12、婚約者、フアナ姫
「覗き見のバカを二人捕らえました」
アベルに引っ立てられて、ロッテとイザークはシエルの前に連れて来られた。
跪く二人の前にはベンチに座ったフアナ姫と、その横に立つシエルがいる。
「覗き見?」
シエルは愉快そうにロッテ達を見下ろした。
(夢にまで見た再会がこんな最悪な状態でなんて……)
ロッテはショックでこの場から逃げ出したかった。
「どうしましょう。
この場で切り捨てる事も出来ますが」
アベルが言うと冗談に聞こえない。
実際命じられたら平気で切り捨てそうだ。
「レディの前でよさないか、アベル。
すみません、フアナ姫。
気性の荒い側近でして」
シエルが気遣うようにフアナに声をかけている。
「いいえ。されどシエル様に害成す者かもしれません。
よくお調べになって相応の罰を与えるべきかと思いますわ」
フアナ姫は軽やかな高い声で、顔色一つ変えず非情な事を告げる。
「……。なるほど、確かに。
ではまず、そなたら名を申せ」
シエルはロッテ達に命じた。
「馬番頭のイザーク・フォン・デル・ヘルレでございます。
王様の馬を走らせていて、偶然ここにいました。
決して覗き見などするつもりはございませんでした」
「馬番のフロリス・フォン・デル・ホーラントでございます。
同じく馬を走らせて偶然お見かけしました。
どうか寛大な処置をお願い致します」
ロッテはシエル王太子が自分の事を覚えているのではないかと期待していた。
(もしかしてあの約束の事を問われるだろうか)
しかしロッテの予想は綺麗に裏切られた。
「東大公の息子と西大公の息子か。
これはまた大きな獲物を捕らえてきたな、アベル」
ヘルレとホーラントの名前だけに反応した。
(私の事など覚えておられなかった……)
それは何よりショックな事だった。
ずっとずっと、あの約束にどう答えようかと考え続けてきたというのに、当の本人は約束自体を覚えてなかったのだ。
「大公の息子だからと言って許されると思うなよ」
アベルは二人の頬に剣の切っ先をひたひたと当てている。
「まあ待て、アベル。
この者達は未来、私の重要な側近になるやもしれぬ者達だ。
手荒な事はしたくない。
そなたらも充分に反省しているのだろう?」
「は、はい! 申し訳ございません。
馬番頭の私の不始末でございます」
イザークは拝礼の姿勢のまま、更に頭を深く下げた。
「も、申し訳ございません」
ロッテも同じく謝ったが、どうしてもシエル王太子から視線がはずせない。
引き込まれるように見つめてしまう。
「……」
そのシエルも呼応するようにロッテを見つめていた。
しかし次の瞬間、頬に激しい衝撃を感じた。
「!!?」
驚いて手をやると、ぬめりとした感触があった。
手が真っ赤に染まっている。
「な!?」
何が起こったのか分からない。
何も触れてないはずなのに、頬が薄く切れているようだ。
そして、凍りつくように冷たい視線を感じて、右前方を見上げた。
そこには恐ろしく冷ややかな目で自分を見下ろす、フアナ姫のオレンジの瞳があった。
「なんだ、うっかり剣の先で切ってしまったか……」
アベルが剣を鞘に戻して、ロッテの顔を覗きこんだ。
「いえ、そんなはずは……」
アベルの剣ではない。
痛みがはしった時には、剣は触れてもなかった。
あったのは、ただ……。
ただ、フアナ姫の冷たい視線だけ……。
「おい、誰か手当てをしろ」
シエルが他の側近に命じてロッテの頬には大きなガーゼが貼り付けられた。
「痛むか?」
シエルの顔がすぐ眼前まで近付いて手当ての様子を見ていた。
「い、いえ、大丈夫です」
「悪いな。本当に切るつもりじゃなかった。
許せよ、ぼうず」
アベルが珍しく謝ってくれた。
「は、はい。ですがアベル様のせいでは……」
しかし、言いかけたロッテのアゴをアベルにぐいっと掴まれた。
「俺がうっかり切ったんだ。
余計な事を言うな」
小声で耳打ちされた。
ロッテは驚きながらも、小さく肯いた。
「では、アベルの失態の侘びもかねて、今回は咎め無しとするか」
シエルがポンポンとロッテの頭を撫ぜた。
その手の感触が懐かしくて、嬉しくなる。
だが、そんなロッテに再び冷ややかな声が降り注いだ。
「甘いですわ、シエル様。
その者のシエル様への不躾な視線は、異常でございますわ。
自分の立場を分かってないのではなくて?
最初にきちんと思い知らせておかねば後々災いとなります」
「……」
ロッテとイザークは驚いてフアナ姫を見つめたが、シエル達は慣れたようにその言葉を受け止めていた。
そして……。
「フロリス、そなたには一週間の謹慎を命ずる」
ロッテはシエル直々に罰を言い渡された。
次話タイトルは「シエルの思惑」です




