5 面会
春本は、来客があればその纏めをメモする癖がある。それだけでは無く、思い付いたこともメモして、次々に上に重ねていき、クリップで綴じておくことでも有名だった。
3月14日、ファンだと言う横山が、数日前の約束通り昼過ぎに訪ねて来た。
春本の部屋に通した後、小嶋は、たまたま遊びに来た丸山と、自ら秘書室と名付けた事務部屋で話し込んでいた。
突然ドアが開いて春本が入ってきた。
丸山がいることに気付づいて、一瞬ためらってドアのノブを持ったまま立ち止まった。
「あれ?先生、お茶のおかわりですか?インターホンで言って頂ければ、直ぐにお持ちしますのに」
「いや、もういいんだ」
「お客様は?」
「帰った。私が送り出した」
春本は、2~3秒丸山を見つめていたが、手にしていたいつものメモ用紙を、「残しておくほどのものではないから」と、小嶋と丸山の前で、メモを自らシュレッダーにかけた。
小嶋と丸山はお互い顔を見合わせた。
春本は原稿でもメモでも、クシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ入れる。
小嶋の日課である朝の掃除は、二つあるゴミ箱を空にすることから始まるのに、その春本自らシュレッダーにかけたのだ。
「Fの問題か…。扨、どうすればいいのか…」
春本の独り言には慣れている小嶋でさえ、思わず聞き返した。
「Fですか?アルファベットの?」
ハッと気が付いたように、春本は、
「いや、独り言だ。忘れてくれ」
今日の春本はどうかしていると、小嶋は丸山と顔を見合わせた。
春本は小嶋に、「コーヒーを持って来て欲しい」と言って、自室に引き揚げた。
コーヒーを持って行った小嶋は、首を傾げながら戻ってきた。
「なんか変?先生、机の前の椅子に座って壁に向かって考え事してた」
小嶋のパソコンで、丸山が自分のフリーメールをチェックしながら、振り向きもせず答えた。
「プロットでも考えているんじゃないの?」
「トリックやプロットを考えるときは、ソファに寝そべったままなのに…かと思うと歩き回り、また寝転ぶ…思いついたらテープに吹き込んで、それを私が書き起しして入力するの」
「いつもと違うことをしてみたかったんじゃないの?」
「先輩じゃあるまいし、でも、なんかFの問題と言っておられましたよね。なんだろう?」