第8話
東海道を伝って江戸へ向かう途中、お鈴がどうしても下田の温泉街に寄りたいと言うのでその通りにした。
大石進種昌、鳥海弥左衛門、それにお鈴の三人が下田の茶屋に入ってまんじゅうを食べていると、お鈴がふところから取り出した奇妙な絵札を茶机に並べ、なにやら儀式めいたことを始める。
「これはなんだ」
種昌が訊く。
「はい、南蛮渡来の占術、太漏斗歌留多にございます」
お鈴が言う。
「この道の先にある温泉宿に行くと吉と出ております」
「そんな占術、当たるのかよ」
弥左衛門が言う。
「実は下田に行きたいと自分が申しましたのも、太漏斗歌留多で吉が出たからでございます」
「まあ、お鈴の言う通りにしてみるか」
種昌が言う。
三人は茶屋を出て、お鈴にしたがって温泉宿「蜜柑屋」に入る。
「だれかと思えば、お鈴ちゃんじゃありませんか」
店の女将がお鈴を一目見て言う。
「お藤さんじゃありませんか。こんなところで会えるなんて」
女将とお鈴は抱擁して涙を流す。
二人はしばらく昔話に花を咲かしていたが、気を取り直すと女将は三人を部屋に案内する。
「知り合いなのか」
女将が部屋を去ってから種昌がお鈴に訊く。
「ええ」
「どんな知り合いなんだい」
弥左衛門が訊く。
「それは長い話になります。そんなことより、お藤さん、宿代は無料にしてくれるそうです。
もっとも自分が厨房の手伝いをするという条件で」
「それはありがたい」
種昌が言う。
「ときにどういういきさつがあったのか、教えてもらえんかのう」
お鈴はうつむき加減でしばらく沈黙していたが、やがておもむろに話始める。
これまで種昌様には自分の過去を詳しく話したことがございませんでしたが、それと言いますのも、自分の過去を知ったら自分は種昌様に嫌われるのではないか、という思いからでございます。
それほどまでに女として自分には汚れきった過去がございます。
自分は島原藩の田舎の貧しい農家に生まれました。
凶作になると女子は人買いに売られるか、間引きで殺されるかといったおそろしい風習が残っていた村。これが私のふるさとです。
その昔、安土桃山時代には、九州のキリシタン大名は南蛮人から爆薬を買うために、五十人の若い村の娘と爆薬の樽一つを交換したことは有名な話でございます。
幕府が鎖国してからこれは表向きには禁止されましたが、闇で似たような商売が行われていました。
自分は数えで十二歳のとき、裸にされて南蛮の船に乗せられました。
南蛮に着くと自分は性奴隷として売買されました。太漏斗歌留多の占術はこのときかの地で覚えたものでございます。
ところがある日、同じ日本から来た性奴隷のお藤さんと知り合い、一緒に日本行きの船に密航し、九州は長崎港に帰って来たのです。
その後、お藤さんとは生き別れになってしまいましたが、自分は九州地方の旅籠の飯盛り女などをやって食いつないでいました。
そしてたまたま柳川藩の旅籠に奉公に上がっていたとき、元服を済ませ、最初の参勤交代でたまたまその旅籠にお泊りになった種昌様と邂逅したのでございます。
種昌様は自分を身請けなさり、自分は晴れて大石家に女中としてご奉公する身分となったわけでございます。
(つづく)




