26、ステファンの異変
「夕食をうちで食べて行くといいよ、ステファン」
ロッテ達は結局、ドレスを脱いでそのままパーティーを辞した。
フロリスの体調が悪くなった事を理由に帰る事にした。
これ以上の長居は危険だと思った。
あまりに軽はずみに女装などをしてしまった。
パーティーの参加者の中には、フロリスの性別を怪しんだ者もいるかもしれない。
そして何より……。
着替えた後も口数の少ないステファンが不安を募らせる。
(バレたの? でも、どうして何も聞かないの?)
フロリスの体調を心配しながら馬舎まで見送ってくれたイザークと違って、ステファンは明らかに様子がおかしい。
フロリスの別邸に着いて、自分の着てきた服に着替えたステファンを夕食に誘った。
しかし、ステファンは……。
「いや、今日は帰るよ。ありがとう、フロリス」
なぜか、あれから目を合わせてくれない。
避けるように言って、言葉少なく帰って行った。
◇
「どうしよう、アン、セバスチャン。
きっとステファンは何かに気付いたんだ」
父ウィレムへの報告を済ませ、やはり「バカものがっ!」と怒鳴られたものの、殴られるほどでもなく自室に戻ってから、ロッテは2人の従者に泣きついた。
ウィレムにはもちろんステファンの事は話していない。
そんな事を話したら、2・3発は殴られるに違いない。
下手をすると、秘密を知ったステファンを暗殺しようとさえするかもしれない。
父には絶対に話せない。
「私がすぐにお側に行っていれば、こんな事にならなかったのに。
申し訳ございません」
「まったくよ! セバスチャンったら肝心な時に何してたのよ!
ああ、やっぱり私もついて行くべきでしたわ」
落ち込むセバスチャンに、アンは容赦がない。
「いや、私があまりに不注意だった。
セバスチャンのせいじゃないよ」
「でも胸の布を見たぐらいで気付きますかね?
考え過ぎじゃないですか?」
「ステファンは医術の心得があるんだ。
それに博識ゆえか、とても勘のいい所がある」
「もし女だと気付いたとして、ステファン様はどうするおつもりでしょうか?
みんなに言いふらすような方ですの?」
「いや、ステファンはそんな男ではないけど……」
ないけど、きっと失望はしたんだろうと思った。
少しも目を合わさない態度といい、自分を避けてるような感じだった。
女のくせに男のフリをして友人ぶっているロッテを軽蔑したような……。
そんな感じに見えた。
それが、ショックだった。
ステファンとはいい友人になれると思っていたのに……。
やはりどれほどロッテが男のつもりでいても、事実は変えられない。
自分はどこまで行っても、どれほど努力しても、やはり女なのだ。
それを思い知らされた1日だった。
「やはり女の私がフロリスの身代わりなど……しょせん無理だったんだ」
「ロッテ様……」
アンとセバスチャンは、落ち込むロッテにかける言葉も見つからなかった。
「これ以上大事になる前に、病が悪化したと言って領地に帰るべきじゃないだろうか」
その思いがどんどん強くなる。
でも……。
そうしたら、もう2度とシエル様にお会いする事もないだろう。
それが悲しかった。
そして、王様に告げられた言葉も……。
『シエルとこの国を魔女から守ってくれ』
他でもない自分に告げられたその言葉は、かけがえのないお役目のように思っていた。
王様の期待に応えたい。
シエル様をお守りしたい。
そのためなら国中を騙す大嘘もつこう。
そう思っていた。
でもこの僅かな期間でも、これほどの危機を招き、綻びを見せている。
この先、男のフロリスに成りきれる自信がなかった。
◇
結論の出ないまま、翌日ロッテは出仕して、今日から図書房勤務を命じられた。
王国中の書物をすべて集めた図書館のような建物だ。
ロッテはそこの司書のさらに見習いとして勤める事になった。
王様は本当に王宮内のあらゆる部署を経験させようとしているようだった。
ロッテは複雑な気持ちで辞令を受け取った。
期待されるのはとても嬉しい。
しかしまた、みんなを欺いている自分が受けていいのだろうかとも思う。
そして図書房にはたしか……。
「あれ? フロリス! どうしてここにいるの?」
テオの明るい声が迎えてくれた。
「今日から図書房の見習いになった。よろしくね、テオ。
それから……ステファン……」
ステファンはすでに見習いではなく司書として勤めていた。
「……。よろしく、フロリス……」
ステファンは少し複雑な表情で、そっけなく答えると分厚い書物を抱えて行ってしまった。
やっぱり様子がおかしい。
「あれ? どうしたの? ステファンと喧嘩でもしたの?」
テオが気付くぐらいだから、明らかにおかしい。
「そ、そんな事ないよ。テオ、見習いの仕事を教えてくれる?」
ロッテはなんでもないような顔でテオの気をそらした。
「うん、いいよ。朝は昨日要望があった本を各部署に届けるんだ。
この板書に書かれた本を集めるんだよ」
何十も重ねられた板書にそれぞれ要望の本の題名が書かれている。
見習いの少年達がそれを手に本棚を探しに回る。
「ついて行ってもいい?」
「うん、もちろん!」
テオはちょっと得意げにトコトコと膨大な本棚の並ぶ部屋に入っていく。
「うわあ、凄いたくさんの本だね」
どの部屋も天井まで本で埋まっている。
「うん。専門ごとに部屋が別れてるんだよ。
この板書は17騎士様の書かれたものだから、剣術の本棚がある部屋に行くとほとんど揃うんだ。ここに題名の並び順でまとめたカードがあるから、ここから本棚の番号を探してね」
「へえ、凄いね。剣術の書物だけでもこんなにあるんだ」
「うん。王国のすべての本が揃ってるからね」
「えーっと、『兵法12の実践』と……へ……へ……うわあこんなにあるんだ」
ひたすら感心しているロッテにテオが尋ねた。
「そういえば、昨日はイザークのパーティーで女装したんでしょ?」
「ど、どうしてそれを? ステファンが言ったの?」
ロッテはドキリとあわてた。
「朝からその噂でもちきりだよ。
ステファンも本を借りにきた近衛騎士様に声をかけられてたし」
「そ、そうなの?」
「僕も行きたかったなあ。
フロリスとステファンの女装なんて滅多に見られないだろうし」
「滅多にというか、もうやらないよ」
次にドレスを着る時は、ホーラントの屋敷に帰ってロッテに戻った時だ。
そして、それはもう遠くない未来のような気がしていた。
「えーっ、なんでだよ。すごい似合ってたって話題になってるのに。
年配の騎士様達もパーティーに行けば良かったって悔やんでおられたよ」
「そ、そんなに話題になってるの? ど、どんな風に?」
まさか女だとバレてるのでは? と青ざめる。
「ああ、そうそう。フロリスには妹姫がいるんだってね。
その姫君の事が一番話題になってるよ」
「えっ?! どうして私の妹の事が?」
「フロリスにそっくりな姫なんでしょ?
その姫君を一目見たいって。
名だたる貴族は、さっそく縁談の申し出を画策してるって聞いたよ」
「え、縁談? だって妹は私と同じ12才だよ?」
「12才で婚約する姫君なんてたくさんいるよ?
女子はもう社交界にも出られるわけだし」
「そ、それはそうだけど……、妹は……その……とっても人見知りだし」
「そうなの? ステファンもフロリスの妹の事を聞いて回ってたよ。
もしかしてステファンも縁談を申し出るつもりかなあ?」
「えっ? ステファンが? まさか!」
そうだ。
ステファンが縁談を申し出るはずがない。
だとすれば……。
(やっぱり私がロッテだと気付いている?)
次話タイトルは「夢の終わり」です