25、ステファンにバレる?
「それにしても女装が似合うな」
「早く近衛騎士に昇進しろよ」
「汗くさい野郎ばかりでうんざりなんだ」
「綺麗な男が1人でもいれば宿舎も華やぐしな」
挨拶を終えたフロリス達の周りには、ルドルフの友人の近衛騎士達がわらわらと集まってきた。
気さくな連中のようだが、酒も入って少しくだけ過ぎている。
案の定、がっつり肩を組んでくる騎士もいた。
そういうのに限って、熊のような大男だ。
ロッテは悲鳴を上げそうなほど驚いた。
今までこれほど馴れ馴れしく男に触られた事などなかった。
屋敷の人々は小公子に対して服従の姿勢だったし、アカデミーの連中は西大公の子息という事で紳士的に接してくれた。
そもそもがっつり酒の出る集まりに出た事などなかった。
本物の姫君達には紳士的に接する騎士達も、女装のフロリスには無礼講だと思っている。
頼りないドレス姿で肩を組まれるロッテは、急に男達が恐ろしくなった。
なにしろ中身は本当の女なのだ。
男装でいるからこその安心感が、普段の自分を守っていたのだと実感した。
(本当の男なら、こんな恐怖を感じる事もなかったのに……)
みんな悪気はない。
弟分のように可愛がるつもりで馴れ馴れしくしているだけだ。
でも抗えないような力で肩を組まれる事が、女のロッテには恐怖なのだ。
軽く受け流せばいいと思うのに本能が拒絶してしまう。
(私がどれほど望もうとも、本物の男になる事など出来ない……)
急に自分が大それた嘘で人々を騙しているのだと突きつけられた気がした。
頭がくらくらする。
男達の酒臭い匂いに酔いそうだ。
いや、ぎゅうぎゅうに締め付けた胸の布が苦しいのかもしれない。
どうしよう。
こんな所で気を失ったらそれこそ女だとバレてしまう。
青ざめた顔に冷や汗がたらりと垂れる。
「ぶふぇっくしょいっ!!」
そして突然背に浴びせられたくしゃみに飛び跳ねそうなほど驚いた。
「うわっ! 汚ねーな、イザーク。
唾が飛び散ったぞ」
大男は、ロッテの肩に乗せていた腕を離して唾を振り払っている。
「あ、すみません。
慣れないドレスで背中がスースーするんですよ」
「僕も締め付けた腰が苦しくて、ちょっと……」
ステファンがふらりとロッテの空いた肩にもたれ掛かった。
「もう限界です。
服を着替えていいですか?」
イザークが続けて申し出る。
「え――っ。なんだよもう着替えるのか?」
「じゃあフロリスだけはこのままでいてくれよ」
「そうだ、そうだ。お前らは着替えていいよ」
「何言ってんですか。
フロリスが一番顔色が悪くなってんのに」
「フロリスは幼い頃から病弱だったんです。
病がぶり返したら、私がウィレム大公様に叱られます」
ステファンがウィレム大公の名を出したので、さすがに騎士達は口ごもった。
その様子を見て、ステファンはフロリスの肩を抱いて足早に歩き出した。
「では、失礼します」
「ごきげんよう、みなさま」
イザークがふざけてドレスをがっつり掴んで小首を傾げる。
「うがーっ! 気持ちわりいぞ!」
「やめろおお!
お前じゃなくてフロリスの挨拶が見たい」
「そうだぞ、とっとと引っ込め、イザーク」
イザークが騎士達を引き止めている内に、ステファンが庭園の入り口までロッテを連れ去った。
そして、そのままドアを出て行った。
その様子をワインを片手にシエルがずっと目で追っていた。
「ジロジロ見過ぎですよ、シエル様」
アベルがこそっとシエルをたしなめる。
「ここにフアナ姫がいたら、フロリスは間違いなく即死でしたね」
茶化すように続けた。
「ふん! 男じゃないか。
男すらも見惚れたらダメだと言うのか?」
シエルは珍しく、少し酔っていた。
「その男に目を奪われ過ぎだと言ってるんですよ、気持ち悪い」
「男という生き物は、無垢な美しさに憧れるものなんだよ。
それが男でも女でも関係ない」
「本気で男色にはしるつもりじゃないでしょうね。
よして下さいよ。気持ち悪い」
「どうせ私は生涯女を愛する事など出来ないのだ。
目の保養ぐらいは許してくれてもいいだろう」
「やれやれ。フロリスは少し美し過ぎますね。
死なせたくなかったら、側に置かぬ事をお勧めしますよ」
◇
「大丈夫? フロリス」
ステファンは元の控えの間に戻ると、そのままフロリスをソファに横たえてくれた。
「顔色が悪いよ。
倒れるんじゃないかとひやひやした」
どうやら、様子のおかしいロッテを気遣ってイザークと連携プレーで助けてくれたらしい。
「ありがとう、ステファン。助かった……」
実際、あともう少しあの場にいたら、また貧血で倒れていたかもしれない。
「やっぱり君って少し体が弱いんだね。
この間も貧血を起こしたし……」
「いや、それは……」
おそらく締め付けた胸の布と、女性になる体の変化のせいだろう。
「僕は少しなら医術の心得があるんだ。
こういう時はまず衣類を緩めるのがいい」
そう言ってステファンはフロリスのドレスに手をかけた。
「ま、待って、ステファン。
自分で出来るから」
ロッテは慌ててステファンの手を掴んだ。
「肌を触られるのが嫌いなんだっけ?
大丈夫、首のレースをはずすだけだよ。
これが喉を締め付けてるんだと思うよ。
いくら細身のフロリスといえども、女性とは首の太さが違うだろうからね」
言いながらステファンは手際よく首のボタンを外す。
「ま、待って! 大丈夫だから……」
ステファンの手を払いのけようとして、逆にビリッとレースを破いてしまった。
「あっ!」
フロリスは慌てて両手で胸元を隠した。
「……」
ステファンの目が一瞬、見開いた……気がする。
(見られた? 慌てて隠したつもりだけど胸に巻いた布は見えたかもしれない。
どう思った? 何か言い訳を……)
「む、胸に詰め物をしようと思ったんだけど、布を巻いただけで忘れてたんだ」
却って言い訳くさ過ぎて怪しくなったかもしれない。
「……」
ステファンは無言のままロッテを見つめている。
(バレた?)
その時、動揺するロッテと無言のステファンに明るい声が降りかかる。
「フロリスは大丈夫だったか?」
騎士達を足止めしていたイザークがドアを開け、入ってきた。
「どうした? 具合が悪いのか?」
ソファに駆け寄るイザークを見て、ステファンがすっと立ち上がった。
「いや、レースを緩めたから少し楽になったみたいだよ」
ステファンは、顔を伏せてロッテから離れた。
「でもまだ顔色が悪いな」
イザークがフロリスの顔を覗きこむ。
「う、うん。ちょっとドレスを着替えてくるよ。
助けてくれてありがとう、イザーク」
ロッテはそそくさと着替え室の1つに逃げ込んだ。
「僕も着替えるよ」
ステファンも言って、別の着替え室に入って行った。
「え? じゃあ俺も着替えるよ」
イザークは様子のおかしい2人に首を傾げながら、その場でドレスを脱ぐ。
そして……。
着替え室に入ったステファンは……。
驚愕の表情で口を押さえていた。
(まさか……)
次話タイトルは「ステファンの異変」です




