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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第一章 少年期

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7、イザークの決意


「あ、そうだ。喉が渇いただろう?

 果汁水を出すのを忘れてた。

 ヘルレ家の領地で獲れるプラムの果汁なんだ。

 すごく美味いんだぜ」


 イザークは自分の雑念を振り払うように立ち上がり、脇のテーブルに置かれたカップに果汁を注ぎ込んだ。


「プラムの果汁? 珍しいね。ありがとう」

 無邪気に喜ぶフロリスを見て、イザークは苦悩を浮かべながら手元の小瓶を持った。


『わしの見た所、ワインを頑なに拒んでおるのが怪しい。

 酒に何か弱味があるのかも知れぬ。

 この濃度の強い酒を果汁に混ぜて飲ませろ』


 父ヘルレ公オットーがディナーの前に直々に部屋に来て置いていった。


(体が弱いって言ってたけど……。

 まさか死んだりしないよな?

 やっぱりこんな事やめた方が……。

 いや、でもやらなければ父上になんとお叱りを受けるか……)


 家長である父の命令は絶対に守らなければならない。

 従順でない息子は殺される事だってある時代だった。


(ほんの一滴だけ……いや、むしろ小瓶全部入れてしまえばさすがに飲む前に匂いで気付くんじゃないのか? 気付かれて失敗したんなら仕方ないもんな。

 父上も納得して下さるだろう)


 イザークは意を決して小瓶の酒をドボドボと果汁に混ぜ込んだ。

 胸元で持っていても酒の匂いがプンプンする。


(これならさすがに気付くよな)


「どうぞ、フロリス」

 イザークは果汁のカップをフロリスに差し出した。


「ありがとう。実は喉が渇いてたんだ」

 フロリスは受け取ると、何の疑いもなくぐいっと飲み干してしまった。


「ええっっ!!!」

 慌てたのはイザークの方だった。


「ちょっ……、いきなり飲むなんて……そんな……」


「え? 飲んじゃダメだった?」


「いや……そういう訳では……。

 あれ? なんともない?」


「うん? そういえば珍しい味だね。

 プラムってこんな味だっけ?」


(酒だって気付いてない?)

 イザークはお酒を飲んだ事がないというのは本当だったのだと思った。


(だが、どうやら何事もなかったようで良かった)


 イザークがほっとしたのも束の間、フロリスの顔がみるみる真っ赤になって、驚いたように両手で口を押さえている。

「フ、フロリス……?」


「イ、イザーク……」

 自分の体の異変を受け止め切れないで、すがるように自分を見上げていた。


 イザークは酒も飲んでいないのに、心臓が早鐘を打って自分まで真っ赤になるのが分かった。

「だ、だ、だ……大丈夫? フロリス」


「体が……体が熱い……。くらくらする……。

 ど、どうしよう……助けて……イザーク……」


 潤んだ目で見つめられて、イザークの方こそくらくらした。

「フ、フロリス、ごめん! どうしよう……」


「へ……部屋に帰らないと……外にセバスチャンが……」

 立ち上がろうとしてぐらりと体が崩れる。


「フロリス!!」

 イザークは慌てて駆け寄り、フロリスの体を抱きとめた。


「と、とにかくソファに横になって。

 俺の体に寄りかかっていいからそこまで歩いて」


 イザークは腰を支えながら慎重にフロリスをソファに運んだ。


(ほ、細い腰だな……)

 見た目以上に華奢な体のフロリスに、また鼓動が勝手に早くなる。


 ソファに横たえると、火照った体で苦しそうにしている。

「衣装を緩めた方がいいかもしれない。

 ブラウスのボタンを……」


 フロリスのブラウスに触れようとしたイザークは、パシリとなけなしの力でフロリスに振り払われた。

「触らないで……」


 イザークは自分の血流がドッカンと音をたてて頭を突き破ったかと思った。


「ご、ご、ご、ごめんっっ!! ごめんフロリス!!」

 両手を上げて完全に降参状態だ。


「セバスチャンを……呼ん……で……」

 フロリスはそこまで言って、眠ってしまった。


 目を閉じて眠るフロリスは、ひどくあどけなく、無垢な存在に思えた。

 自分を疑いもせずに酒を飲まされ、騙されたとも気付かずに助けを求める。


 大公家の息子としてはあまりに無防備で、危機感が足りないが、そんな所もイザークには好ましかった。

 そしてひどく自分が汚い者のように思えた。


「ごめんよ。許してくれフロリス」

 そっと艶やかな金髪を撫ぜた。


「もう二度と君を騙したりなんかしないよ……」


 言葉通りにイザークは、扉の外で待つセバスチャンとアンをそっと部屋に招きいれた。


「な! なんという事を……!」

 セバスチャンとアンが怒りに震えてソファで眠るフロリスに駆け寄った。


「酒を……、酒を飲ませたんですかっ!!」

「まあ! フロリス様はお酒なんて飲んだ事がないのにっ!!」


「ごめんなさい……」

 イザークは二人に睨まれて、素直に謝った。


 セバスチャンはフロリスを抱き上げた。

「眠っているフロリス様に変な事をしなかったでしょうね!」


「し、しないよ! 誓って何もしてない!」

 男子相手に変な問答だったが、この場面では誰も不自然に思わなかった。

 それほどフロリスは美しく、イザークは慌てて否定せねばならぬほど心奪われていた。


金輪際こんりんざいフロリス様に近付かないで下さいませっ!!」


 アンの捨てゼリフでこの日は終わった。



 ◇◇



「本当に酒を飲んでもなんともなかったのか?」

 

 翌朝、フロリス達の乗った馬車を見送りながら、イザークは父オットーから再び尋ねられた。

 朝一番で昨日の出来事を説明したはずだが、オットーはどうしても納得していないようだった。


「はい。さきほど申しましたように、本当に病弱でお酒は控えていたようでございます。

 ゆうべも一口飲んで酒だと気付き、気分が悪くなったようでそのまま部屋に戻ってしまいました。

 されどおかしな様子はなく、不審な点は見つかりませんでした」


 イザークはゆうべの出来事は、自分の訳の分からない感情と共に口外しない事に決めた。

 たとえ父の命令でももう二度とフロリスを騙すような事はしない。


 ただ……今朝、別れの挨拶をしたフロリスが、よそよそしい態度なのが淋しかった。




次話タイトルは「フロリスの宮仕えデビュー」です

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