、巣立ちする。我々ヒトは、幼体時の世話の一時期を親ドラゴンの代わりにしているわけだ。
「……とすると、犯罪か」
しかも昨夜ので4件目だが、今回はドラゴンと一緒にいたと思われるブリーダーも行方不明になっているとのこと。
「うん。なんか血痕も発見されたって言ってたし。……大丈夫かな、うちのメグ。ちょっとトロいところあるし」
猿渡さんははしばみ色の瞳を不安そうに揺らしている。
「うちの奴らは、肉食わせてやるって言ったらほいほい付いていきそうだな」
と俺も応じたところで、名残惜しいが時間だ。
俺は立ち上がると猿渡さんに挨拶をしてバイトに向かった。
3.
バイトからの帰り道。もうそろそろ暗くなる道端で、俺は3体のドラゴンを見つけた。
「ぶちかわええのお」とアマネ。
「ああ、この見上げる潤んだ眼が、もう」とリオ。
みゃあ。
「きゃああああ子猫ちゃぁぁぁぁん!!」とスミ。
声のみ聞いている分には年頃の女の子たちの会話なんだが、残念ながら現実は残酷、YOU は SHOCK だ。夕闇迫る路地で、ダンボールに入れられた子猫を真ん中にしてしゃがみこんだ3体のドラゴンが眼を爛々と輝かせているさまは、誰がどの部位を食べるか相談しているようにしか見えない。
「うぉーい、帰るぞぉ」
声をかけた俺に気付いたアマネが、すっくと立ち上がった。何か言い出そうとするその咢の機先を制する。
「悪いな。これ以上食い扶持が必要な奴を、うちに入れる余裕はないんだ」
しょぼんとするアマネ。それに代わってリオがすっくと立ち上がり、俺を青い瞳でにらみつける。
「何よ! 淳平のケチ!」
何がケチだと俺は負けずに言い返す。つかそもそもうちのアパートはペットお断りだっつーの。ちなみにドラゴンはペット扱いではなく、確か判例があるはず。最近はドラゴンとの同居に建設当初から対応したマンションも大分増えたようだ。うちはそうじゃないから、大家さんの寛容な御心でこの生活が成り立っております、はい。
「バイト代入ったから買物して帰ろうぜ。今日は鶏鍋なんかどうだ?」
わーいとスミがこちらに寄ってきたのをモフモフしながら、俺はアマネとリオに追い討ちをかける。
「そうかそうか、その猫にお前たちの肉を分けてやるのか。優しいなぁ」
我ながらいやな物言いだが仕方がないんだと心の中で弁解していると、アマネとリオはしぶしぶながら子猫に別れを告げた。
改めて、ごめんなと謝った俺はふと視線を感じて振り向いた。すると痩せた男が1人、さっと角に隠れたのが見えた。しばらく凝視するが出てこない。
「おにぃちゃーん、早く! とりとりと~り~!」
何とはなしに引っかかるものを感じながら、俺はゆっくりとスミたちの後を追った。




