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8、フロリスの宮仕えデビュー


「準備は出来たか? 忘れ物はないな?」


 西大公家の中庭では、朝から馬車と荷馬車と護衛騎士の長い行列が出来ていた。


「はい。すべて確認しました父上」

 ロッテは貴族の正装である燕尾型の上衣に、ズボンの裾をブーツに入れてマントを羽織っていた。上衣は金糸を使った刺繍で覆われ、飾り袖には大粒の宝石が留め付けられ、腰には細身の剣と、胸には西大公家の鷲の紋章がついていた。


 どこから見ても立派な小公子だった。


「よいか、公務見習いと言っても、西大公家の小公子ともなれば、誰もがそなたの振る舞いに注目しておる。くれぐれも正体がバレぬよう気をつけるのだぞ」


「はい」


 ロッテは今日から王都の別邸に住まいを移し、月の半分を公務見習いとして宮仕えする事になった。

 初めて音楽会に行ってから1年ちかく過ぎていた。

 ロッテとフロリスは12才になっていた。


 その間には音楽会をはじめ、貴族の子息達の集まりにも何度か参加して、そのたび美しく聡明な西大公家のフロリスの噂は広がり、ついには王の耳にも入るようになっていた。


 そしてそのような息子がいるなら、早く出仕せよとの直接のお言葉を賜った。

 ここにきて、ウィレム大公もようやく覚悟を決めた。


 いまだ人見知りの直らないフロリスを諦め、ロッテをフロリスとして出仕させる。

 そうするしかなかった。


「ロッテ。ごめんね。僕が臆病なせいで君に重責を負わせてしまって」

 フロリスは涙ながらにロッテを見送った。


「私はむしろ嬉しいんだ。だから気にしないでフロリス。

 きっと立派に君の代役を演じてみせるよ」


 そっくりな二人はしばし抱き合って別れを惜しんだ。


「ロッテ。あなたならきっと立派に宮仕えも出来るわ。

 ああ、なんて素晴らしいんでしょう」

 母アイセルは見送りながら、喜びで涙ぐんでいる。

 アイセルはまさにロッテのように生きたかったのだ。

 自分の夢を実現しようとする娘が誇らしかった。


「セバスチャン、アン。ロッテの事を頼みましたよ」

 母は一番お気に入りの二人の従者をロッテのためにつけてくれた。


「はい。何があってもロッテ様をお守り致します」

「お任せ下さい、奥様」


「お前達、今より二度とロッテの名を口にしてはならぬぞ。

 今日よりこの者はフロリスだ。

 ロッテの名を出せば首が飛ぶと思え」

 ウィレムはセバスチャンとアンに念を押した。


「はい。畏まりました」

 二人は気を引き締めて頭を下げた。


 ◇   ◇


 王都までの道は二日がかりだった。

 馬で飛ばせば一日で着くのだが、荷馬車を含んだ長い行列は西大公家の子息の華々しい宮仕えデビューのお披露目を兼ねてもいた。

 脱穀用の風車がところどころに建つのどかな田園風景に、白と金で彩られた豪華な馬車の列が過ぎ行く。


 馬車ももちろんだが、後続の荷車や護衛騎士達も煌びやかに飾っている。

 道々には美しい行列を見物に来る民衆の群れが各地に出来ていた。


「西大公様のご子息ですって」

「噂では天使のごとく美しい方だそうよ」

「窓からお顔を見せて下さらないかしら」


 町娘達がきゃあきゃあ噂する声が聞こえている。


「ホーラント家の領民達だ。窓から顔を見せて笑顔を振り撒いてやれ」

 父ウィレムに言われて、ロッテは馬車の垂れ布を上げ、そっと顔を覗かせた。

 その途端、きゃああああ!!! という悲鳴に似た歓声があがった。


 驚きながらも微笑んで手を振ると、また、きゃあああ!! と悲鳴があがった。


「ご覧になった?」

「なんて素敵な方かしら」

「ああ、みんなに自慢しなくちゃ」


 ロッテにとっては驚きの現実だった。

 同じ大公家に生まれても、娘と息子では大違いだった。


 娘であったロッテは、屋敷の離れの外部と遮断された狭い世界で、未来の夫に尽くす為だけに育てられる。

 しかし未来の大公となるフロリスは、領民にとっては神にも等しい扱いを受ける。

 誰もがかしずき、敬い、尽くす。


(女はつまらない……)

 母が口癖のように言っていたのはこういう事かと、強く実感した。


(でもいつかフロリスが人前に出られるようになったら、私は女に戻らねばならない)

 このまま一生フロリスでいられたら……。


 ロッテは複雑な思いで王都への道を進んだ。



 ◇◇



 王都に近付くにつれオレンジの色が街に溢れるようになってきた。

 大通りの両側には端正なルネサンス建築の建物が半円アーチの窓を並べている。

 

「オレンジの旗を掲げているのはすべて王家の持ち物だ。

 パン屋も服屋も靴屋も、すべて王家の認可をもらって出店している。

 中にはよそから来て出店している者もいるが、安く買い叩かれて厳しいものだ。

 王都で商売をするなら王家の認可が不可欠だ。

 そして儲けの多くを上納する。

 ここでは王は絶対的強者だ。

 その事をゆめゆめ忘れるでないぞ。

 大公家といえども王に嫌われては生きてゆけぬ」


「はい」


「王様に……そして間もなく王になられるであろう王太子様に逆らってはならぬ」


「はい」


 初めて出会って以来、毎日のように思い浮かべる王太子様。

 その優しげな面持ちからは想像も出来ない強大な権力をお持ちなのだと、ロッテはオレンジで溢れる王都を見つめながら、心に刻み込んだ。



 ホーラント大公家の別邸は、王宮からほど近い西の一等地に広く陣取っていた。

 東の一等地にはヘルレ大公家の別邸が、そして少し離れて北と南の大公家や、その他の有力貴族達の別邸が建ち並んでいた。


 貴族達はみな、月の半分をこの別邸で過ごし、王宮の公務に就いている。

 残りの半分を領地で過ごす者もいれば、治める領地もないような次男坊以下やフロリスのような子息達は、別邸に定住して週交代で公務をこなす者も多い。


 フロリスも次に領地に帰るのは、夏の休暇までないだろう。

 でも別邸を持たない貧乏貴族の子息達などは王宮の宿舎房で寝泊りするらしいので、充分に恵まれていた。

 宿舎房ではさすがに女を隠すのは難しかっただろう。


 別邸にたどり着くと、大勢の従者達が庭で出迎えていた。 


 そしてフロリスが馬車から姿を見せると、歓声が沸きあがった。


「きゃあああ! あの方が小公子様?」

「噂以上に素敵な方だわ」

「今日からこちらで暮らされるのよね」

「ああ……西大公家にお仕えして良かったわ」


 女官達がきゃあきゃあ騒いでいる。

 みんな別邸で雇われていた従者達でフロリスがロッテだと知っている者はいない。

 ホーラントから連れて来た従者達も、ほんの一部を除いてフロリス本人だと思い込んでいた。

 知っているのは、セバスチャンとアンと、ウィレム公の腹心の従者のみだった。


 これからはどんな場所でもフロリスでいなければとロッテは気を引き締めた。




次話タイトルは「王様の思惑」です

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