34、即位の式典
即位の日、朝からドム教会の隣にあるドムトールンの鐘が、特別な日を意味するように王都中に鐘の音を響かせた。
都じゅうの民たちが鐘の音に飛び起き、パレードを見に行くために一張羅に着替えた。
そして王宮の者たちもそれぞれの役目に気を引き締めた。
近衛騎士の大半は王様とシエル様に付き従って、白の隊服でパレードに列席する。
王宮内で任務のない者は、ほとんどがドム教会の式典をひと目見ようと出払ってしまった。
そして後宮では、カタリーナ様の輿が二十一部隊に守られるようにして北門を出る。
輿は後宮の女性がお忍びで教会などに行く時にだけ使われる。
現王太后さまが後宮に来るまでは、お忍びで外出される姫君も多かったと聞く。
行き先はほとんどが教会への礼拝だったが、王様が狩りの行事などに連れ出してくださることもよくあったらしい。
だが王太后が来てからは、お忍びで出た姫君たちが不審な死をとげる事件が相次ぎ、やがて誰も後宮を出なくなってしまった。
カタリーナ姫にとっても、初めての外の世界だった。
輿が使われるのも久しぶりのことだ。
宦官の従者たちが担ぐオレンジの輿とヴェールをつけて両脇に並ぶ侍女と女官たち。
そのさらに両脇を守る二十一部隊の近衛騎士たち。
そんな行列がゆっくりと正妃の塔を出てオレンジサロンの中を縦断して詰所を抜けて北門へと出て行く。北門の外にはパレード用のオレンジの馬車が豪華な装飾で待っている。
その様子を行列に参加しない女官や使用人たちがひざをついて拝礼して見送っていた。
ロッテもまた見送り組の一人だった。
「心配するな、フロリス。オレが西塔の塀の中には誰も入れない。だから安心して詰所に待機してるといい」
「……」
ロッテは詰所を出て西塔の正面門扉の外で拝礼してカタリーナ様を見送ってから、西塔の警備に選ばれた面々を見て首を傾げた。
「イザーク、なんで君がここにいるんだ?」
「兄上に手薄になる西塔の警備を極秘に頼まれたんだ。剣技に優れて品行方正な騎士ということで、オレしかいないとようやく気付いて下さった」
「品行方正ねえ……」
ロッテとステファンに会うたび大浴場や飾り窓に誘っていたイザークだけど。
「なんだ。どっかで見た顔だと思ったら、ルドルフ隊長の弟か」
ヨルダンが珍しく会話に入ってきた。
西塔の警備に残されたのは西塔の門扉前にはヨルダンとイザークだった。
あとは正妃の塔の三ヶ所の詰所にいつも通りの人数と、御用使いの詰所に三人待機している。
残されたメンバーは、どちらかというと細身で剣よりも魔法に対応できそうな男たちだ。
剣技に優れた者は、カタリーナ様を狙う刺客を警戒してほとんどそちらにまわされた。
そして西塔にはフアナ姫の突然の暴挙に備えたメンバーだ。
魔法が使えるヨルダンは、当然ながら西塔前となった。
「兄上からこんなものを渡されたが、どうやって使うんだ?」
イザークは左手につけたリストシールドを眺めまわして首を傾げた。
「こんな使えないヤツをここに置くなんて、隊長もどうかしてるな。忙しすぎて頭がおかしくなってるんじゃないか? それとも後継争いで弟に死んで欲しいのか?」
ヨルダンは東の小公子に対しても相変わらず口が悪い。
「おい、お前! さっきから失礼じゃないか? オレのことはともかく兄上を悪く言うのは許せん。兄上は腹黒い顔付きをしてるが、本当は弟想いの懐の深い人なんだ」
「あんたはその腹黒い兄貴に手なずけられた犬みたいだな」
「なんだとっ!!」
「もう、喧嘩しないでくれよ。ここは重大な要所なんだから二人で連係してしっかり警備してくれよ」
ロッテは困ったように二人の間に入ってなだめた。
やっぱりと思ったが気が合わないようだ。
フロールの泉でイザークに会ってから、ロッテは二回ほどステファンと共にまた泉に行っていた。危険は承知だが、他に風呂問題を解決する方法がなかった。
その後少し警戒が解かれて、しばらく昼だけ屋敷に戻ることを許されたが、二日前から再び西塔暮らしになっていた。
「私もシエル様の即位の式典を見たかったなあ。ステファンはいいなあ」
ステファンはカタリーナ姫のお供側になっていた。
そちら側ならカタリーナ様に付き添って、大聖堂の中に入って間近にシエル様を見ることが出来たはずだ。
「大司教から王冠を受け取るだけの儀式だろ? あとは退屈な司教のお説教だよ」
イザークはそういう堅苦しい式典に興味がないようだった。
それより初めて後宮に入れたことの方が嬉しいらしい。
「立太子の式典となれば、さすがに顔が見れたかな?」
ヨルダンは女神と崇めるカタリーナ姫の顔を見るチャンスを失ったことが残念そうだ。
「高貴な姫君はおおやけの場ではヴェールをつけてるから見れないと思うよ」
女性のヴェールは本人次第だ。決まりがあるわけではない。
王と並んで民衆に手を振る王妃も過去にはいたが、民の前に姿を現わさない姫君の方が多い。
「奥ゆかしいな。美人ほど顔を隠したがるって言うもんな」
ヨルダンのように好意的に受け取る者もいるが……。
「逆だろ? 顔に自信がないからヴェールをつけたがるんだろ?」
イザークのように言う者もいる。
「なんだと! カタリーナ様がブスだって言いたいのか!」
「そうは言ってないだろ。一般論だよ」
「こいつ……」
「もう、喧嘩しないでって。二人とも」
目を離すとすぐに喧嘩しそうでロッテは心配になった。
「私は詰所に戻るけど、仲良くしててよ。大丈夫だろうね」
ロッテはため息をついて門扉を開けて中に入ろうとした。
だが、イザークの言葉で足を止めた。
「あれ? 誰か来るぞ?」
「え?」
振り返って見ると、女官が三人、御用使いの詰所を出てこちらに歩いてくる所だった。
「あれは……」
黒地にオレンジのラインの侍女服。
その服を着るのは……。
「オレンジの侍女……」
シエル様付きの侍女が三人、ロッテたちの前で立ち止まった。
ロッテはあわてて膝をついて頭を下げた。
それに見習ってイザークとヨルダンも膝をついて頭を下げる。
「シエル様の侍女さま。こちらに何かご用でしょうか?」
ロッテが尋ねると、オレンジの侍女は信じられない事を言った。
「フロリスですね? シエル様がそなたに来るように仰せでございます」
「シエル様が?!」
ロッテは驚いて顔を上げた。
次話タイトルは「オレンジの侍女」です




