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11、シエル王太子との再会


 王宮の中には、馬を運動させるのに丁度いい南の森があった。

 所々に木陰もあり、エサをついばむ草原も透き通った水飲み場もあった。


「……」


 美しい景色の中を馬で駆けながら、ロッテとイザークは無言だった。


(何か怒ってるんだろうか?

 でも怒るのは私の方じゃないか)


 他の人なら自分から人懐こく話しかけるロッテだったが、イザークには無言を返した。


 未婚の姫君にとって禁忌である酒を飲まされたのは、ロッテにとってはショックだった。


 もう淑女ではないのだと思った。


 望んでいた訳ではないが、深窓の姫君として嫁ぐ未来を閉ざされた気がしていた。

 むしろ男として生きる覚悟が出来たのかもしれないが、この男の策略で未来を閉ざされたのは理屈抜きに腹立たしかった。


 しばらく馬を走らせると、木々に囲まれた小さな泉が現れた。

 イザークは馬から降りると手綱をそばの木に繋いだ。


 仕方なくロッテも馬を降り、同じようにした。


 木立に隠れた小さな小さな泉だ。

 休憩するならもっと見晴らしのいい場所がありそうな気がした。


「女神フロールの泉……」


「え?」

 呟くように言うイザークに聞き返した。


「手ですくってみろ」


「?」

 ロッテは言われるままに、泉に近付いてそっと水をすくった。


「温かい!」

 泉の水は人肌より少し熱いぐらいの湯水だった。


「夜になると美しい女神フロールが月明かりの下で湯浴みをすると言われてる。

 金の髪に碧い瞳の……ちょうど君みたいな……」


「え?」


「いや、何でもない……」

 イザークは真っ赤になってうつむいた。


「ふーん、でも気持ちは分かるな。

 この温かい湯に浸かったら気持ちいいだろうな」


 湯水をすくうフロリスの横顔に、イザークはまたしても見惚れてしまっていた。

 

 この一年、美しい女がいると聞けば、どこにでも顔を出した。

 悪友と共に怪しげなサロンや飾り窓地区(花町)にも見に行った。


 だが、どんな美しい女を見ても、男のフロリスほど心奪われる事はなかった。

 身分のしっかりした女ならば違うのかとも思ったが、社交界のダンスパーティに行っても、やはりフロリスほどイザークの心を動かす女はいなかった。


(本当に女神フロールのように美しい……)


 想像が膨らんで美化しているのかと思ったりもしたが、先日久しぶりに会ってみて、やはりフロリスだけが特別なのだと再確認しただけだった。


(もう俺を許してはくれないだろうか……)


 この泉の伝説を聞いた時から、フロリスを連れて来たいと思っていた。

 そして、ここで女神フロールの力を借りて以前の事を謝ろうと思っていたのだ。


「あの……フロリス……」

 意を決してイザークは口を開いた。


「あっ! イザーク、あれを見て!」

 しかしイザークの言葉を遮るようにフロリスが叫んだ。


 木立の向こうにオレンジと黒の隊列が見えた。

 白い馬車も見える。


「シエル様だ」

 イザークが小声で叫んだ。


 一番見晴らしのいい丘の上で馬車を止めて黒地にオレンジのラインが入った衣装の騎士が四方に別れて配置についている。


「黒地にオレンジはシエル様の側近の色なんだ。

 王になられた時には17騎士の制服になるだろう。

 カッコいいなあ……」


 そういえば王様の側近は緑地にオレンジだった。

 それで見分けがつくようになっているらしい。


(私もいつかあの衣装を着てみたい……)

 この年頃の少年にとって一番憧れる制服だった。


 馬車の入り口には見覚えのある顔があった。

「アベル様だ」


 前に会った時と時間を飛び越えたようにそのままのアベル騎士がいた。

 相変わらず目付きが悪く、愛想のない表情を浮かべている。


 やがて馬車のドアが開いて、オレンジの衣装が現れた。


(シエル様……)

 ロッテはその姿に胸がいっぱいになった。


 出会った日から毎日毎日思い浮かべてきた姿。

 それは少しも色褪せる事なく、更に鮮やかになって再びロッテの心を釘付けにした。


 遠目にも艶やかで真っ直ぐな黒髪。

 馬車のステップを一つ一つ下りる動きの優雅さ。

 温かで涼しい黒闇の瞳。


 すべてが以前の記憶を一層麗しく書き換える。


 しかしすっかり心躍っていたロッテは、シエル王太子の後から出て来た人物に凍りついた。


 馬車のステップから手を差し伸べるシエルに、白く華奢な手が添えられる。

 そしてピンクのふわりとしたドレスが現れた。


 長い長い銀の髪に、燃えるようなオレンジの瞳。

 白い肌はガラス細工のように繊細ではかなげ。

 触ったら壊れてしまいそうな頼りなさがある姫。


 シエル王太子は、その妖精のような姫を大切そうにそっと地面に導いた。


「フアナ姫だ。シエル様の婚約者だ」

 イザークは自分の事などすっかり忘れてシエル王太子に羨望の眼差しを向けるフロリスに、妙な嫉妬心を感じて、言わなければと思った。


(なんて美しい方……)

 イザークの思惑通り、ロッテの喜びは急速にしぼんでいった。


 王太后の黒い噂があるとはいえ、あまりにお似合いの二人だった。


 手を引いて一番見晴らしのいい場所にベンチを置かせると、フアナ姫を座らせ優しげに話しかけている。

 それはどう見ても愛し合っている恋人同士だった。


「シエル様はフアナ姫を愛しておられるのだね……」

 ロッテはいつの間にか淋しげに呟いていた。

 実際ひどく淋しかった。

 なぜだかシエル様がとても遠く感じてしまった。


「君はまるで失恋したような顔をしているよ」

 イザークは先ほどからのフロリスの表情の変化を見て勝手にいらだっていた。


「失恋?」

 ロッテは驚いて聞き返した。


「そうだよ。まるでシエル様に恋してるみたいだ」


「バ、バカを言うな! 男同士だぞ!」

 ロッテは女だったが、心は男のつもりだった。

 恋などと考えた事もなかった。

 この気持ちは純粋に主君に憧れる気持ちだ。


「男色の男だって結構いるさ。

 君はもしかしてそっちの趣味か?」 


 謝るはずのイザークは、つい苛立って余計な事ばかり言ってしまう。


「は? 失礼だぞ! 

 私のシエル様への忠誠心を侮辱するのか!

 酒の次は男色の疑いで私を陥れるつもりか!」

 ロッテも動揺してつい本音が出た。


「なんだと? 君こそ俺を侮辱するのか!」


「事実だろう!

 平気で人を騙せるヤツなんて信用出来ない」


「へ、平気なんかじゃ……俺は……」


 言い合いになっているロッテとイザークの間に突如鋭い金属がにゅっと現れた。


「はいはい、お二人さん。

 こんな所で口喧嘩とはいい度胸だ」


「!!?」


 剣の先が二人を分断するように差し込まれていた。


「王太子様のデートを盗み見るなんざ、死罪に等しい。

 覚悟は出来ているだろうな、お前達」



「アベル様……」


 いつでも二人を切り刻める体勢でアベルが立っていた。


次話タイトルは「婚約者 フアナ姫」です

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