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Lost memory  作者: ぴかちゅう
第一章
12/15

勉強

 雨が降りしきる中2人は傘を差し一定の間隔を保ちながら歩を進める。

 2人の間に空いた約10メートルの距離。

 傍から見れば2人が同じ目的地まで一緒に帰っているということなど予想だに出来ないその距離を注意深い葉月の指示で作り出していた。

 そのまま歩き続けること30分。ようやく俺の家へと到着し葉月もそこで立ち止まる。

 「ここが蓮君の家?」

 そう言いながら16年間過ごしてきた我が家を下から上まで舐め繰り回すように見渡す葉月。

 「あぁ、そうだけど」

 制服のポケットから家の鍵を取り出し、慣れた手つきで玄関の鍵を開けながら答えた。

 「ふーん。なんか普通ね」

 お前は俺に何を求めているんだと思わせる言葉を無視しながらも家へと上がる。

 その際玄関には家族の靴が見受けられなかったので今この家には俺と葉月の二人だけということがわかった。

 だからといって変な気を起こすつもりは全くない……多分。

 「部屋片付けてくるからそこで待ってて」

 玄関で辺りをキョロキョロと見渡す葉月にそう言い残し先に部屋へと向かう。

 てか、さっきから謎の点検をしているのはなんなんだ。

 家の外観や玄関を観察するのは結構だが俺の部屋までされるとなると非常にマズイ。

 なんせ今俺の部屋は―――


 ガチャという音と共にドアが部屋の主の手によって開かれる 

 その向こうに広がる光景は散々なものだった。

 脱ぎ散らかした衣服。食い散らかしたスナック菓子の袋。飲んだらそのまま放置された空のペットボトルとコップが数個。何とその一つの中にはまだ飲みかけのジュースが入ってるではないか。飲んだら確実に腹を壊すこと間違いない。

 決定的だったのは男子高校生なら半数以上は持っているであろう例のブツだ。

 そのブツは十五夜が俺の好きそうな()達が多く載っているからと言ってくれたものだった。

 ベッドの下からこちらを覗き込んでいるブツ。まずはこいつから片付けることとしよう―――


 大急ぎで片付けとりあえずは人に見せられる状態となった部屋に葉月を招き入れる。

 「ずいぶん時間が掛かったわね、どれだけ散らかっていたのか見てあげたかったわ」

 そう言いながらもまたもやジロジロと辺りを見渡す葉月。

 見つかった瞬間にバッドエンドとなりゆる物は全て押入れにしまったのでこちらからしてみればさぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃいと言えるほど余裕である。

 まぁモデルハウスをやってるわけでもなし寄って見るほどの価値この部屋には無いんだけどな。

 「このゴミ箱、溢れそうなくらいティッシュがいっぱい捨ててあるけれど一体何に使ったのかしら?どんな理由であれもったいないと言えるのは確かね」

 急に現れたもったいない姉さんもとい葉月の言葉に度肝を抜かれた。

 「あーいや。この頃風邪気味で鼻をかむのに使ったんだよ。ほんとこの時期は雨が続いて風邪引きやすいんだよなー」

 凄まじい思考回路をフル回転させそれらしい嘘を吐くと「そう」と納得した葉月。

 まさかゴミ箱の中までチェックしてくるとは、危うくチェックメイトとなるところだった。

 これが男子だったら恐らく『あっ……察し』となっていただろう。

 しかし聞いてこない分まだマシだとは思う、対して女子は察するどころか必要以上に捨てられたティッシュの山を異様な光景としか見ることできずに、一体何に使ったんだと疑問を沸かせる。

 やがてその疑問と言う名の矢を口から放つと男子の心臓に見事的中。そして男子は突き刺さった矢を引き抜こうと冷や汗をかきながらも誤魔化さないといけなくなるのだ。

 回避不可の弓対決、理不尽極まりない。

 とにかくこの話を続けるのは危険なので話を変えることにした。

 「お茶とかお菓子持ってくるから先に勉強始めてて」

 因みに葉月は多分気づいていないと思うが先に勉強始めててという言葉には大人しくしてて、つまりは部屋のあちこちを当たるなよ。という意味も込められている―――


 お茶とお菓子を持って部屋へと戻ると幸いにも葉月は勉強をしていた。

 部屋のほぼ中央に置かれた四角い机の上に数学の教科書、並びにノートを広げ、着々と問題を解いていく葉月。そんな彼女の目の前にお茶をついだコップとお菓子の入った入れ物を置きやがて俺も勉強へと移った。

 とりあえず今回数学がヤバイので数学優先で勉強を開始する。

 が、一向に捗ることはなく30分間教科書と睨めっこを繰り広げていた。

 対して葉月はスラスラと問題を解き長くても1、2分で睨めっこに勝利する。

 これ以上考えても時間の無駄だし葉月に教えてもらおうかと思いもしたが、かなり集中しているようなのでどうしても話しかけづらい。

 俺は話しかけるタイミングを図りつつもその時は一向に訪れずついには眠りに入ってしまった。


 ***


 「んーっ、終わった。蓮君の方は……ってこのバカ寝ちゃってるじゃない」

 背を伸ばし完全に集中を解く私。

 どれどれと未だ白紙のノートを蓮君から取り上げため息をついた。

 「全然やってないし、分からないなら私に聞けばいいのに時間がもったいないわ」

 独り言をブツブツと吐きながらもまたもやもったいない姉さんに変身した私はシャーペンを手に取る。

 「なんで私がわざわざこんな奴のために解説を書いてあげないといけないのかしら」

 誰に頼まれたわけでもなく自らの意思で書き始めたというのにその行動に納得のいかない自分を不思議に思う。

 良心でも何か見返りを求めているわけでもなく今までに感じたことのない他の何かが体を操っている。

 でも、嫌とは思わなかった。気がつけば頬が緩んでいて胸がいつもよりほのかに温かい。

 そういえば前にもこの温かさを感じた気がする。たしか蓮君と一緒に生徒指導室で話した時。

 その日のことを思い出しながら目の前で片腕をまくらにし寝ている蓮君を眺めていると胸の奥で何かが騒ぎ出した。

 変な感じ、胸の辺りがムズムズして気持ち悪いわ。何かの病気だったりしないわよね。明日学校で友達にでも聞いてみようかしら。

 そう思いながらノートにビッシリと解説を書いていく。最後に雲のような吹き出しを作りその中に『分からない所があるならちゃんと聞くこと』と記してノートを閉じた。

 「もう19時かそろそろ帰らないと……このまま寝かせておいた方が良さそうね」

 帰る支度を済ませ立ち上がった私。

 その時、タンスの上に伏せてある写真立てを発見した。

 写真立てを手に取りその中の写真を見るとそこには笑顔でピースサインをする男の子が写っていた。

 小さい頃の蓮君かしら。今とは似つかないほど可愛いわね、それにしても昔この子と会ったことあるような……

 幼い頃の記憶を思い出すが覚えているのは男の子と会ったということだけでその相手が蓮だという確信に至るまでの手掛かりは皆無に等しかった。

 まぁいいかと写真立てを置き未だ起きる気配の無い蓮へと目を向ける。

 …………。置き手紙くらいは書いておこうかしら


 ***


 んー。今何時だ?

 俺はポケットの中からスマートフォンを取り出し電源ボタンを押した。

 うわっ、まぶしい。

 暗闇に包まれている部屋の中で発せられた四角の光に寝起きの目が眩む。

 12時……? か。

 半目になりながらもようやく現在の時刻を知り、寝る前に何をしていたかを思い出す。

 その時、目の前に教科書が広げられているのを発見し暗闇の中だというのに睨めっこ第二ラウンドのゴングが鳴る。

 確か葉月と一緒に勉強……って葉月は!?

 辺りを確認するがその姿は見当たらない。

 申し訳ないと言う感情と同時に今日学校で罵倒されるということを確信し色んな意味で気が滅入る。

 迷惑かけて、罵倒されて、挙げ句の果てには勉強のべの字も出来なかったという後悔が重くのしかかりつつも寝起きの体をよろよろと起こしとりあえず部屋の電気を付けた。

 暗さに慣れたせいもあってやたら眩しい。

 なるほどこれが明順応か。

 日々の生活の中でテスト範囲から出る内容を身を持って確認する俺。ガリ勉の極みじゃん。

 目が光に慣れてきた所で机の上にある手紙が置いてあるのを見つけた。

 メモ帳のようなものをどういう構造でかよくわからないが上手く折って作られた手紙を手に取る。

 その手紙には葉月 凛と書かかれていたので、恐らく葉月の置き手紙なのだろう。

 早速、中身を拝見するとしよう。

 『蓮君へ、暗くなってきたし勉強もひと段落ついたから帰るわね。起きたらちゃんと勉強するのよ。それじゃあ、また明日学校で。 凛より』

 わざわざこんなこと書かなくてもいいのに変に礼儀正しい奴だな。

 日頃の態度も正しければいいのに。

 そんなことを思いながら心苦しい気持ちを偽ろうとする。

 …………。とりあえず一時間くらい勉強するか。

 これは葉月に指示されたからやる訳ではない、ただ単に解きかけの問題をそのままにしておくのは俺のプライドが許さないだけだ……本当だよ?

 そうして再び数学のノートを開くと俺は目を丸くした。

 あれ、おかしいな。

 空白のはずだったそのページにビッシリと書かれた文字。

 すぐに分かったのは自分が書いたのではないということだ。

 こんな丸文字真似しようとしてもできる気がしない。

 とりあえず流し読みをしていくとどうやら解説を書いていることが分かった。

 ここで更に心が締め付けられる。

 「何で俺のためにここまでやってくれんの」

 嘘偽りの無い本音が自然と口から溢れた。

 あんなに嫌がらせに近いことをしてくるのにこの行為は理解ができない。

 更に下の方を見ると雲のような吹き出しに『分からない所があるならちゃんと聞くこと』と書いていた。どうやらここで解説は終了らしい。

 いや、あんな集中してたら聞こうにも聞けないだろ……

 そんなことを思いながらも俺はシャーペンを手に取り勉強を再開させるのだった。

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