14、第二十一部隊会議
「みな、昨日はご苦労であった。予想外の出来事もあったが、無事カタリーナ様の成人の儀も終わり今日よりいよいよ正妃の塔での任務が始まる」
翌日、第二十一部隊は詰所に集合して会議をしていた。
正面にルドルフ隊長とデニス副隊長が立ち、三人ずつ座れるベンチが五つほどランダムに並べられて、適当に座っている。だが新人のロッテとステファンは一番後ろに立ったままで、町人騎士のヨルダンも壁にもたれて立っていた。
すでに第一グループは、朝から正妃の塔の警備に入っている。
その他の隊員が急遽集まって、今後の方針を話し合うことになったのだ。
ヨルダンが死にかけたというフアナ姫の魔法の威力に隊員の間でも動揺が広がっていた。
「隊長、私は魔法なんてものとは縁のない人間なんです。自信がありません」
「オレも元の部隊に戻して下さい。騎士として死ぬなら、剣で戦って死にたい」
「オレもです。こんな気味の悪い任務ごめんですよ」
みんなすっかり弱気になっていた。
「みな、この二十一部隊が王様の極秘任務を担う部隊だということを忘れているようだな」
ルドルフは細い目を険しく細めて、全員を見回した。
「ど、どういうことですか?」
隊員の一人が恐る恐る尋ねた。
「もはや後戻りは出来ぬ。この部隊を去るということは、近衛騎士ではなくなるということだ」
「で、では……元の部隊にはもう……」
「元の部隊どころか武官でもなくなる。更に言うと、万が一任務について漏らすことがあれば、命があると思うな」
「そ、そんな……」
隊員たちがざわざわし出した。
「その代わりといってはなんだが、この部隊で目立った活躍をすれば、シエル様の十七騎士に選ばれることも近いと思っていい。王様もシエル様も、この二十一部隊に一番興味を持っておられる。この部隊の日報は、毎日王様がご覧になっているのだ」
再び、部屋中がざわついた。
数百人もいる精鋭ぞろいの近衛騎士の中から十七騎士に選ばれるのは至難のわざだ。
たった一階級の身分差だが、その差は天と地ほど大きい。
十七騎士になれば、王宮の中に自分の部屋を与えられ、王宮近くに大きな屋敷と馬や使用人なども贅沢に与えられる。
まさに武官にとっては一攫千金の夢の身分だった。
もっとも、すでに全部持っている金持ち貴族は別にしてだが……。
西の小公子のフロリスにとっては、たいして美味しい話でもない。
なんならウィレム大公に頼んで、その権力で辞退することも可能だろう。
武官でなくなったとしても、西大公家にとってはさほど大きな問題ではない。
大切な小公子が命を落とすことの方が、よほど重大だ。
しかし、ステファンは隣で目を輝かせるフロリスを見て諦めた。
「ステファン。私はスケープゴートでも何でもいい。カタリーナ様を守って十七騎士になってみせるよ」
ロッテは、十七騎士への近道が見えたような気がして、胸を躍らせた。
そして更にロッテを喜ばせるニュースが、ルドルフ隊長の口から発せられた。
「まだ他の部隊には知らせていないが、実はシエル様が隣国を出発して帰途につかれている」
「おおっ!」
隊員が歓声を上げた。
ロッテだけではなく、誰もが待ち望んでいたニュースだ。
体調のすぐれない王様と、紫の塔がらみの怪しい事件が続き、この半年陰鬱なムードが漂っていた。若く武勇に優れたシエル様の帰還をみんな心待ちにしていたのだ。
「さきほど申した通り、この第二十一部隊は王様の極秘部隊だ。シエル様が即位された暁には、王となられたシエル様にそのまま引き継がれる」
「シエル様の……」
「直属の部隊ということか……」
さっきまで弱気になっていた隊員たちが急に活気づいてきた。
「そうとなったら気味の悪い魔法だろうがなんだろうが、やってやるぜ」
「おおよ。シエル様のために命を捧げる覚悟で武官になったんだ」
「貧乏クジかと思ったが、オレはこのチャンスに感謝するぜ」
ロッテが思うのと同じぐらい、若い武官はみんなシエル様に憧れていた。
歴代の王の中でも最も才能あふれた王として神聖視されていたのだ。
士気の上がった隊員たちに、警備の注意点と配置の確認を行って、会議は終わった。
「ステファンはこのあと警備につくグループだっけ」
「うん。フロリスはこのあとどうするんだ?」
同じ部隊とはいえ、グループが違うと今までのようにずっと一緒という訳にはいかなかった。
「私は明日の朝まで何もないから、一旦屋敷に帰ろうかと思う」
「そうか。一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ。屋敷は王宮を出てすぐなんだから」
そうは言ってもステファンは心配だった。
イザークなんかに出会ったら、そのまま大浴場にでも連れていかれそうだ。
「くれぐれも言っておくけど、イザークの誘いに乗らないでくれよ」
「分かってるよ。心配症だな、ステファンは」
そう言って別れたロッテだったが、一人になった所で意外な人物に声をかけられた
「あんた、護身石は砕けてなくなったんだろ?」
「え?」
ヨルダンが珍しく自分から声をかけてきた。
「うん……。粉々になって紫の輝きもなくなってしまった」
「あんたの護身石と、リストシールドにつける魔法石を早急に作るように言われてる」
ルドルフ隊長は、態度には見せないが思いのほかフロリスを気遣ってくれる。
隊長として西の小公子を死なせたりしたら、王国に災禍を招くことになるのではないかと案じているらしい。少なくとも父のウィレムは東大公家を恨み、難癖をつけて口撃するだろうことは想像に難くない。
「今から作りに行くんだ。一緒に来るか?」
「えっ?」
まさかヨルダンに誘いごとをされるとは思わなかった。
「作るってもしかして紫の塔に?」
「ああ。いつもは後宮勤務の宦官が見張りをしてくれるんだが、今日はカタリーナ様の部屋換えで忙しいみたいだ。あんた、自分の石なんだから見張りぐらいして欲しいんだがな」
そういうことか。
誘い事というよりは、手伝えということらしい。
「分かった」
ステファンがいたら怒られそうだが、自分の石だと言われたら断れない。
それにロッテ自身も興味があった。
遠目にしか見たことがない紫の塔はどんな所なのか。
二人で北門まで行くと、門番は慣れたようにヨルダンを見て中に入れてくれた。
御用使いの詰所でヨルダンが用向きを記入していると、女官たちが後ろに立つロッテを見てコソコソと話し合っていた。
「あの……フロリス……小公子さまと存じ上げますが……ご一緒に行かれるのでございますか?」
「本当に小公子さまも?」
女官二人がおずおずと尋ねた。
まさか、信じられないという顔付きだ。
「右手の御用口は南の大公家の者以外は誰も近付かない場所でございます」
「危険でございますわ」
それを聞いてヨルダンが「フン!」と鼻をならした。
「オレみたいな町人騎士はどうでもいいけどねってか」
女官たちはバツが悪そうに顔を歪めた。
「ヨルダン様は、いつでも通すようにと言い付かっておりますから」
「そういうお役目なんでございましょう」
「はっ。うっかり死ぬことがあってもどうでもいいお役目ってか」
「そ、そうは言っておりません」
「ですがフロリスさまは……さすがに……」
ヨルダンは口端を歪めてロッテに振り返った。
「だってよ。あんたとオレの命じゃ、ずいぶん差があるらしい。どうする? やめておくならオレ一人で行くが」
「いや、一人じゃ危険だよ。私も行く」
ヨルダンは勝ち誇ったように女官たちを見た。
「だってよ。オレが無理強いしてるわけじゃない。ご本人様がご希望なんだ。上に言いつけるなよ。フロリスが罰を受けることになるからな」
女官たちはヨルダンに嫌な顔をしながらも、仕方なく二人を通した。
御用使いの詰所には出口が三つあった。
真ん中に広い両開きの扉があり、その左右に半円を描くように通路があって、一番端が左右の御用口になっている。
カタリーナ様の正妃の塔の警備には、真ん中の広い扉を通りぬける。
正妃の塔の左右の側室塔に行く場合も、真ん中の扉だ。
ここは厳重な警備が敷かれ、何度も身元のチェックが入る。
左の御用口はその他の側室や子供たちの住まいにつながっていて、カタリーナ様も今までここにお住まいだった。現在の後宮で一番人口の多い場所だ。
ただし今日から女官や侍女の多くがカタリーナ様と共に正妃の塔に移り、人数は半々ぐらいになったはずだ。
そして右側の御用口。
ここは王太后さまの紫の塔に行くためだけの扉だ。
ドアを開けると紫の塔の周辺の森まで、遮る物もない芝生の広場がどこまでも続いている。
距離はかなりあるが、隠れる場所もなく、塔の方に歩いていけば丸見えだった。
「こんなのどうやって見つからないように行くんですか?」
ロッテは急に不安になった。
この無謀な男なら、平然と歩いて行きそうだ。
「そこに見張りの詰所があるだろう」
ヨルダンは先に立って歩き出した。
確かに御用口のすぐそばに円形の小さな建物がある。
上半分が窓になっていて、見張りの兵士が数人立っていた。
中に入ると、二人の近衛騎士を見て兵士たちが慌てて敬礼した。
「ヨルダン様。お疲れ様でございます」
そして見慣れたヨルダンの後に続く美しい騎士に気付くと、兵士たちはすぐに戸惑いの表情を浮かべた。
「あの……そちらの方は……」
「フロリスだ。今日は私も一緒に行く」
ロッテの言葉に兵士たちが驚愕の表情を浮かべた。
「フ、フロリス様……まさか……西大公家の……」
「小公子さま……」
あわてて兵士たちがひざをついて拝礼の姿勢になった。
一介の兵士がこれほど間近に見かけることなど滅多にない相手だった。
「はっ。あんたといると自分が虫けらみたいな存在だってよく分かるな。これでも町人たちには、若くして近衛騎士になった英雄だって神のように崇められてるんだがな。しょせん町人上がりじゃここ止まりだからな。血筋のいい方にはかなわないってな」
ヨルダンが投げやりに言いながら詰所の床にかがんだ。
そして床石の一つに懐から取り出した金属の留め金のようなものを引っかけて持ち上げた。
するとそこには……。
「な!」
人ひとりが通るぐらいの階段が、地中深くにつながっていた。
次話タイトルは「秘密の通路」です




