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13、シエルの思惑


「バカものがっ!!」


 ホーラント家の自室に戻ったロッテは、王宮で謹慎処分を知った父に、帰るなり殴られた。


 ガーゼの上を殴ったせいで、傷口が開きみるみる赤いシミが広がる。


「ロッ……フロリス様!!」

 セバスチャンとアンが床に倒れこんだロッテに駆け寄った。


「あれほど注意せよと申したのに、出仕4日で謹慎処分とは何事だ!

 しかもオットーの息子と一緒だったと言うではないか!」


「も、申し訳ございません」

 ロッテは頬を押さえながら、父の前にひざまずいた。


「やはり女のお前になど宮仕えは無理だったのじゃ!

 王宮ではすっかり笑い者だ。とんだ恥をかいたわ!!」


 父ウィレムはうまくいっている時はロッテに優しいが、何か問題があるとすぐに女だからと責め立てた。

 滅多に粗相をしないロッテだったが、今回ばかりは弁解のしようもない。


「あの温厚なシエル様が謹慎を言い渡すなど余程の事じゃ。

 それに一緒にいたオットーのバカ息子は何の沙汰もなく、なぜお前だけ謹慎なのじゃ。

 お前はもう王宮に未来はないと思え!

 いや、お前のせいでフロリスの前途も閉ざされたのじゃ!

 この愚か者め!」


「申し訳ございません……。

 これから必ず挽回を……」


「うるさいっ!! 聞きたくないわっ!!」

 ウィレムはひざまずくロッテを思い切り蹴飛ばして部屋を出て行った。



「ロッテ様、大丈夫でございますか?」

 セバスチャンとアンはウィレムが出て行くと、蹴られた腰を押さえるロッテをソファに横たえた。

「何があったのでございますか?

 なぜ謹慎など……」


「私にもよく分からないんだ。

 ただ粗相があったとすれば、シエル様に再会できたのが嬉しくて、お顔を見つめてしまった事ぐらいで……」


「ではその頬の傷は?」


「これは……アベル様がうっかり傷つけた事になっているが、私には信じられない。

 不思議な話だが、フアナ姫に睨まれて切れたとしか思えない……」


「フアナ姫……。王太后様の養女の姫ですね」

 セバスチャンが深刻な顔で考え込んだ。


「知ってるのか?」


「私は現王の17騎士として仕えていた頃、王太后様も存じておりました。

 あの方も何か気に入らない事があると、花瓶が弾けたり、女官の肌がぱっくり開いたりしました。

 気味の悪い方でございました」

 

「手も触れずに?」


「はい。おそらくその気になれば息の根も止められるのではないかと……。

 これは私の勝手な憶測ですが……」


「息の根も……」

 自分を見つめる冷酷で無慈悲な瞳を思い出す。


「でもなぜ?

 シエル様を見つめる私が気に入らなかったのか?

 まさか、それだけで?」


「充分ありえます。

 王太后様もそれは嫉妬深い方でございました」


「嫉妬? だって私は男だと思われているのに?」


「本能的に何か勘付いていたのかもしれません。

 ロッテ様、今後決してフアナ姫に近付かないようにして下さいませ」


「近付くどころか、私は謹慎から免職されてしまうかもしれない……」

 ロッテは頬の痛みより、父に蹴られた腰の痛みよりも、それが悲しかった。


 夢にまで見たシエルとの再会は、あまりに最悪で救いようのないものだった。

 冷たく謹慎を言い渡したシエルの顔が忘れられない。


「それに……シエル様は、私の事など全然覚えておられなかったんだ……」

 昨日まで期待に溢れていたというのに、今は絶望しかなかった。


 いつも前向きで明るいロッテも、さすがに希望が見えなくなっていた。


「イザーク様のせいですわ」


「え?」

 

「イザーク様と一緒にいると毎回トラブルに巻き込まれてしまいます。

 あの方は疫病神なのですわ!

 そう! ロッテ様は悪くありません!

 すべてヘルレ家の悪たれ息子のせいです!

 いいえ、今回の事も彼の策略だったのですわ!」


 アンは責任転嫁してロッテの気持ちを少しでも軽くしたかったのかもしれない。

 いや、深窓の姫に酒を飲ませた事を、アンは今も昨日の事のように腹を立てていた。


「謹慎が解けたら、二度とイザーク様に近付いてはなりません!

 無視して下さいませね、ロッテ様!

 ああ、腹立たしいったらないわ!」


 アンがあまりに怒るものだから、ロッテは少し冷静になれた。


「うん。もし公務に戻れたら、もうイザークには近付かないよ」

 ロッテもその方がいいように思えた。

 


 ◇◇



「かわいそうな事をした……」


 オレンジハウスの王太子の部屋では、シエルが何度目か分からない後悔の呟きをもらしていた。


「もう、いいかげんにして下さいよ、シエル様!

 あの場面では謹慎処分にするしかなかったでしょう。

 罰を与えねば、もっと酷い怪我を負わされてたかもしれない」


 側近アベルは、幼い頃から一緒に過ごしてきた付き合いの長さもあるが、それ以上に、誰に対してもこびを売らない性格から、シエルにもズケズケ物を言う。

 下手をすればその場で切り捨てられても仕方のないような事も平気で言う。

 自分の命にすら執着がなかった。


 そしてシエルは、そんな刹那的にも感じるアベルの欲の無さが気に入っていた。


 自分の立場を守るための言葉など決して口にしない。

 この男は我儘わがままに見えて、昔から気に入った相手のためにしか行動しない男だった。

 そして今のところ、シエルのためだけに生きているような男だったのだ。


「だいたい見つめられたからって、見つめ返すからあんな事になったんですよ。

 蜜月みつげつの恋人同士じゃあるまいし」


「だがあの少年の瞳には、何か強い引力のようなものを感じるんだ。

 前に会った時も同じように感じた」


「運命の恋人のような言い方はやめて下さい。

 気持ち悪い」


「そうは言うが、私はずっと彼に会うのを楽しみにしてたんだ。

 前に交わした約束の答えを……どんな答えを見つけたのか……。

 本当はすぐにでも聞いてみたかった」


「完全にアウトですね。

 あの場でそんな事を言ってたら、確実にフロリスは息の根を止められてましたよ」


「分かってる。

 だから知らんふりをしたじゃないか。

 そもそもお前が覗きぐらいで取っ捕まえるからあんな事になったんだ」


「不審者を見つけた私のせいですか?

 やってられませんね」


「そう怒るな。

 しかしそれにしても出仕4日で謹慎処分はかわいそうだった。

 気性の激しいウィレム公のことだ。

 きっとひどく怒られているに違いない」


「王太子がたかが12才の小公子1人をそこまで気遣わなくてもいいですよ。

 何故そうまであの少年を気に入ってるのか分かりませんが。

 まさか男色に目覚めたとかじゃないでしょうね。

 おそらく王宮でも1・2を争う美少年でしょうけど」


「女嫌いのお前と四六時中一緒にいても、さすがに男色には興味がない。

 ただ私は私の意見を闇雲に盲信する連中には飽き飽きしてるんだ。

 たとえ対極の考えであったとしても、自分で考える人間が側に欲しい」


「はん。10才の子供の戯言ですよ。

 本人ももう忘れてるんじゃないですか?」


「お前は怖いのだろう。

 同じように私に意見する人間が現れる事が」


「たかが12才のガキが怖いわけがないでしょう」


「お前はもう気付いているはずだぞ、アベル。

 フロリスは、おそらく私ではなく、お前の対極にいるのだと……」


次話タイトルは「フロールの泉で待つ人」です

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