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24、フロリス姫

「まずは我が弟、イザーク! 入れ!」


 ルドルフが告げると、両開きのドアが開き、真っ赤なドレスを着た大柄の女がぎこちなく歩いてくる。

 途端に庭園が笑いに包まれた。

「似合ってるぞ! イザーク」

「しゃんと顔を前に向けて歩け!」

「見事な筋肉っぷりだぞ!」

 周りから愛情深いヤジが飛ぶ。

 イザークはルドルフの友人達からも可愛がられていた。


 そして来賓席のシエルの前まで来ると、教えてもらった通りにドレスの両端をごっそり掴んでレディの挨拶をした。

「イザーク・フォン・デル・ヘルレでございます。

 と、特技は乗馬と剣術でございます」


 情けない顔で挨拶をするイザークに、シエルも思わず笑いがこぼれた。


「ははっ! つい先日挨拶を受けた時とは装いも新たな再開だな。

 なかなか新鮮な驚きだ。

 よく覚えておこう、イザーク。

 今日はパーティーを存分に楽しむ事を許可する」


「あ、ありがとうございます」

 イザークはしずしずと端に下がった。


「次はステファン、入れ!」

 両開きのドアが開かれ、今度はピンクのドレスのステファンが入ってくる。


「おお! 結構可愛いぞ!」

「イザークより全然いいぞ!」

「ピンクが似合ってるよ!」

 やはりヤジが飛ぶ。


 そしてステファンもシエルの前でドレスをつまんで挨拶をする。

「ス、ステファン・フォン・デル・ミデルブルフでございます。

 初めてお目にかかります。

 趣味は薬草と医術の研究でございます」


「ほう、薬草と医術を研究しているのか。面白い。

 ミデルブルフの辺境伯か。

 ステファン、覚えたぞ。

 パーティーの参加を許可する」


「ありがとうございます!」

 思わず右手を胸に当て、騎士の挨拶を返してどっと笑いが起こった。


「では最後に本日の目玉。

 今話題の小公子、フロリス入れ!」

 ルドルフが告げると、ざわざわとみんなが騒ぎ出した。


「え? あの西大公家の?」

「稀に見る美少年という噂だったが……」

「王様直々の要請で宮仕えになったという?」

「出仕4日で自宅謹慎になったと聞いたが……」


 みなそれぞれに何かしらの情報を持っているらしい。


 そして……。


「フロリス?」

 シエルもまた、驚いて身を乗り出した。


「そなたの弟と……、そういえば前も一緒だったな。

 そうか。フロリスと仲がいいのか」

 

 ルドルフはサプライズのつもりで、フロリスがいる事はシエルにも知らせてなかった。

「はい。弟イザークはフロリスと非常に仲良くさせて頂いております」


 一方的にだが……とは心の中でだけ呟いた。


 やがて……。


 両開きのドアが開く。


 鮮やかなブルーのドレスが現れ……。


「!!!」


 ざわざわとしていた庭園が一瞬でシンと静まった。


 金の巻き毛を背に揺らし、力強い青の瞳で前を見据える。

 華やかなブルーのドレスに反射するような澄んだブルーの瞳。

 あどけなさを残した少女のような透明感。


 決して華美に着飾ってはいないが、その凛とした美しさに目を奪われる。


 ゆっくりとシエルの元へ向かうロッテに、さっきまでのようなヤジは飛ばなかった。


「あ、あれが西大公家の小公子……」

「噂には聞いていたが、これほどの美少年とは……」

「姫君でも充分通用する……いや、稀に見る美姫だ……」


 みんな息を呑んで目の前を通り過ぎるロッテを見送っている。


 ロッテはシエルの前まで来ると、自分を見下ろす黒い瞳を見つめた。

 まさか女姿でシエルの前に立つ事がもう1度あるとは思ってなかった。

 きっとこれが最後になるだろう。


 そう思うと、ぎこちない演出など出来ないと思った。

 この方には、きちんと淑女の挨拶で向き合いたい。


 ロッテはドレスをつまみ、完璧な作法で挨拶をした。


「フロリス・フォン・デル・ホーラントでございます。

 幼い頃の夢は世界中を船で旅する大商人になる事でございました」


 ロッテの自分がいつも抱いていた夢。

 今だけロッテに戻って嘘のない自分でいたかった。


「フロリス……か……」


 シエルは驚いたようにロッテを見つめていた。


「これはシエル様も言葉をなくすほど見事な美姫に化けたものだ。

 これほど女装の似合う男も珍しい。

 驚きましたね、シエル様」

 ルドルフがフォローするように言葉を挟む。


「あ、ああ……。

 いや、あまりに美しくて見惚れてしまった。

 男色の趣味は無かったはずだが、自信が無くなってきたぞ」


 シエルが言うと、どっと庭園から笑いがもれた。


「まったくです。

 ここにいる野郎どもにも良からぬ思いを抱いた者がいるでしょう。

 フロリス、言い寄ってくる男に気をつけろ。

 特に我が弟イザークなどは要注意だ」


「だっ!! 

 な、何を言い出すんですか!

 兄上っ!!!」


 突然名指しされて、イザークが真っ赤になって叫んだ。

 再び笑いが巻き起こり、庭園がなごむ。

 ルドルフのホスト役は見事だった。


「そなたの夢は大商人の船乗りであったか……。

 私も幼い頃、そんな夢を持っていた時代もあったな。

 パーティーの参加を許可する、フロリス。

 だが、良からぬ男どもに気をつけるようにな」


 再び笑いが巻き起こる。


「ありがとうございます」


 頭を下げて立ち去ろうとするロッテに、シエルがもう1度声をかけた。


「そなたには……」

「え?」


 ロッテは振り返った。


「いや、確か……そっくりな妹がいたな……。

 名前は確か……」


 ロッテはドキリと心臓が跳ねた。


(まさか気付いたんじゃ……)

 女とバレないようにするつもりが、ついシエル様を前にしてありのままのロッテに成り過ぎた。青ざめたままシエルを見つめる。


「ロッテ……」


 シエルの口から自分の名前が出て驚いた。


(私を覚えていて下さったんだ……)


 いや、今はそんな事を喜んでいる場合ではない。


(まさかロッテだとバレた?)

 心臓が早鐘を打つ。


 こんな所でバレてしまったら、すべて終わりだ。

 フロリスとロッテの未来ばかりか西大公家の未来さえも……。


 しかし、シエルは続けた。

「ロッテは……元気にしているか?

 快活で気持ちのいい姫であったな」


(バレてなかった……)

 ロッテはほっと胸を撫で下ろした。


 考えてみれば、そこまで疑われるはずもなかった。


「は、はい。ホーラントの領地で静かに暮らしております」


「そうか……」

 シエルは何かを言いかけたように思えたが、思い直したように「今日はパーティーを存分に楽しむがいい」とだけ言って、ロッテを解放した。



次話タイトルは「ステファンにバレる?」です

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