13、ヨルダンの役割
「ヨルダン……。私のためにこんな事になるなんて……」
ロッテは目の前で命を落とした同僚に、衝撃を受けていた。
これまで人の死を見たことなどなかった。
ましてや、自分のせいで人が死ぬということの恐怖におののく。
ガクガクと体が震えた。
さっきまで普通に話していた相手が、無言で横たわっている。
「フロリスッ!!」
伝令を受けて血相を変えてやってきたステファンが、驚いた顔でロッテの元に駆け寄った。
「何があったんだ、フロリス!」
「ステファン……」
ステファンの顔を見ると、一気に心が弛んだ。
「私のせいなんだ。私を庇おうとしてヨルダンが……」
「君を庇おうとして?」
ステファンが怪しむように、横たわるヨルダンを見た。
「なぜヨルダンが君を庇うんだ?」
「そんなこと分からないよ。でもフアナ様の視線を私の代わりに受け止めてくれたんだ」
「フアナ様の視線……」
ロッテは隊服の胸ポケットから粉々にくだけた護身石を取り出した。
それを見て、集まっていた近衛騎士たちが息をのんだ。
魔法というものを半信半疑に思っていた騎士たちだが、その現実を目の当たりにしたのだ。
そしてステファンは、この絶体絶命の危機の中でフロリスが無傷だったことに安堵の息をもらした。ヨルダンが間に入らなければ、確実にフロリスは死んでいた。
今まで気味の悪い同僚と思ってきたが、感謝の気持ちを込めてヨルダンを見下ろす。
そして、ハッと気付いた。
「いや、待って! 微かだけど息をしている」
「えっ!?」
全員がヨルダンを見つめた。
医術の心得のあるステファンは、鼻先に手の平をかざして息を確かめる。
続いて胸に耳を当てて鼓動を確かめた。
そしてすぐに異変に気付いた。
「何かある……」
「え?」
全員が息を詰めてステファンの動向を見守った。
ステファンは、ヨルダンの隊服のボタンをはずし、その下に着ている粗末な下着を引っ張り出した。そこには……。
「これはまさか……」
胸元に布地に包んで何かを縫い付けている。
ステファンが布を引き裂くと……。
「やっぱり……」
粉々の護身石が出て来た。
それはロッテやステファンのような小粒なものではなく、十倍ほども大きい。
しかも欠片を集めると、どうやら三つ以上の石が入っていたに違いない。
「なんでこんなに護身石を持ってやがるんだ?」
「誰かの石を盗んだのか?」
全員が自分の胸に手を当てて、護身石を確かめた。
だがもちろん誰も盗まれた者などいなかった。
「ちぇっ! 道理で魔法に強気だと思ったぜ。自分だけどこかから護身石を調達してやがったんだ。危うく恩を着せられるところだったぜ」
ボブがさっき反省した舌の根も乾かぬうちに、再びなじった。
しかしロッテはどういう理由にせよ、その護身石のおかげでヨルダンが死なずに済んだことが嬉しかった。
「ステファン、じゃあヨルダンは生きてるんだね?」
「ああ。衝撃で気を失ってるだけだと思う。しばらく休めば気付くと思うよ」
「良かった……」
デニス副隊長もホッとした顔になって、自分の任務を思い出した。
「ともかくフアナ姫は撤退した。今日はもう来ることはないだろう。マルコとボブはもう一度状況を王様に報告に行ってくれ。みんなはもとの配置に戻ってくれ」
副隊長に命じられ、騎士たちは式典の警備に戻っていった。
そして残ったのはデニス副隊長とステファンとロッテと、気を失ったままのヨルダンだけになった。
ヨルダンの体を隅の日陰に移動して、楽な姿勢にさせる。
そしてロッテはデニス副隊長に尋ねた。
「副隊長はヨルダンのことを何かご存知なのですね?」
デニス副隊長は観念したように肯いた。
「うむ。本人の希望で内緒にして欲しいと言われていた。知っているのはルドルフ隊長とわしだけじゃ。だがフロリス、そなたは知っておいた方がいいじゃろう。そしてステファン。そなたはすでに気付いているのじゃろう」
デニスに問われ、ステファンはうなずいた。
「護身石は簡単に手に入れることなど出来ない、非常に貴重なものです。なぜなら、魔力のある者が命を削って作るものだから。その石を三つも持っているということは……」
ロッテはハッとステファンを見た。
「まさか……ヨルダンは魔法を使えるってこと?」
ロッテの言葉にステファンはうなずいた。
「町人騎士にしては別格の早い出世。それは彼が魔力を使える魔法騎士だからですね?」
「じゃあヨルダンは……」
ロッテの言葉をデニスが引き継いだ。
「うむ。その能力を買われて二十一部隊に配属された。みんなに配った護身石はヨルダンが作ったものだ」
「そ、そんな! 命を削って作るって言ったじゃないですか! じゃあ、ヨルダンはみんなのために命を削って魔法アイテムを作ってるんですか?」
リストシールドの魔法石もヨルダンの手作りに違いない。
そしてシエル様の帰還までに全員分の魔法石を準備すると言っていた。
つまりそれはヨルダンの命と引き換えに作っているのだ。
「勘違いするな」
「え?」
突然思わぬ所から声が聞こえて、全員が視線を向けた。
横たわっていたヨルダンが、いつの間にか目を開いていた。
「誰がお前らなんかのために命を削るかよ」
悪態をつきながら、ゆっくりと体を起こす。
「オレの魔力だけで魔法石なんか作ってたら命がいくつあっても足りるかよ。だから有り余ってる所から拝借してるだけだ。それを石に込めるのに、多少の魔力は必要だがな」
「有り余ってる所って……」
ステファンがすぐに気付いて蒼白になる。
「それってもしかして……」
ロッテは数日前に後宮に入るヨルダンを見たのを思い出した。
「紫の塔……」
「な! まさか!」
ロッテとステファンが驚愕するのを見て、ヨルダンが口端を上げた。
「ふん! あそこ以外にないだろう。このオレンジ国は数百年前に大規模な魔女狩りを行った。魔法使いも魔女も、少しでも疑いがあればすべて火あぶりにしたんだ。お蔭で魔力を持つ者はすべて死に絶えたか、南のルカセントの深い森の中に逃げた。そのせいで、いざ強力な魔女に王宮を狙われたら対抗できる魔法使いの一人もいなくなったんだ。自業自得ってやつだな」
そういえばホーラントのフロリスがそんなことを言ってたことがある。
今も地方の村では火あぶりの習慣が残っていて、怪しい力を持つ者は殺されるという。
だから尚更、フロリスは自分の力を人に言えなかったのだ。
「仕方がなかったんじゃ。今から十一代前の王様の時代じゃ。その頃は現在の式部省の中に魔法房が存在した。じゃが魔法房はその魔力と予言で発言力を高め、やがて王様さえも自在に動かすほどの力をつけたのじゃ。その時代の魔法房の横暴はまさに地獄じゃったと聞いている。だから当時の王は賢者さまに救いを求め、暴虐の魔法使いたちを火あぶりにした」
「そうさ。そして魔法使いを恐れた王は、ついでに善良な魔法使いもすべて焼きはらったんだ。まるでゴミを焼くようにな」
ヨルダンの言葉には皮肉がこめられていた。
「そなたの先祖も被害にあったらしいな。じゃが現在では火あぶりは禁止されている」
「どうだかな。目障りな魔法使いは地方でこっそり火あぶりにしてると聞いてる」
おそらくヨルダンの言葉の方が正しい。
少なくともホーラントのフロリスは、そういう認識だった。
「とにかく近衛騎士の中にも古い考えの者がいないとも限らない。ヨルダンのことはもうしばらくここだけの秘密にしてもらいたい」
「も、もちろんです。ヨルダンは私の命の恩人です。ヨルダンの不利になるようなことは決して口外しません」
ロッテは即答した。もちろんステファンも異論はない。
「ふん。別に助けたくて助けたんじゃない」
ヨルダンはぷいっとそっぽを向いた。
素直に受け取ればいいのに、どこまでもひねくれた物言いをする男だった。
「どういう意味?」
どう考えても、ヨルダンは身を挺してロッテを助けてくれた。
「ルドルフ隊長に頼まれてたんだ」
「ルドルフ隊長に?」
ロッテは思いがけない名前に驚いた。
「カタリーナ様を守るのは当然だが、それと同じぐらい西の小公子を守れってよ。あんたを死なせたら特別手当は無しだとかぬかしやがるからしょうがないだろ」
「特別手当?」
「ふん。当たり前だろ。命を削ってアイテムを作ってんだ。危険をおかして紫の塔にも近付いてる。充分な特別手当も無しにやってられるかってんだ」
どうやら最終的に大金と引き換えの取引きだったらしい。
現金な話だが、むしろ目的がはっきりしていて清々しい。
ヨルダンが納得できる対価があるなら、少しは気が楽にもなる。
「だがあんたフアナ姫と面識があったなら先に言っておいてくれよな。肝が冷えたぜ」
「す、すまない。まさか覚えていると思わなかったんだ」
「どこがだよ。さっきの様子ではカタリーナ様よりも邪魔な存在に思ってるようだった」
ヨルダンの言葉にステファンが青ざめた。
「なんでフアナ姫がそこまで?」
「さてね。フアナ姫にとっては禍々しいんだとよ。あんた、あの姫に何したんだ?」
「べ、別に、シエル様とお忍びの所を覗いてしまっただけなんだけど……」
ロッテにもそこまで嫌われる理由が分からない。
デニス副隊長も首をかしげた。
「シエル様にぞっこんで恐ろしく嫉妬深いとは聞いたことがあるが、まさかいくら美しいからといって、男のそなたにそこまで嫉妬するとも思えんがなあ……」
しかし、ステファンは嫌な予感に眉間を寄せた。
「ははっ。美しい男にまで嫉妬するのか、あの魔女は。ホントに嫌な女だぜ。まあ、カタリーナ姫の身代わりになる、恰好のスケープゴートが見つかったってことで隊としては良かったんじゃねえの?」
最後にヨルダンが縁起でもない言葉を吐いてしめくくった。
次話タイトルは「第二十一部隊会議」です