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――時遡(トキサカ)――  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第四章 呪いを打ち破れ!
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第五十八話 恐山~現世と黄泉の境界線

 プシュー、とバスのエアブレーキ音が鳴り響く。私達は席を立って荷物をまとめ降り口に向かう。渡部君が「9人全員分で」と千円札を数枚料金入れに放り込んで清算を済ませ、ぞろぞろとバスから降りる。


「うわ! なんかすげぇ・・・・・・」

 本田君の感想にみんなが、そうやなーと言いたげな顔になる。周囲に立ち込める硫黄の臭いに加え、その空気はどこか圧が強く、得体の知れないおどろおどろしささえ感じさせている。

 それは遥か遠方四国から来た私たちが、この地に対する先入観からそう感じさせられているだけかもしれない。それでもやはりここには何か特別感がある気がする。


 青森県むつ市、恐山。


 この世とあの世の境界線と言われる、日本三大霊山の一つ。しかも残り二つが仏教の本尊である和歌山県の高野山と滋賀県の比叡山であるのに対し、この恐山は天のお告げに従いこの地を奉る寺を建てた事から霊山と認定された、まさに日本の曰く付き伝説の本元なのである。


 ちなみに恐山という山があるわけでは無い、いくつかの山に囲まれた周囲の山地とその麓を総じて『恐山』と称されるのだ。つまりバスでここに乗り付けた時点で、私らはもうその腹の中にいるということになる。


「ほだに緊張しねでも大丈夫、こごは安らがに天寿終える為の地だがらねぇ」

「いや俺達まだ若いんですけど」

「安らかとか天寿とか、コレ見たらそんな呑気でいられませんって」

 変わらぬ笑顔で語る門田さんに、渡辺君とななみんががドン引きながら返す。なにしろそこらの看板の案内表示には『血の池地獄』『三途の川』『賽の河原』なんて物騒な文字が矢印の中に納まっているのだから。


「ほなけんど門田さん、ほんまいつも自然体でええなぁ」

 (登紀)がそう褒めると、「いやだわ神ノ山さん」と手の平をぱたぱたさせてたおやかに笑う。彼女は現代において60歳と言う年齢の割には年老いている印象を受ける。どちらかというと登紀がかつて生きて来た時代、昭和のお婆ちゃんという印象がある。


 人間と言うのはいくら歳を取っても怒るときは怒るし、時に鬱になったり考え込んだりするものだ。あのマルガリータさんや白雲さんもほうやった。ほなけどこの門田さんだけはいつもにこやかなお婆ちゃんで、素の感情を発露するところは想像も出来なんだ。古代伝承や逸話の第一人者という地位にあって、対人関係や立場上のストレスは当然あると思うんやけど。


「しばらぐ自由さ見で回るどいいわ、四時さ集合して向ごうの山さ登っから、その時集まってね」

 現在午前十時。時間的にはこの辺の観光をして回れるやろう、ほなけんど・・・・・・

「どうして四時なんですか? そんな遅くから登山したら真っ暗になっちゃうんじゃ」

 未来君も同じことを考えたらしくそう問いただす。この恐山は軒並み千メートル以下の低い山とはいえ、夜の登山が危険なことに変わりはない。あるいは剣山の時みたいに星空を見て何かを占うのだろうか?

「まぁ、お楽しみにしておいで」

 笑顔でそうはぐらかされる、この笑顔でそう言われると何かもう逆らう気になれんわなぁ。


 まずは菩提寺から始まり、周辺を色々と見て回る。居並ぶ六大地蔵の迫力に「私らの知ってるお地蔵様と何か違う」とせっちゃんが引いたり、続々訪れる参拝者の僧侶さん達に宮本さんが突撃インタビューを敢行したり、血の池地獄の赤さに未来君が貧血を起こしかけたり、賽の河原に積まれた小石で鐘巻さんがお手玉(ジャグリング)を披露したりして時間つぶしを楽しんだ、っていうか鐘巻さんバチ当たるで。


「恐山冷水だって、このへんの水を飲むのってちょっと抵抗あるよねー」

 少し離れた所にある湧き水を見てそう言うななみんに、全員がうんうんと頷く。こうも硫黄やガスがそこかしこから上がっていると、なんか有毒物質が溶け込んでいる気がして迂闊に飲む気にはなれない。


 が、後ろからやって来た旅のお坊さんらしき人が、湧き水に一礼して手ですくって飲み干すと、ありがたやありがたやと満足そうに拝む。

「この湧き水って何か効能があるんですか?」

 宮本さん(ツキちゃん)がそのお坊さんに問う。というか本当に物怖じしないなぁ彼女、いくら小説のネタ集めとはいえ、このお坊さんご高齢ではあるけど結構強面で、体つきも()ついんだけど。

「ああお嬢ちゃん、この水はねぇ、一口飲めば十年若返り、二口飲めば二十年若返るありがたいお水なんだよ」

 仁王様のような顔のお坊さんがたおやかにそう返す。君達も歳を取ったら飲みに来ると良い、と付け加えて。


「でもお坊さん、ならどうして今、一口しか飲まなかったんですか?」

 未来君がそう問う。確かにこのお坊さんどう見ても七十歳は過ぎとるやろうに。

「坊や、どんな事でも欲を出してはいけない、満ち足りるを知る事こそ『悟り』なのだ」

 達観している顔でそう言われると説得力があるなぁ、と一同が感心する。


 でも、次のお坊さんの言葉に、私たちは戦慄を覚えずにはいられなかった。

「この水を三口飲むとな、死ぬまで若返り続ける(・・・・・・・・・・)のだ。それがどれほど恐ろしい事か分かるかね?」


「え・・・・・・?」

「なん、ですって!」

 死ぬまで若返り続ける。その言葉は私達にとってまさに敵であり課題であり、そして何よりよく知らなければならない事柄なのだ。

 時遡の呪い、時遡病。呪術と医学の双方から追い続けて来た、私から未来君へと受け継がれてきた課題。そのサンプルがまさかこの遠い地に存在しているというん!?


 あまりにもマジ顔になる私たち全員を見てお坊さんの方が驚いている。思わず「本当ですか?」「それ詳しく」と詰め寄る私達一同に対して、「信心があればそういう効果もあるものだよ」と引きながら返す。多分、おかしな若者達だなぁと思われただろう。


「念のため、ちょっと水筒に貰っていくか」

 そう言って本田君がステンボトルに水を汲む。まぁあのお坊さんの態度からしても単なる迷信やろけど、ほれでも持ち帰って分析してみる価値はあるやろしな。


 そんなこんなで一通り見て回った後、私たちはその場にあった温泉に入る事にした。温泉と言ってもホテルやスパリゾートとは真逆の、昔の長屋をそのまま風呂にしたような趣と風情のある、いかにも『秘湯』な見た目に凄く惹かれたんや。


「覗いたらこらえへん(ゆるさない)でー」

 未来君はともかく、本田君と鐘巻さんには釘を刺しておく。なにしろ木作りの平屋建物なんで、その気になれば隙間から覗かれそうなイメージがある、修学旅行の学生とかが来たら間違いなく壁に張り付く男子生徒が見られるだろう。

「渡辺じゃあるまいし、俺と天野が覗きなんてしないって」

「まぁツキちゃんの裸はもうじっくりと見てるでしょうしねぇ」

 本田君の反論にななみんがうりうりとヒジ押しをした後、真っ赤になった宮本さんに追っかけまわされている。あ、どうやらこっちのカップルはかなり進展しとるようやな。



 はふー。と肩まで湯につかり息を吐く。長屋の中は湯船が二面取られているだけの簡素なものだが、硫黄が臭い立つその湯はまさに火山がもたらした本物の温泉、火山のない四国では味わえない湯だ。他に客もおらず、私達四人は若い裸体にその湯を存分に沁み込ませる。

「いいお湯ねー、若返る水って言ってたからすべすべになりそう」

「ここまで臭いって思ってたけど、そう考えると有難い香りに思えるよねー」

 せっちゃんの言葉に現金やなぁ、と心で嘆いてみる。おまはんらはまだ若返りの湯を有難がる歳やないやろ・・・・・・まぁ大お婆ちゃんとはいえ若返っとる私が言ってもアレやけど。


「やっぱ門田さんもここ、よく入るのかしら」

「どやろか、恐山自体にはよう来とるみたいやけど」

 門田さんと渡辺君はここに来てすぐに菩提寺の奥に消えて行った。普通の人には入れないエリアに、当たり前のように消えていく彼女はどうやらこの地でも顔役みたいや。まあ付き合わされる渡辺君は気の毒やけど、彼は門田さんのサポートが仕事やからしゃーないわ。



「ミセス・カドタはこの地で私達に何を見せたいんだろうねぇ」

 男湯。鐘巻さんは二の腕にお湯を擦り付けるようにしながら、(未来)達にそう聞いてきた。

「さっきの湧き水って可能性はあるけどねぇ」

「いや、それなら真っ先にあそこに行くんじゃないかな?」

 本田君の推測に反論する。もしあの水が本当に時遡病を発動しているのなら、菩提寺どころか遠野すらすっ飛ばしてあの湧き水の場所に直行しただろう。そうしなかったという事は、あの水はあくまで迷信でさほど重要では無いのかもしれない。

「しかしホンダはいい体をしているねぇ、さすがジュードーマンだ。アマノも見習いたまえよHAHAHA」

「鐘巻さんこそ、歴戦の勇者って感じですよね」

 本田君がしみじみとそう述べる。鐘巻さんの体は傷だらけで、中には銃創すらある。過酷な国際警察(インターポール)での活躍の歴史がそこにある様に感じられる。

 彼ら二人に比べると、さすがに僕の体は貧相だと言わざるを得ない。大人の時でさえそうなのに今は小学生高学年か中学生程度まで若返っているのだから、ちょっと惨めだ。全てが終わったら体を鍛えよう、登紀さんに相応しい男になる為に!



 男子組と合流して風呂上がりの湯冷ましをしていると、スマホのアラームがピコリン♪と音を立てる。

『んじゃ準備できたから山行くぞー』

 渡辺君からのラインだった。確かにもうすぐ午後四時、集合の時間だ。みんな荷物をまとめて駐車場にあるコインロッカーに向かい、必要な物だけを手荷物にして集合場所に向かう。



「って、うわ・・・・・・似合いすぎでしょ門田さん」

「やば、かっこいー」

 目を丸くする私達。門田さんは紅白の袴に身を包んだ、いわゆる巫女の姿で現れた。胸に何か和紙の手紙を折り畳んだものを差していて、手には金色の神楽鈴を握っている。いかにもこれから何かの儀式をする巫女さんのようなその姿は、創作で出てくる美少女巫女など足元にも及ばなさそうな神々しさを纏っていた。


 というか彼女はいったい何者なのだろう。遠野の博物館で顔役だったのはまだ分かるけど、この恐山の寺で巫女の衣装を纏って出てくるあたりいよいよ只者では無い、もしかするとあの不老の山伏、白雲さんや占星術の達人マルガリータさんに劣らぬ大人物なんやないやろうか。


んでまず、えぐべが(じゃ、いきましょうか)

 門田さんの号令一下、私たちは山に向かう。


 それが、この時遡の謎の真相に大きく近づく行脚になる事を、その時点で私達は、誰も知らなかった。


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